銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

株価暴落に伴う日銀の債務超過の可能性について考えてみる

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「コロナショック」による株価の暴落が続いています。

この株価暴落で日本銀行(日銀)の財務が棄損し、債務超過に陥るのではないかという報道がなされています。

今回はあまり見る機会のない日銀の財務状況と、株価下落による債務超過の可能性について、簡単に確認してみましょう。

 

日銀の財務内容

日銀はわが国唯一の中央銀行です。日銀は、日本銀行法によりそのあり方が定められている認可法人であり、政府機関や株式会社ではありません。

日本銀行法では、日本銀行の目的を、「我が国の中央銀行として、銀行券を発行するとともに、通貨及び金融の調節を行うこと」および「銀行その他の金融機関の間で行われる資金決済の円滑の確保を図り、もって信用秩序の維持に資すること」と規定しています。
また、日本銀行が通貨及び金融の調節を行うに当たっての理念として、「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」を掲げています。

(出所 日銀ホームページ)

日銀は上記の目的を達成するために、株式市場に資金を供給する手段として指数連動型上場投資信託(ETF)等を購入しています。

では、日銀の直近の財務状況はどのようになっているのでしょうか。

以下は2019年9月末(2020年3月期上半期)の日銀の貸借対照表です。

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(出所 日銀ホームページ)

日銀の総資産残高は、569兆8,026億円となっています。

資産の内訳では、国債が、479兆6,810億円となっており最大です。

貸出金(民間銀行向け)は、47兆8,006億円となっています。

金銭の信託(信託財産指数連動型上場投資信託=ETF)は、27兆4,694億円です。

尚、ETFは前年同期末と比べ(=1年間で)5兆8,180億円増加(+26.9%)と大幅に増加してきています。

一方で、日銀の純資産は4兆1,735億円あります。

(さらに参考数字として債券取引損失引当金4兆6,180億円、外国為替等取引損失引当金1兆4,217億円の引当金があります。これも自己資本に算入するという考え方もあるでしょう。)

したがって、今回の株価暴落によって4兆円以上の損失が出るのであれば、日銀は債務超過に陥る可能性があるということになります。(なお、議論を単純化するために、証券市場の混乱による債券の上昇等は今回勘案しません。また信託財産株式として公表されている株式やREITについても勘案しません)。

 

株価暴落による日銀の含み損試算

では、日銀はどの程度の損失を被っているのでしょうか。以下で想定してみましょう。

金銭の信託(信託財産指数連動型上場投資信託)については日銀のホームページで簿価と時価の情報も公開されています。前述のETFの決算数値と若干異なるのですが、以下の通りとなっています。

  • 2019年9月末時点の簿価=27兆6,213億円
  • 同時点の時価=31兆6,112億円
  • 同時点の含み益=3兆9,898億円

よって2019年9月末時点の含み損益率は+14.4%(=含み益3兆9,898億円÷簿価27兆6,213億円)となっています。

2019年9月末時点のTOPIXは1,587.8、2020年3月13日のTOPIX終値は1,261.7です。3月13日のTOPIX終値は2019年9月末比で▲20.5%となっていますので、2019年9月末時点のETF保有状況が変わっていなければ日銀のETFは含み損に転じている可能性が高くなっています。

日銀が購入しているETFが全てTOPIX連動だと仮定すると、9月末時価31兆6,112億円:9月末TOPIX終値1587.8=現在の時価:3月13日TOPIX終値1261.7の算式が成り立つと想定されます。現在の時価=31兆6,112億円×1261.7/1587.8=25兆1,189億円ですので、▲2兆5,024億円の含み損(2020年3月13日時点、現在の時価25兆1,189億円ー9月末簿価27兆6,213億円)が出ていると試算できます。

さらに、日銀は2019年10月以降もETFを購入し続けてきました。 

以下の数字は日銀のオペレーションとして公表されている毎月のETF購入額です。

  • 2019年10月=3,068億円
  • 2019年11月=1,646億円
  • 2019年12月=2,370億円
  • 2020年1月=4,040億円

1月までで 1兆1,124億円をさらに買い増しています。以下は毎月のTOPIX終値です。この水準を月間のETF取得の平均水準と仮定します。

  • 2019年10月=TOPIX終値1,667.01
  • 2019年11月=TOPIX終値1,699.36
  • 2019年12月=TOPIX終値1,721.36
  • 2020年1月=TOPIX終値1,684.44

