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「食費 月5万円で高い」という感覚に、日本の貧しさを感じる

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NHKのニュースで取り上げられた20歳代の女性の毎月の食費について、ネット上で議論が巻き起こっているようです。

NHKニュースで報道された25歳の女性の家計簿は、月の食費を「5万円」としていましたが、これに対し「高すぎる」「全然高くない」と様々な意見が飛び交っているようです。

今回は、「食費月額5万円」について、少し考察してみましょう。

 

NHKニュースの内容

NHKニュースの内容はボーナスカットがテーマだったようです。

600万円の奨学金を毎月3万円返済している25歳の都内会社員の女性が、コロナの影響でボーナスカットをくらい、不安を訴えているという内容のニュースですが、そこで映し出された当人の毎月の収入と支出が議論の発端です。

当人の毎月の収入と支出は以下の通りのようでした(筆者がTwitterの画像を見た限りではですが)。

<25歳、女性の都内会社員>

  • 給料=21万円
  • 家賃=7.5万円
  • 光熱費=1.5万円
  • 携帯電話+Wifi=1万円
  • 食費=5万円
  • 雑費=2万円
  • 奨学金(返済)=3万円

給料は恐らく手取りでしょう。それに対して支出は合計で20万円となっています。差額の1万円は貯蓄ではないでしょうか。

この手取り21万円に対して、食費5万円が高いのか、安いのか、批判と肯定の意見がTwitter等で出されています。

「一人暮らしのOL(25)の食費クソ高い(=批判的な意見)」「コンビニ粗食でさえも800円×3食×30日=7.2万円(=肯定的な意見)」「手取り21万円の底辺ならもう少し自制するべき(=批判的な意見)」「1日1,700円が高いってやつは普段何を食べているのか(=肯定的な意見)」というような意見があるようです。

 

平均的な食費とは

では、月5万円の食費は高いのでしょうか。

総務省の家計調査を確認してみましょう。

2019年の単身世帯における食料(≒食費)は、合計531,153円となっており、これは月当たり44,262円となります。

対象は660世帯、世帯主年齢は59歳、有業者比率54%、家賃・地代を支払っている世帯の割合35.7%であり、前述の借家に住む25歳会社員とは、少し属性が異なるように感じるかもしれません。

但し、家計調査の単身世帯は2019年に1,965,371円の消費支出をしており、これは月当たり163,780円となります。

今回NHKニュースで取り上げられた個人が「月の手取り収入21万円」だったことを考えると、その個人と同じか、むしろ少ない収入の個人が、統計上の単身世帯の平均像だということになるでしょう。

尚、家計調査の食料には「外食」も含まれています。単身世帯の2019年における外食費は154,525円であり、これは月に12,877円となっています。

単身世帯は上述の通り、月に44,262円の食料費を支出しています。あえて区分すると、自宅で消費している食料費は31,385円、外食費は12,877円が、月の平均的な支出となっています。

家計調査においては、NHKニュースで取り上げられた個人の食費5万円は、都内ということも考え合わせると2019年の家計調査に比べると、平均的と考えて良いのではないかと思います。

 

コロナによる影響

今までの家計調査は2019年のものでした。

一方で、新型コロナウィルス感染症拡大によって、足元では消費が減速しています。

足元の家計支出では、食料費(食費)はどのようになっているのでしょうか。

総務省の家計調査(家計収支編、単身世帯、詳細結果表、2020年7~9月期、第2表 男女,年齢階級別1世帯当たり1か月間の収入と支出(単身世帯))では、以下のようなデータが取れます。

<2020年7~9月平均食料費>

【単身世帯全体 38,041円(うち外食費7,493円)】

  • ~34歳 33,570円(うち外食費12,028円)
  • 35~59歳 40,695円
  • 60歳~ 38,333円

【女性単身世帯全体 35,039円(うち外食費4,653円)】

  • ~34歳 28,545円(うち外食費9,491円)
  • 35~59歳 34,616円
  • 60歳~ 36,707円

【女性単身/勤労者世帯 34,624円(うち外食費7,453円)】

  • ~34歳 29,120円(うち外食費9,803円)
  • 35~59歳 36,695円

【(参考)男性単身世帯全体 41,496円(うち外食費10,761円)】

  • ~34歳 37,281円(うち外食費13,899円)
  • 35~59歳 44,441円
  • 60歳~ 41,396円

NHKニュースで取り上げられたような単身世帯の女性会社員(34歳以下)の平均像は、月の食料費が29,120円、うち外食費9,803円となっています。

NHKニュースで取り上げられた個人の月5万円の食費は「コロナ禍においては、平均よりは高い」と言えるでしょう。

 

