銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

日本銀行はかなり追い詰められている

日本銀行 (日銀) 2022年度上半期 (2022年4~9月) 決算が発表されました。ニュースで、日銀が保有する国債で 8,749億円の含み損が発生していることがクローズアップされていたことを記憶している方もいらっしゃるのではないでしょうか。そして、日銀はサプライズで金融緩和政策の変更(イールドカーブコントロールの範囲の拡大)を行いました。これは実質的な利上げに等しいものでした。

欧米ではインフレ対応で金利引き上げが続いています。それに伴って、 日銀も金利を引き上げると日銀自身が債務超過になってしまうと懸念する論調も増えてきています。実際に、日銀の雨宮副総裁は12月2日の参院予算委員会で、長期金利が上昇した場合に日銀が保有する国債に生じる含み損について「仮にイールドカーブ全体が1%上昇した場合の評価損は28.6兆円、2%で52.7兆円、5%で108.1兆円、11%で178.8兆円になる」との試算を示しました。日銀は債務超過になってしまうのでしょうか。また、債務超過になっても、金利上昇によって国債で得られる金利が増加するので結果としては問題ない、というようなことがあるのでしょうか。

今回は、日銀の決算について簡単に確認すると共に、日銀が債務超過となった場合にその債務超過がどうなるのか考察してみたいと思います。

 

日銀の2022年上半期決算状況

日銀の上半期の損益の状況についてみると、経常利益は、前年同期比1兆6,998億円増益の3兆59億円となっています。 これは、 為替円安に伴い外国為替関係損益の超幅が拡大したことや、金銭の信託(信託財産指数連動型上場投資信託)運用益が増加したこと等によるものと説明されています。

特別損益は、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の実施に伴って生じ得る収益の振幅を平準化する観点から、債券取引損失引当金の積立てを行ったほか、外国為替関係損益が益超となったことを受け、 外国為替等取引損失引当金の積立てを行ったこと等から、▲9,627億円となっています

この結果、法人税、住民税及び事業税を差し引いた後の当期剰余金は、前年同期比5,395億円増加の1兆5,924億円となりました。

損益だけを見ると国債で含み損が出ていたとしても、数字は悪くないと言えます。

次に、資産・負債についても確認しましょう。上半期末における資産・負債の状況をみると、総資産残高は、貸出金を中心に前年同期末と比べ38兆2,676億円減少 (▲5.3%) し、 685兆7,902億円となりました。長期国債が、資産買入れを進めるなか、536兆4,901億円と前年同期末を32兆9,872億円上回っています。一方、金融機関への貸出金が、80兆1,415億円と前年同期末を58兆2,762億円下回っており、全体では前述の通り総資産は減少しました。そして、自己資本比率は、9.90%と前年度末(9.29%)に比べ上昇しています。 現時点では日銀は債務超過になっていません。

 

<保有有価証券の含み損益>

また、上記の通り、国債で含み損となっていても株式で大幅な含み益が出ています。現時点ては、国債の含み益だけクローズアップするのもバランスを欠いていると言えるのではないでしょうか。

日銀が金利を引き上げた場合の問題点

日銀が政策変更を行い長期金利が上昇した場合に、 日銀が保有する国債に生じる含み損に ついては前述の通り「仮にイールドカーブ全体が1%上昇した場合の評価損は28.6兆円、2%で52.7兆円、 5%で108.1兆円、11%で178.8兆円」になると日銀自らが試算しています。日銀の自己資本(資本勘定と引当金勘定合算)11兆9,022億円ですので、1%どころか0.5%の金利上昇であったとしても含み損が自己資本を上回ることになるものと思われます。

但し、日銀の雨宮副総裁が前述の参院予算委員会で語ったのは、「日銀は保有国債の評価方法として『償却原価法』を採用しており、長期金利が上昇して国債の市場価格が下落したとしても 『決算上の期間損益に影響はない』」というものでした。

確かに、国債で含み損が出たとしても日銀の決算には影響が無いものと思われます。

では、金利上昇に問題が無いかといえば、そんなことは無いのです。一部のアナリスト等が主張しているように、世界は時価評価で企業や金融機関の信用力を判断しており、中央銀行である日銀であったとしても通常は時価で信用力があるか否かを判断されていると考えて良いでしょう。そのため、国債の含み損が増加し現在の自己資本を上回るようになった場合には、会社としての日銀は実質債務超過と見做されるはずです。

尚、金利が上昇して一時的に債務超過になったとしても、国債の金利が上昇するので受け取る利息が増え、日銀は後から財務が改善していくのではないかと考える方はいるでしょう。ところが、少し考えてみると、この改善期待は簡単ではないことがわかります。まず、金利を上昇させる場合には、日銀は日銀当座預金に付利する金利を引き上げることで金利を調整します。要は利息を付けてあげるから銀行は日銀にお金を預けなさいとすることで金利を引き上げるのです。この時、日銀が保有する国債は固定金利ですので、日銀が金利を引き上げても利息収入は増えません。国債の利息収入が増えていくのは、日銀が新たな国債を買うときですので、徐々にしか利息収入は改善しません。このように、日銀が金利を引き上げる時は、基本的には、まず、銀行への預金利息の支払いがあり、同時に保有する国債が含み損になります。それを期間の収益で埋めていこうにも、国債からの収入は後から徐々にしか改善しません。結果として、日銀の財務改善は遠い先になってしまうのです。

但し、日銀が実質的に債務超過になったとしても、それだけで日本円の価値が失われる訳ではありません。日本円は日銀のバランスシートのみならず、日本国としての徴税能力と民間における租税負担力、外貨獲得能力等を勘案して、信用出来る通貨として世界に認知されています。政府の債務保証、増資(公的資金投入のような形も含む)というような対応が出来るのであれば、一時的に日銀が債務超過だったとしても日本円の信認が剥落しない可能性は高いと思われます。

これからの日銀は薄氷を踏むように注意深く金融緩和の出口戦略を遂行していくことになります。来年春に就任する日銀の新総裁は、ババを引くようなものかもしれませんが、やり抜くことが求められます。