そうすると2019年10月~2020年1月までの含み損は以下の通りと試算されます。

  • 2019年10月=▲745億円=月間取得額3,068億円×下落想定率▲24.3%=3,068億円×(3月13日時点1,261.7-取得想定平均1,667.01)/1,667.01
  • 2019年11月=▲425億円=月間取得額1,646億円×下落想定率▲25.8%=1,646億円×(3月13日時点1,261.7-取得想定平均1,699.36)/1,699.36
  • 2019年12月=▲633億円=月間取得額2,370億円×下落想定率▲26.7%=2,370億円×(3月13日時点1,261.7-取得想定平均1,721.36)/1,721.36
  • 2020年1月=▲1,014億円=月間取得額4,040億円×下落想定率▲25.1%=4,040億円×(3月13日時点1,261.7-取得想定平均1,684.44)/1,684.44

2019年10月~2020年1月まで購入したETFの含み損は、上記の合計である▲2,817億円と試算されます。

また2020年2月1日から3月13日までに日銀がどの程度のETF借入を行ったかは判然としません。しかし、一部報道では3月から最大1,000億円/日の買入額、3月9~13日に4,000億円購入、取得価格(簿価)は約30兆円となったとされています。

そうすると2020年1月までの取得価格は28兆7,337億円ですので、2月1日から3月6日までに8,663億円(=30兆円ー28兆7,337億円ー4,000億円)を購入したものと想定出来ます。

これを、2月の各週で1,500億円(2月合計6,000億円)、3月2~6日までは2,663億円のETFを日銀が購入したと仮定してみましょう。

  • 2月3日の週=▲407億円=1,500億円×(3月13日時点1,261.7-TOPIX週間終値1,732.14)/1,732.14
  • 2月10日の週=▲389億円=1,500億円×(3月13日時点1,261.7-TOPIX週間終値1,702.87)/1,702.87
  • 2月17日の週=▲369億円=1,500億円×(3月13日時点1,261.7-TOPIX週間終値1,674)/1,674
  • 2月25日の週=▲247億円=1,500億円×(3月13日時点1,261.7-TOPIX週間終値1,510.87)/1,510.87)
  • 3月2日の週=▲380億円=2,663億円×(3月13日時点1,261.7-TOPIX週間終値1,471.46)/1471.46

以上のように2月1日~3月6日までに購入したETFの含み損は▲1,792億円と想定できます。

更に3月9~13日については毎日800億円をTOPIX終値で購入したものと想定しましょう。

  • 3月9日=▲73億円=800億円×(3月13日時点1,261.7-TOPIX終値1,388.97)/1,388.97
  • 3月10日=▲82億円=800億円×(3月13日時点1,261.7-TOPIX終値1,406.68)/1,406.68
  • 3月11日=▲71億円=800億円×(3月13日時点1,261.7-TOPIX終値1,385.12)/1,385.12
  • 3月12日=▲40億円=800億円×(3月13日時点1,261.7-TOPIX終値1,327.88)/1,327.88
  • ※3月13日は含み損益無し

3月9~13日のETF購入分の含み損は▲266億円と想定できます。 

この試算は、3月9~13日の週を除き、各週の終値を取得額と想定しているため、右肩下がりの相場では保守的な数字です。 

以上をまとめると日銀の現段階での含み損は以下の通りと想定できます。

  • 2019年9月末時点のETF保有額を前提とした含み損は▲2兆5,024億円
  • 2019年10月~2020年1月のETF購入分の含み損は▲2,817億円
  • 2月1日~3月6日のETF購入分の含み損は▲1,792億円
  • 3月9~13日のETF購入分の含み損は▲266億円
  • 以上を合計すると含み損は▲2兆9,899億円

粗い試算ではありますが日銀の現在のETF含み損は▲約3兆円と想定されるのです。

まだ現段階では債務超過に陥っていない可能性が高いものと思われます。 

 

所見 

今後、更に株価が下落していくと日銀はETF下落に伴う処理によって債務超過に陥る可能性があるでしょう。 

しかし、日銀は債務超過になったとして、民間の企業や銀行のように債務「不履行」には陥りません。日銀自らが円を発行し、日銀券を刷り続けることが出来るため資金繰りに行き詰まることはないからです。

一方で、日銀が債務超過もしくは過小資本となれば、信用が揺らぐ怖れはあります。債務超過に陥り日本政府の支援が必要になると、金融政策の独立性が脅かされ、円という通貨の信認を失う怖れもあるでしょう。

しかし、見方を変えれば、日本政府に単に増資を引き受けてもらえば良いだけとも思えます(現在の資本金は1億円しかありません)。政府も危機を招きかねない日銀の過小資本を放置する可能性は低いでしょう。金融政策の独立性については、様々な見方があるかと思いますが、既にかなり影響を受けているという考え方もあるでしょう。(FRBですら政治からの独立性に苦慮しています。)政府に増資を引き受けてもらったとしてもあまり状況は変わらないのではないでしょうか。

筆者は、ETFを購入していくという金融政策の是非はともかく、日銀が株価下落に伴い債務超過に陥ったとしても、大きな影響は出ないのではないかと考えています。