日本経済団体連合会(経団連)会長が、政府が経済界に対して求めている積極的な賃上げについて、記者会見で「総人件費で対応」で考えていきたいと語りました。
今回はこの総人件費について、少々考察してみたいと思います。
経団連会長の発言
経団連会長のコメントについては、経団連がWebサイトで公表しています。
「北陸地方経済懇談会後の共同会見における十倉会長発言要旨」
賃金引上げの判断は、自社の状況を踏まえて個々の労使が議論し、企業が決める「賃金決定の大原則」が前提となる。その際、育児と仕事の両立やリスキリングの支援など「人への投資」も含めた総額人件費を考慮し、検討する必要がある。
〔賃上げ税制に関して問われ〕賃金の上昇が消費増に結びつき経済活性化につながるという好循環を生むためにはどのような制度が望ましいか、税制に限らず、社会保障制度を支える現役世代の保険料負担が益々重くなっており、その点も含めて議論すべきである。
(出所 経団連Webサイト)
このように経団連会長は、子育て支援(企業による保育所等)や学びなおし(リスキリング)等の環境整備を含む人件費全体で、政府の賃上げ要請に対応していくと述べています。
時事通信の報道では、経団連会長は「われわれが『賃金引き上げ』と言うときに考えるのは、総額の人件費だ」と述べ、賃上げは月例賃金だけではなく賞与や福利厚生費なども含めた人件費の総額を考慮するべきだとの考えを示したとされています。
この発言の背景にどのようなものがあるのでしょうか。
福利厚生費の推移
経団連会長の発言については、筆者は政府への牽制の意味合いが強いと考えています。
まずは以下のデータをご覧下さい。
(出所 『経団連「2019年度福利厚生費調査結果の概要」2020年11月』から筆者が作成)
このデータは、福利厚生費調査結果として経団連が発表しているものです。
この表の法定福利費とは、社会保険料等のうちの企業負担分であり従業員負担分は含まれていません。また、法定外福利費とは、企業が任意に行う従業員等向けの福祉施策の費用であり、福利厚生費は法定福利費と法定外福利費の合計です。
福利厚生費は現金給与総額に占める割合が上昇してきました。その要因は、法定福利費の増加にあります。
2019年度に企業が負担した法定福利費は84,392 円であり、対現金給与総額比率は、前年に引き続き過去最高率(15.4%)となっています。
法定福利費は、主に健康保険・介護保険、厚生年金保険、雇用保険・労災保険が占めており、これは企業が従業員を雇うと発生するものです。そして、強制的に負担させられている費用であることから、実質的には税金に類するものと考えても良いでしょう。この法定福利費は、基本的に賃金に対して割合で企業も支払うことになっています。
企業の経営者からすると、たとえ従業員に支払っていると賃金が同じだったとしても、法定福利費の負担は増加しており、「総」人件費は増加してきたのです。そして、賃上げをすると、従業員への賃金支払額が増加するだけでなく、法定福利費の支払いまでも増加するのです。
所見
経団連会長は「われわれが『賃金引き上げ』と言うときに考えるのは、総額の人件費だ」というのは、まさに企業の社会保障に対する負担が増加していることを表しているものと思われます。
そして、「賃金の上昇が消費増に結びつき経済活性化につながるという好循環を生むためにはどのような制度が望ましいか、税制に限らず、社会保障制度を支える現役世代の保険料負担が益々重くなっており、その点も含めて議論すべきである」という意見は、従業員の賃金を上げても、社会保険料等の負担が重くなってきたことから、結局のところ「手取り給与」がそれほど増えず、結果として消費に結び付かなかったのではないかと説明しているのではないでしょうか。
少子高齢化により従業員個人にとっての社会保険料負担の増加、企業にとっての法定福利費の増加は実際問題としては避けられないでしょう。その中でも、少しでも経済の活力を削がないような徴収の仕方を政府は検討して欲しいと経団連は注文を付けているのでしょう。