日本経済団体連合会(経団連)が、職場のハラスメント防止に関するアンケート結果を発表しました。
この調査は、職場のハラスメント防止に関する法律等の施行から1年が経過したことを踏まえ、企業における課題や取組みについて調査し、今後の政策を検討する参考とするとともに、効果的な取組等を広く展開する目的で実施されたものです。
調査結果では、5年前と比べ、パワハラの相談件数が増えた企業の割合は44.0%に上ることが明らかにされています。
今回は、経団連が発表したこの調査結果について簡単に確認していきたいと思います。
職場のハラスメント防止に関するアンケート結果
では、経団連が発表した職場のハラスメント防止に関するアンケート結果の内容を確認していきましょう。
最初は5年前と比較した相談件数です。
(出所 経団連「職場のハラスメント防止に関するアンケート結果」2021年12月)
- パワーハラスメントに関する相談件数は、「増えた」が44.0%と最も多く、次いで「変わらない」が30.8%
- セクシュアルハラスメントに関する相談件数は、「変わらない」が45.3%と最も多く、次いで「減った」が28.8%
経団連ではパワハラの相談件数が増えた理由として、法施行に伴う社会の関心の高まり、相談窓口の周知の強化、経営トップメッセージや研修実施による意識の向上、相談しやすい雰囲気の醸成等を挙げています。
他のハラスメントは以下のような結果となっています。
(出所 経団連「職場のハラスメント防止に関するアンケート結果」2021年12月)
近時話題の取引先からのパワハラ、カスハラについては大きな影響はないように思われますが、これはアンケート回答企業が経団連所属の大企業となっていることが要因となっている可能性があります。
(これは他のハラスメント類型でも同様のことが言えるかもしれません)
少なくとも経団連アンケートで見えてくるのは、大企業においてパワハラが社内で告発される件数が多くなってきているという傾向でしょう。
経団連の問題意識
経団連は結果報告において、ハラスメントに関する最近の相談動向・形態について明らかにしています。
これは経団連がハラスメント、主にパワハラについて問題意識を持っているからだと思われます。以下はハラスメントに関する最近の相談動向・形態についての経団連の説明です。
<コミュニケーション不足を起因とする相談の増加>
- リモートワークにより、コミュニケーションが希薄化するために起こるすれ違い
- コミュニケーションの不足からお互いの信頼関係が構築されないことにより、上司等の業務上の注意や指導をパワー・ハラスメントと捉え相談するケース
- リモートワークによるコミュニケーション不足を訴える社員の増加
- ハラスメントかどうかの判断が難しい、コミュニケーションの相違が根底にあるとみられる問題の増加
- ハラスメントには至らない、組織内のコミュニケーション不全に起因する相談の増加
<パワーハラスメントの理解不足による相談の増加>
- マネジメント上の問題をハラスメントとして提起するケース
- ハラスメントというより、従業員間の諍いごとといった内容の相談・訴え
- 指導・指摘、あるいは上司や周囲の言動で、本人の意に沿わないという点のみで、ハラスメントを主張してくるケース
- 上司が業務上必要な注意指導をしたのにも関わらず、「上司からパワハラを受けた」という相談の増加
- パワーハラスメントとまではいかない相談や上司のコミュニケーションスタイルが部下と合わずに相談に至るケース
- パワハラと指摘されてしまうのを恐れ、必要な範囲の厳しい指導が難しいという管理職のジレンマ
- 上司が適切な指導に対して、萎縮する懸念。何かあると部下から「ハラスメントだ」と言われることを恐れるあまり、仕事を抱えてしまう、適切な部下指導が出来ない管理職がいるという声
- 従来とは違う多様な価値観の違いにより、どの程度をハラスメントとするのかそのGapが大きくなりつつある。指導とハラスメントの境界線が線引きしづらい
経団連の問題意識は、まずコミュニケーションの問題です。そして、パワハラに該当しない業務指導まで上司が出来なくなってきている現実でしょう。
