銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

植田日銀総裁の講演にみる日銀の財務と金融政策

植田日本銀行総裁が、日本金融学会にて、講演を行いました。

この講演のテーマは「中央銀行の財務と金融政策運営」となっています。同講演では、日本銀行の政策について触れていますが、まさに中央銀行である日本銀行の財務と金融政策の関係性が非常に分かりやすく説明されています。

皆さんも日本銀行が今後金融政策の引き締めに進んでいく際にどのようなことが起こるのか興味があるかもしれません。

今回は、植田総裁の発言をご紹介していきたいと思います。

 

日本銀行の収益や資本が減少すると、通貨の信認が失われるのではないか 

植田総裁は上記の講演において、しばしば寄せられる疑問に答える形を取っています。まずは、この題のように「日本銀行の収益や資本が減少すると、通貨の信認が失われるのではないか」という疑問に答えるものです。

<植田総裁発言>

最も基本的な疑問は、「日本銀行の収益や資本が減少すると、通貨の信認が失われるのではないか」というものではないでしょうか。この点、現在、日本を含め多くの国・地域で採用されている管理通貨制度のもとでは、中央銀行は、「物価の安定」を実現する観点から、金利の水準や通貨の発行量をコントロールしています。したがって、通貨の信認は、中央銀行の保有資産や財務の健全性によって直接的に担保されるものではなく、適切な金融政策運営により「物価の安定」を図ることを通じて確保されるものとなっています。
先ほど述べたように、海外中央銀行では、赤字や債務超過の事例がみられていますが、通貨の信認は維持されています。それは、これらの海外中央銀行が「物価の安定」を実現する観点から、適切な金融政策を行っているからです。通貨の信認が、金融政策の適切な遂行により確保されるということが分かります。

(出所 日本銀行「【講演】中央銀行の財務と金融政策運営 日本金融学会2023年度秋季大会における特別講演」)

 

出口の局面で逆ざやが発生するのではないか。日本銀行の収益が大幅に赤字となり、長期間にわたり債務超過が続くのではないか

次がこのテーマです。要は日銀の債務超過についてです。

<植田総裁発言>

「日本銀行は、出口の局面で逆ざやが発生するのではないか、収益が大幅に赤字となり、長期間にわたり債務超過が続くのではないか」という懸念についてです。確かに、大規模金融緩和の出口局面では、当座預金に対する付利金利の引き上げによって支払利息が増加するため、収益は下押しされます。もっとも、そうした局面では、経済・物価情勢の好転とともに長期金利も上昇すると予想されますので、保有国債がより高い利回りの国債に入れ替わることで、受取利息も増加すると見込まれます。このため、実際に逆ざやが起きるのか、起きる場合に日本銀行の財務にどの程度の影響をもたらすのかについて、現時点で正確に予測することはできません。
外部の有識者からは、一定のシナリオを設定したうえで、日本銀行の財務をシミュレーションしたものが発表されています。その結果をみると、シナリオの設定の仕方に応じて、様々であることがわかります。収益の振幅度合いに影響を与える要因に関してご説明したように、例えば、国債の再投資を全く行わない、あるいは、短期金利が急激に上昇するといった前提を置くと、先行きの収益の減少の程度は大きくなります。したがって、こうしたシミュレーションを見る際には、国債の再投資の規模、イールドカーブの形状と変化、銀行券発行残高の動向などについて、どのような前提が置かれているのかにも留意する必要があります。
とは言え、バランスシートの拡大・縮小に伴い収益が振幅するメカニズムが内在していることは確かです。その点に関して、「中央銀行の非伝統的金融政策の出口局面では、国庫納付金が減少し、国民負担が増加するのではないか」というご意見を頂くこともあります。グローバルにみて、中央銀行の収益は、最終的に政府に納付するという制度が一般的です。そのもとで、金融政策運営の結果として、中央銀行の収益が変動すると、それに応じて、納付金額も変動することになります。したがって、通常、国庫納付金は、バランスシートの拡大局面では増加する一方、出口局面では減少するという形で変動することになります。
ただ、強調させて頂きたいことは、金融政策の目的はあくまでも「物価の安定」であるということです。日本銀行は、賃金の上昇を伴う形で、「物価安定の目標」を持続的・安定的に実現することを目指しています。中央銀行の財務は、こうした目的を達成するために行う政策の結果です。したがって、金融政策に対する評価は、「物価の安定」という政策目的の達成状況によってなされるべきものと考えています。 

