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高齢者による交通事故「増加」の不都合な事実

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高齢者が引き起こした交通事故が増加しているように感じたことはないでしょうか。

2019年に起きた池袋母子死亡事故は、加害者が「上級国民」だとされ、大きな話題となりました。

このようなマスコミの報道や、実際に危ない運転をしている高齢者ドライバーを見ると、高齢者が運転をするのは危険であると認識する方も多いのではないでしょうか。

今回は、高齢者運転者が引き起こす交通事故について、確認してみたいと思います。

 

警視庁のデータ

まずは一つのグラフをご覧ください。

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(出所 警視庁/防ごう!高齢者の交通事故!「高齢運転者(第1当事者)の交通事故発生状況(2019年中)」)

上記は警視庁のWebサイトに掲載されている警視庁管内の交通時発生件数における高齢運転者事故の実数と割合です。

このグラフで見ると交通事故件数に占める高齢運転者(原付以上を運転している65歳の運転者)の割合が増加していることが分かります。

 

交通事故のデータ

では、次に以下のデータを見てみましょう。

これは日本全体の交通事故にかかるデータです。

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(出所 警察庁「令和元年中の交通事故の発生状況」)

少し数字が多くて見づらいかもしれませんが、65歳以上の高齢運転者であったとしても、他の年齢層の運転者の事故件数よりも多くはない(構成率ご参照)ことが分かるでしょう。

たた、これはあくまでも全体の件数だけです。高齢運転者が少ないから、他の年齢層の事故件数に比べて目立たないだけであって、運転者全体に占める事故件数の割合は多いのではないかとお考えになる方もいらっしゃるかもしれません。

では、以下の図表をご覧ください。

これは、年齢別免許保有者10万人当たりの交通事故件数の図表です。ドライバー10万人当たり(年齢層別)でどの程度の交通事故が起きているかを示していますので、高齢者の事故率を調べることができます。

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(出所 警察庁「令和元年中の交通事故の発生状況」)

上表から見て取れるのは、16~24歳において事故発生割合が高いこと、高齢者になるにしたがって事故発生割合が上昇していくことです。

但し、高齢者だけが圧倒的に事故発生割合が多いとは言えないでしょう。

交通事故を引き起こすという観点では、圧倒的に「若者」の方が危ないのです。

 

死亡事故のデータ

これまでは交通事故全体を見てきました。

次に池袋母子死亡事故のような「死亡」事故に焦点を当ててみましょう。もしかすると、高齢運転者の方が「重大な事故」を起こしている確率が高い可能性もあるからです。

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(出所 警察庁「令和元年中の交通死亡事故の発生状況及び道路交通法違反取締り状況等について」)

これは、運転者の年齢層別の交通死亡事故の件数を集計した図表です。

構成率にある通り、交通死亡事故全体では、高齢運転者が引き起こした死亡事故が大半を占める訳ではなく、他年齢層とあまり変わらない事故件数であることが分かります。

しかし、高齢運転者による事故が増えているようにマスコミが報道していたように思われる方もいるでしょう。また高齢運転者の方がやはり危険であるというイメージを持たれている方もいるでしょう。以下の図表をご確認ください。

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 (出所 警察庁「令和元年における交通死亡事故の発生状況等について」)

この図表こそが、高齢運転者が問題であるとの根拠になってといっても良いでしょう。

すなわち、免許保有者10万人当たりの交通死亡事故件数では、75歳未満の運転者と比べて高齢運転者が多数の事故を起こしているのです。高齢運転者は、交通死亡事故を起こす可能性が高いと言えます。

以下は上図表の元データです。

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(出所 警察庁「令和元年中の交通死亡事故の発生状況及び道路交通法違反取締り状況等について」)

このデータを見ると、80歳以上の高齢運転者は他の年齢層よりも3倍程度は死亡事故を起こしてきたことが分かります。このデータが最も一般的な感覚に合っているのではないでしょうか。高齢者に運転免許を返上させるべきという論調の根拠にもなり得ます。

しかし、この図表でもう一つだけ指摘しておくべきは、16~19歳の死亡事故件数も多いということです。85歳以上の高齢者の運転並みです。冷静に数字を見るのであれば、運転免許を返上させるべきは、高齢者のみならず未成年者です。

 

所見

最後に以下の図表をご覧ください。

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(出所 内閣府「令和2年版高齢社会白書(全体版)」)

これは「交通事故死者数及び65歳以上免許人口10 万人当たりの交通事故死者数の推移」です。

まず、75歳以上の高齢運転者の死亡事故は増加しているとは言えません。横ばいといったところでしょう。そして75歳以上の免許保有者の数は増加しています。しかし、死亡事故件数は増加していませんので、死亡事故の発生割合は減少しています。

これが事実です。

以上を見てきて我々が認識すべきは以下でしょう。

  • 交通事故全般については、高齢者よりも若者の方が事故率が高い
  • 死亡事故については10代と80歳以上の高齢者が突出して事故率が高い
  • 高齢者の免許保有人口当たりの死亡事故は減少傾向にあり、高齢者の死亡事故件数自体は横ばいである

マスコミはインパクトのある話題に飛びつきます。

高齢者の運転が危険であるというのは非常に分かりやすいストーリーです。

しかし、冷静に数字を見るならば、確かに死亡事故という観点では高齢者の運転は危険ではあるものの、10代の若者も同様に危険です。そして、高齢運転者が引き起こした死亡事故は別に増えている訳ではないのです。すなわち、マスコミが取り上げるようになったという表現が正しいでしょう。

数字は切り取り方一つで、異なる印象を持たせることが可能です。

筆者も、全体像を見ながら、冷静に数字を見ることができるようになりたいと常日頃より考えています。