課題・対応策
経団連の上記調査結果では、ハラスメント防止・対応の課題について、特にあてはまる上位3つを選択としたところ、「コミュニケーション不足」が63.8%、次いで「世代間ギャップ、価値観の違い」が55.8%、「ハラスメントへの理解不足(管理職)」が45.3%となりました。これらの点を重点的に企業は対応をしていくことになります。
ハラスメントの理解促進に効果的な取組み事例としては、「経営トップからの定期的なメッセージ発信」「ハラスメントに関する集合研修の実施」「ハラスメントに関するeラーニング実施 」「職場単位でのハラスメント勉強会の実施 」が挙げられています。
これらの取り組みも有効だと思いますが、筆者としては上記に加えて特に「ハラスメントに関する事案等の共有」に注目しています。以下、報告書からの引用です。
<ハラスメントに関する事案等の共有>
- 実際に発生したハラスメント事案の共有。毎年実施しているコンプライアンス研修(動画を含む集合研修)にて、全役職員に共有
- ハラスメントに関する事案等の共有は、懲戒事案となったケースを人物特定できない加工を施したうえで、社内イントラ内にサイトを設けて提示・共有。事案内容から、不適切な行為の具体化、またそれに伴う懲戒内容を示して事案程度の重軽を示唆し、認識およびリスク感度を高めている
- グループ各社の総務人事担当部長がメンバーの会議のなかで、ハラスメント懲戒事案の概要、発生の背景、再発防止策について月単位で発信。また、四半期単位でハラスメント懲戒事案の概要のみ、全社従業員向けに通達を発信
- 毎月1回開催している全国支店長会議で速やかに事案を共有し、再発防止
- ハラスメント懲戒の一部(被害者保護の要請の高いものを除く)を Eメールによる情報誌として定期的に全役職員に送付
やはり具体的な事案、そしてその処分内容までを共有していくことが、社内のハラスメントを抑止することになるのではないかと筆者は考えています。
そして、今回の経団連報告書ではコミュニケーション活性化に効果的な取組み事例として、「1on1ミーティングの実施」「コミュニケーション能力向上のための研修実施」「感情をコントロールする能力向上のための研修の実施」「褒めあう文化の醸成」「社内イベントの実施(オンラインを含む)」「社内交流サイトの設置、SNSの活用」「挨拶励行の活動」等が挙げられていました。これらの施策が今後さらに具体化していくことになりそうです。
まとめ
経団連の「職場のハラスメント防止に関するアンケート結果」では、5年前と比べ、パワハラの相談件数が増えた企業の割合は44.0%に上ります。
これが直ちに経団連加盟企業のパワハラ増加を意味する訳ではありません。
この数字は、あくまで、大企業においてパワハラが社内で告発される件数が多くなってきているという傾向を示しているに過ぎません。パワハラの啓蒙がされ、相談窓口も整備されたことで、パワハラの相談が多くなったということを示している可能性が高いでしょう。
但し、この相談件数の上昇傾向に対して、企業は様々な対応を行っていくことになります。特に職場のコミュニケーションを改善していくことに注力していくことになりそうです。リモートワークがコミュニケーションを阻害しているという問題意識もあるのでしょう。
筆者の私見でしかありませんが、企業がこれから注力していくべきは、ハラスメントの防止でもなく、コミュニケーションの改善でもなく、まずは従業員がアウトプットを最大限に高めるための環境整備です(ハラスメント防止やコミュニケーション改善はその一つでしかありません)。従業員が(楽しかろうと、生みの苦しみを抱えていようと)最高のパフォーマンスを自らの意思で発揮出来るようにしなければ、他国の企業と戦っていけないでしょう。近時は従業員の発想・アイディア等こそが他社との優劣を決めるように感じられます。
ハラスメントの防止は手段であって、目的ではありません。この点は企業経営者にとっては留意が必要でしょう。(但し、自らがハラスメントを受けたら、私だったら許せません。ハラスメントが許されないことは間違いありません)