セレクトショップのTOKYO BASE が初任給を40万円にするというニュースをご覧になった方は多いのではないでしょうか。
賃上げの機運が高まる中で、筆者も「ついにアパレルがここまでやるようになったのか」「それだけ人手不足は深刻なのか」と思ったものです。ただ、その後すぐに初任給40万円というのは80時間分の固定残業代 (17.2万円)が含まれていることが明らかとなり、更に話題となったことは記憶に新しいところです。
今回は80時間もの固定残業代という給与のあり方の是非について少し確認していきたいと思います。
そもそもの問題点はどこにあるのか
感情論としては初任給40万円と言いながら実際には残業代が含まれているのは、誇大広告のようなものだと感じる方は多いでしょう。
ただ、法律的には固定残業代というのは違法ではないと裁判例が出ています。ここでは細かいことは省きますが、固定残業代を制度として組み込んで人材を募集すること自体には問題はないと考えて良いでしょう(もちろん条件によっては否定されることはあります)。
今回のTOKYO BASEの初任給において問題なのは「80時間」という固定残業時間です。
長時間労働によって健康に悪影響を及ぼす可能性が高く、労働災害として認定される可能性がある残業時間(時間外労働時間)の目安を過労死ラインと呼びますが、この過労死ラインは、1か月あたり80時間とされています。厚生労働省によれば「1か月あたり100時間以上、もしくは2~6か月の平均が80時間以上」の残業時間となれば過労死ラインとなります。
TOKYO BASEの固定残業時間は80時間分ですので、過労死ラインまで従業員を「残業さ せ放題」「80時間の残業が前提の働き方」の企業にも見えるでしょう。
この過労死ラインまで働かせることが出来る固定残業代という点では、公序良俗に違反し無効と裁判で判決が出る可能性は十分にあります。
固定残業代に関する判例
固定残業代については、イクヌーザ(皮革製品、アクセサリー等の服飾雑貨の製造および卸売等を営む会社)事件と呼ばれる有名な判例(高裁判決)があります。
この事件は、イクヌーザ社を退職した個人Xが、イクヌーザ社に対し、固定残業代の定めが無効であるとして、時間外労働に係る未払割増賃金の支払などを請求した事件です。
イクヌーザ社の賃金規程には、基本給のうちの一定額を月80時間分相当の時間外労働に対する割増賃金とする規定があり、Xが実際に月80時間を超える時間外労働をした場合には、80時間を超える時間外労働に対しては、別に割増賃金が支払われていました。
この裁判では、固定残業代の定めの効力について、過労死認定基準との関連で、1か月当たり80時間程度の時間外労働を恒常的に行わせることを予定したものが認められるかどうかが問題となりました。まさに本件TOKYO BASEの初任給問題と同じです。
裁判では、以下の判決が出されました。
- 1か月当たり80時間程度の時間外労働が継続することは、脳血管疾患及び虚血性心疾患等の疾病を労働者に発症させる恐れがあるというべきであり、このような長時間の時間外労働を恒常的に労働者に行わせることを予定して、基本給のうちの一定額をその対価として定めることは、労働者の健康を損なう危険のあるものであって、大きな問題があるといわざるを得ない。
- 基本給のうちの一定額を月間80時間分相当の時間外労働に対する割増賃金とすることは、公序良俗に違反するものとして無効とすることが相当である。
この判決では1か月当たり80時間程度という長時間の時間外労働を前提とした固定残業代については、労働者の健康を損なう危険のあるものであって、公序良俗違反で無効と判断されています。
すなわち、TOKYO BASEの初任給は公序良俗違反とされる可能性が高そうです(会社を訴 えたら従業員は勝てそうです)。
所見
このTOKYO BASEの初任給40万円というのはやはりインパクトはありました。社会人一年目から月の給料が40万円だとするとボーナスが無かったとしても年収480万円は確定しているわけですから、日本の平均年収458万円(2022年)を既に超えています。水準としては魅力的と言えるでしょう。TOKYO BASEにとっても大きな宣伝になったかもしれませ ん(ネガティブな宣伝になったかもしれませんが)。
ただ、この初任給には上述の通り固定残業代が含まれています。見方によっては、これは詐欺のようなものです。法律的には固定残業代は違法ではありませんが、会社側としては長時間労働を従業員にさせる誘因になるという観点では、問題がないとは言えないと筆者は考えています。
皆さんは長時間の固定残業代のある(表面だけ)給与の高い企業で働きたいでしょうか。長時間労働を助長しないような働き方を前提にしなければ、日本の少子化問題なんて解決しないでしょう。筆者は、欧州で見られる「終業時刻から次の始業時刻の間に一定時間以上の休息時間(インターバル時間)を確保する仕組みである勤務間インターバル制度」を日本でも強制力を持って導入すべきと考えています。
TOKYO BASEの初任給の問題は、長時間労働と給与水準について考えさせる事例です。皆さんはどのように考えるでしょうか。