2019年7~9月の家計調査比較

尚、2019年7~9月の家計調査は以下の通りとなっています。食料費がいかに落ち込んでいるかが分かるでしょう。

<2019年7~9月平均食料費>

【単身世帯全体 43,029円(うち外食費12,790円)】

  • ~34歳 47,146円(うち外食費27,953円)
  • 35~59歳 48,883円
  • 60歳~ 38,690円

【女性単身世帯全体 37,571円(うち外食費7,965円)】

  • ~34歳 41,994円(うち外食費23,219円)
  • 35~59歳 35,270円
  • 60歳~ 37,240円

【女性単身/勤労者世帯 38,058円(うち外食費13,328円)】

  • ~34歳 41,999円(うち外食費23,165円)
  • 35~59歳 35,339円

【(参考)男性単身世帯全体 49,271円(うち外食費18,307円)】

  • ~34歳 50,797円(うち外食費31,303円)
  • 35~59歳 57,006円
  • 60歳~ 41,435円

2019年7~9月をコロナ影響がない通常の支出をしている時期と考えると、2020年の食料費への支出は「外食が急減」していることが特徴となります。

 

所見

以上、総務省の家計調査のデータを見てきました。

日本における「34歳以下の勤労・単身世帯の女性」の食費事情について、あくまで平均的な姿を確認できました。

月5万円の食費が高いか、低いかという観点では、統計調査との比較においては「コロナ禍においては月5万円の食費は高い」「但し、例年であれば月5万円の食費が高すぎるとは言えない」となるでしょう。

しかし、月5万円というのは、1日に使えるのが1,666円(月30日換算)です。そして、家計調査を見る限りは、家での食費が3万円、外食2万円程度が、単身の若い方の平均的な支出なのでしょう(コロナ前)。

そう考えると家での食費は毎日1,000円です。もちろん食費には飲料も含まれます。自炊すれば相応に安く済ませることはできるのでしょうが、総菜を買ってしまうと1日の食費にかなり食い込んでしまいます。

また、東京都心では、ランチが500円で食べられるところはほとんどないでしょう。コンビニの弁当だって相応の金額です。500円×20日(出勤日)=10,000円です。これだけで外食費の半分は飛んでしまいます。

確かに、筆者は、若い頃には1日2食にして、1食は実家から送ってもらったじゃがいもをひたすら食べ続け、後はインスタントラーメンやレトルトのパスタソース+パスタを多用していたような記憶があります。そうすると1日1,000円でも十分に生活は出来ました。

しかし、食という観点では、月5万円の食費は「豊かな生活」とは少なくとも言えないのではないでしょうか。

そして、月5万円の食費について、ここまで論争になるということは、日本全体がやはり貧しくなってきたのだろうと強烈に思わされるのです。

以下は、総務省家計調査の単身世帯における年間の消費支出のうち、食料と(食料の内訳としての)外食費です。

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(出所 総務省「家計調査」)

特に外食費は右肩下がりの傾向が続いています。全体的な傾向としては、我々は外食にあまりお金をかけられなくなってきているのです。
そして、その主な要因は以下と筆者は考えています。

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(出所 厚生労働省「所得再分配調査」より筆者作成)

上記グラフは、厚生労働省の所得再分配調査を筆者が加工したものです。厚生労働省の所得再配分調査は「世帯」の調査です。世帯で働いている人の数が増えれば、当然収入も、可処分所得も増加するでしょう。そこで上記グラフは有業者数を反映した可処分所得の推移としています。但し、データの試算方法としては粗く、世帯の可処分所得推移のデータを有業者数で除算(割り算)しています。これにより世帯当たりではなく「一人当たりの可処分所得」の推移を出そうとしています。(但し、留意すべきはこの計算方法では世帯の有業者は誰もが同じ所得を得ていることになります)

それでも、このグラフで分かるように、2002年から2017年の間に、例えば29歳以下の可処分所得は約2割ダウンしました。

日本は表面的な所得を見ても本当の実情は分かりません。日本では、公的年金の保険料や健康保険料等の税金以外の社会保険料が増加してきました。現役世代は、まさに少子高齢化の影響を受け、可処分所得が減少しています。そのような中では「食費が月5万円でも高い」ということになるのでしょう。

日本は「順調に」貧しくなっています。

筆者は「食費が月5万円で高い」という論争がなされているとのニュースを見た際に、非常に悲しくなりました。日本は貧しくなっているのです。そして、それは個々人の自己責任なのでしょうか。どのようにしたら、未来に希望が持てる社会となるのか、さすがにそろそろ政治家のみならず、個々人が考えていく局面に入っているのではないでしょうか。