児童虐待についての報道を見て心を痛めたことのある方は多いでしょう。
近時は児童虐待についての報道が増加しているように感じるかもしれません。少なくとも筆者はそのように感じています。
厚生労働省の発表では、子供が親等から虐待を受けたとして児童相談所が対応した件数は、日本全国で20万件を超え、過去最多を更新しています(2020年度)。
そして、新型コロナウイルスの影響で子育てに悩む保護者が孤立しており、また収入が減少して児童虐待は更に増加するのではないかと心配している方も多いのではないでしょうか。
筆者も児童虐待の報道を見る度に相方と共に心を痛めています。
「ひどい親が増えたもんだ」
そんな感想が自然と出てきます。
しかし、本当に児童虐待は増えているのでしょうか。日本人の民度はそこまで落ちてしまっているのでしょうか。
今回は、児童虐待の動向について少し確認していきたいと思います。
児童虐待相談対応件数
では、事実を確認していきましょう。
以下は、児童虐待のニュースで最もよく見るデータである児童虐待相談対応件数の推移です。
(出所 厚生労働省「令和2年度 児童相談所での児童虐待相談対応件数」)
これを見ると、統計を取り始めた1990年(平成2年度)には1,100件しかなかった児童虐待相談対応件数が、2020年度(令和2年度)には20万件を超えています。
特にこの10年は増加傾向が顕著です。
このグラフを見ると、日本に絶望しそうになるかもしれません。
では、この児童虐待相談対応件数の内訳、すなわちどのような種類の虐待が相談されているのでしょうか。
【児童相談所での虐待相談の内容別件数の推移】
(出所 厚生労働省「令和2年度 児童相談所での児童虐待相談対応件数」)
このデータを見ると気になることが出てきます。
それは児童虐待相談対応件数の増加のかなりの部分は心理的虐待が占めるということです。
2009年度(平成21年度)では1万件程度だった心理的虐待の相談対応件数は、2020年度(令和2年度)に10万件を超え、全体の5割超を占めるようになりました。
すなわち、日本における児童虐待相談対応件数の増加の主要因は心理的虐待の相談が増えたことによります。
心理的虐待とは、「言葉による脅し、無視、きょうだい間での差別的扱い、子供の目の前で家族に対して暴力をふるう(DV)など」を指します。いわゆる児童虐待が示すイメージとは少し離れていかもしれません。
もう一つ、興味深いデータがあります。少し見えづらいとは思いますが、児童相談所にどの経路から相談が来たかというデータです。
【児童相談所での虐待相談の経路別件数の推移】
(出所 厚生労働省「令和2年度 児童相談所での児童虐待相談対応件数」)
ここで見るべきは、警察等からの経路です。
2009年度(平成21年度)では6,600件だった警察等を通じての相談対応件数は、2020年度(令和2年度)に10万件を超え、全体の5割超を占めるようになりました。
この記載は、既視感があるのではないでしょうか。上記の心理的虐待の相談件数の増加とまさに同じ傾向です。
これは何を意味するのでしょうか。
2000年(平成12年)の児童虐待防止法の制定によって、児童虐待の範囲が大幅に拡大され、警察が児童虐待の捜査に積極的に取り組むようになりました。
データを見る限り、警察の捜査拡大が児童虐待相談対応件数を増やした可能性は極めて高いでしょう。
そうすると、児童相談所での児童虐待相談対応件数の増加は、子供を虐待する残酷な親の増加を意味していない可能性があるということになります。すなわち、日本全体が、児童虐待の範囲を拡大させた結果、児童虐待相談対応件数が増加したということです。
ここまでの流れに反論をしたくなる方も多いでしょう。
つまり、「今までは表に出てこなかった児童虐待が警察によってあぶりだされただけであり、警察以外からの相談対応件数も増えている。日本全体で児童虐待が増えており、深刻なのは間違いない」という反論です。
この点については、筆者は明確に否定する根拠を持ちません。しかし、次のデータは児童虐待について問題を認識するうえで、有効なデータであるものと考えています。
児童虐待死の動向
以下のデータをご覧ください。
これは、厚生労働省が発表している子ども虐待による死亡事例等の検証結果です。
(出所 厚生労働省「子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第17次報告)」より筆者作成)
このデータを見ると児童虐待死ついて上昇傾向が表れていないことが分かるでしょう。
特に児童虐待死においては心中を除いて件数を見ると、年平均は52件程度です。近年になってもこの傾向は変わっていません。
今まで触れてきた児童虐待相談対応件数の増加とは傾向が全く異なります。
「死亡」については警察等はかなりしっかりと調査します。
一方で、そもそも児童虐待「相談」対応件数は、あくまで児童虐待の相談について児童相談所が対応した件数です。児童虐待が実際にあった件数ではありません。あくまで相談対応件数なのです。
児童虐待で明確な数字は、この児童虐待による死亡事例の件数です。そして、その数字は上昇していないということです。
所見
もちろん、筆者は児童虐待について騒ぐ必要はないと言っている訳ではありません。無償の愛を注いでくれるはずの、この世界で何の見返りもなく絶対的な味方でいてくれるはずの親から虐待を受けてしまう児童虐待は許されるものではありません。
しかし、児童虐待はニュースバリューがあるからこそ、マスコミ等に騒がれている可能性があるのです。そして、マスコミ等で話題になるからこそ、警察等が発見に力を入れ、結果として世間に「児童虐待が増加しており深刻な問題である」と認識されている可能性は捨てきれません。
数字の動向というのは、その裏・背景を見る必要があるのではないでしょうか。
少なくとも児童虐待については、警察が発見に力を入れたからこそ、そして児童虐待の定義が拡大されたからこそ、急激に増加したイメージが作られてきたのではないかと筆者は考えています。