銀行員のための教科書

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転勤拒否し解雇されていたNEC子会社元社員の裁判を考察する

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長男の病気等を理由に転勤命令に応じず、懲戒解雇されたのは不当だとして、NECソリューションイノベータ(NEC子会社)の元社員が同社を相手取り、解雇の無効確認や慰謝料100万円の支払い等を求めていた訴訟の地裁判決が出ました。

結果は、元社員の訴え棄却(NEC子会社の勝訴)です。

今回は転勤拒否と解雇について、確認していきたいと思います。

転勤は今の時代にはそぐわないと筆者は思いますが、皆さんはどのようにお考えになるでしょうか。

 

NEC子会社元社員の訴え

元社員はNEC系の会社に出向して大阪市内の拠点で働いていましたが、リストラの一環で拠点閉鎖が決まり、川崎市の職場への転勤か、退職金が上乗せされる希望退職を選ぶよう上司から迫られたと提訴時に記者会見で説明しています。

元社員は、小学生の長男が頭痛や嘔吐などを伴う自家中毒で、発症した場合は学校に迎えに行く必要があること、同居している母が高齢で体調不良が続いていること等から川崎への転勤には応じられないと会社側には回答し、同じビルに入っている別のグループ会社のオフィスでの勤務を希望しました。

会社側からは、オフィスではなく、同じビルの清掃業務を請け負う別会社への出向を提案されましたが、元社員は「顔見知りが多数いるフロアやトイレの清掃業務で、見せしめ的な意味合いがある」と拒否します。

そこで、会社側から、出向元のNECソリューションイノベータに戻り、システムエンジニア(SE)として勤務することも検討されたが、元社員にとってはSEの業務は15年以上ブランクがあることなどから双方で合意に至らなかったようです。

その後、元社員は会社側から川崎市への転勤を命ずる業務命令に応じず赴任しなかったことで懲戒解雇されました。

元社員は、ひとり親のため育児に支障が出る転勤を拒み、それを理由に懲戒解雇されたのは「人事権の乱用」で無効だとして会社側を提訴していました。

 

人事権(配転命令権)の濫用

この元社員が訴えていた人事権の濫用とはどのようなものでしょうか。

まず、転勤(配転)命令権を確認しましょう。

配転命令権とは、会社は「個別的同意なしに」「業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定」し、「これに転勤を命じて労務の提供を求める権限」があるので転勤を命ずることができる、というものです。

配転命令権の行使が「正当な人事権の行使」であるためには、労働契約上、会社の配転命令権が認められていなければなりません。

多くの会社が就業規則で「業務上必要がある場合に、労働者に対して就業する場所および従事する業務の変更を命ずること」があり、「労働者は正当な理由なくこれを拒むことはできない」と定めています。同じように雇用契約や労働協約で定めている場合もあるでしょう。

労働基準法には配転(転勤)命令およびその有効・無効についての直接的な条項はありませんので労働契約が重要になります。

では、会社は全くの制限なしに従業員を転勤させることができるのでしょうか。従業員は転勤の命令を拒否した場合は、必ず負けるのでしょうか。

東亜ペイント事件(最判昭和61.7.14)という有名な裁判例があります。

事案の概要は以下となります。

(1) 頻繁に転勤を伴うY社の営業担当者に新規大卒で採用され、約8年間、大阪近辺で勤務していたXが、神戸営業所から広島営業所への転勤の内示を家庭の事情を理由に拒否し、続いて名古屋営業所への転勤の内示にも応じなかったことから、Y社は就業規則所定の懲戒事由に該当するとしてXを懲戒解雇したところ、Xは転勤命令と懲戒解雇の無効を主張して提訴したもの。

(2) 最高裁は、転勤命令は権利の濫用であり、Y社が行った転勤命令と、それに従わなかったことによる懲戒解雇は無効であるとした大阪地裁・高裁の判決を破棄し、差し戻した。

(出所:厚生労働省HP)

この東亜ペイント事件では配転命令権の行使が濫用と判断される基準が示されています。

  • 業務上の必要性が存在しない場合
  • 他の不当な動機、目的をもってなされた場合
  • 労働者に対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる場合

但し、この基準では濫用は簡単には認められません。会社に明らかに対象の従業員を退職に追い込む悪意がある等の事情が認められなければ、濫用とされるのは難しいでしょう。

例えば、業務上の必要というのも「その異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することなく、企業の合理的運営に寄与する点が認められる場合を含む」と判断されています。つまり、通常の会社運営の範囲内ならば濫用とは判断されないのです。

そして他の裁判例もみていくと、家族との別居を余儀なくされる一般的な単身赴任による場合等は、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益とは言えないとされています。

但し、2002年施行の改正育児介護休業法で、企業は「就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない」と規定されました。具体的な配慮の内容としては、企業は家族の状況を把握し、本人の意向もヒアリングすること、それでも転勤をする場合は子育てや介護のための代替手段があるか確認を行うことが必要とされています。

 

判決内容と所見

本件、NEC子会社元社員の訴えに対する判決理由で大阪地裁の裁判長は、業務効率化などの観点から、元社員に対する配転命令は業務上の必要があったとして有効と指摘しました。そして、長男の持病の状態などを考慮しても通常甘受すべき程度を著しく超える不利益があるとはいえないとしました。その上で、就業規則に基づき配転命令に応じないことを理由とした懲戒解雇は「社会通念上も相当なものといえ、権利濫用にはあたらない」と述べたと報道されています。

一般的な感覚では、配転命令に従わなかったこと、すなわち「転勤拒否」で解雇されるのは厳しいようにも感じるかもしれません。

しかし、本件は事業所の閉鎖により会社が転勤か希望退職を提示したが折り合いがつかず、そのため、会社は同じビルの清掃子会社か、元々経験していたシステムエンジニアへの人事異動も選択肢として提示していました。それを元社員が断ったという経緯があります。

つまり、大阪地裁の判決は、「会社側はやれるべきことを全てやった」という判断なのでしょう。

筆者は、転居を伴う転勤という制度は、時代に合わない前時代的なものと考えるようになってきました。転勤の多い銀行員だから特にそのように思うのかもしれません。

しかし、今回の訴訟では、元社員の訴えには「要求しすぎ」の色が濃いものと筆者は考えます。ただし、配転命令に従わないからといって懲戒解雇にする必要があるのか、という点では少々疑問もあります。

解雇には普通(通常)解雇と懲戒解雇があります。

懲戒解雇とは、就業規則に反し、不当な行為や不祥事を起こした従業員に対する制裁としての解雇です。(普通解雇は経営上の理由ではない要因で、労働者との雇用契約を解除する解雇です。)

懲戒解雇の場合、通常は退職金が支払われず、また懲戒解雇処分がなされたという経歴が残ります。就職活動時に懲戒解雇の事実を隠蔽すると経歴詐称になる可能性が高いという点は注意が必要です。

そのような観点から、元社員に対して懲戒解雇とした会社側の対応は、やや行き過ぎのようにも思いますが、法的には問題ない可能性が高いでしょう。

皆さんは今回の判決をどのようにお考えになるでしょうか。