(出所 日本銀行「【講演】中央銀行の財務と金融政策運営 日本金融学会2023年度秋季大会における特別講演」)

 

日本銀行は、財務等への配慮を優先した政策運営を行うのではないか

このテーマも日本銀行に対する疑問としては非常に多いものでしょう。

<植田総裁発言>

第三に、「収益や資本の減少が懸念されるもとで、日本銀行は、これを回避するように政策運営を行うのではないか」という指摘も耳にします。しかし、繰り返しになりますが、金融政策の目的はあくまでも「物価の安定」であり、これは法律にも定められた日本銀行の使命です。日本銀行の財務等への配慮から、必要な政策の遂行が妨げられるということはありません。
既にご説明しているとおり、中央銀行は、通貨発行益が発生するという収益面での特徴を持っており、やや長い目でみれば、通常、収益が確保できる構造にあります。また、中央銀行は、自身で支払決済手段を提供することができます。このため、中央銀行は、適切な金融政策運営を行っているという前提のもとでは、一時的に収益や資本が減少しても、政策運営能力が損なわれることはありません。このことは、金融政策だけではなく、金融システムの安定や、政府の銀行、決済システムの円滑性維持といった中央銀行の基本的な役割全般についても同じです。中央銀行というのは、収益構造の面や発券機能を有する点などでユニークな存在です。もとよりそれは、政策運営を通じて経済に貢献するという役割を果たすために与えられたものです。このように、中央銀行は、民間の金融機関や事業法人とのアナロジーでは捉えられない側面を持っています。

(出所 日本銀行「【講演】中央銀行の財務と金融政策運営 日本金融学会2023年度秋季大会における特別講演」)

 

 中央銀行は、いくら赤字や債務超過になっても問題ないのではないか

最後がこのテーマです。赤字や債務超過になっても日本銀行は問題ないのではないかという疑問です。

<植田総裁発言>

だからと言って、「中央銀行は、いくら赤字や債務超過になっても問題ない」とは言えません。中央銀行の収益や資本の減少をきっかけに、中央銀行への信認が低下すれば、金融政策運営には悪影響が生じます。学界や国際機関の議論についてご紹介したように、中央銀行の収益や資本の減少が信認の低下につながるメカニズムについては、様々な理論が示されています。だからこそ、このところ収益が減少している海外中央銀行では、一時的に赤字または債務超過となっても政策運営能力に支障は生じない旨を説明しつつ、同時に、財務の健全性確保のために、必要な各種の対応を講じているのです。

(出所 日本銀行「【講演】中央銀行の財務と金融政策運営 日本金融学会2023年度秋季大会における特別講演」)

 

まとめ

以上の疑問に答えた形で植田総裁は以下のように締めくくっています。

<植田総裁発言>

以上が、中央銀行の財務と金融政策運営に関する日本銀行の基本的な考え方です。まとめると、通貨の信認は、適切な金融政策運営により「物価の安定」を図ることを通じて確保されるものです。そうした前提のもと、中央銀行は、やや長い目でみれば、通常、収益が確保できる構造にあるほか、自ら支払決済手段を提供することができます。したがって、一時的に赤字や債務超過になっても、政策運営能力は損なわれません。ただし、いくら赤字や債務超過になってもよいということではありません。中央銀行の財務リスクが着目されて金融政策を巡る無用の混乱が生じる場合、そのことが信認の低下につながるリスクがあります。日本銀行としては、こうした考え方のもとで、財務の健全性にも留意しつつ、適切な政策運営に努めていくことが適当であると考えています。

(出所 日本銀行「【講演】中央銀行の財務と金融政策運営 日本金融学会2023年度秋季大会における特別講演」)

これが日本銀行の考え方です。中央銀行の財務と金融政策運営の考え方は難しく考えがちですが、基本は驚くほど当たり前で単純なことなのです。