銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

出張中の移動時間は残業にならないのか~時代は変化している~

f:id:naoto0211:20190720100615j:plain

組織に所属していると業務で出張をしなければならないことがあります。

日帰り出張もあるでしょうし、前日に宿泊して朝から顧客訪問ということもあるでしょう。出張は移動時間が長いものです。

時折の出張であれば気分転換になるかもしれませんが、毎週出張があるならば出張の負担は重いものです。そして、就業時間中は顧客訪問・打ち合わせ等の業務を行い、就業時間終了後に帰宅のための移動を開始することは多いでしょう。帰宅した時には深夜となっていることもあります。このような時に「出張の移動時間は残業時間にすべきではないか」と疑問に持つ方も多いのではないでしょうか。

今回は出張の移動時間について残業にならないのかという素朴な疑問について確認します。

 

労働時間とは 

まず、出張における移動時間に残業代が発生するかを考える前、残業代が発生する「労働時間」について確認しましょう。

残業代は、会社に対する労働(役務)の提供によって発生するものであり、所定労働時間もしくは法定労働時間を超えた労働している時間が残業時間であるからです。

では、労働時間とはどのように判定されるのでしょうか。

実は労働基準法等の法律には、労働時間を明確に定義する条文がありません。労働時間は裁判例(判例)によって定義されてきたというのが正しい理解です。

以下は、労働時間に関する最も有名な判例です。

労働基準法上の労働時間とは、従業員が会社の指揮命令下に置かれている時間をいう。
労働基準法上の労働時間に該当するか否かは、従業員の行為が会社の指揮命令下に置かれたものと評価できるか否かによって客観的に決定されるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めによって決定されるものではない。(三菱重工業長崎造船所事件(最一小判平12.3.9)抜粋)

労働時間についてイメージしやすいのは、オフィスで上司が「監視・指揮」している中で業務を行う場合でしょう。従業員はいつでも上司の命令を聞かなければなりません。

一方で、上記判例は「従業員が会社の指揮命令下に置かれている」としているだけで、上司が直接監視・指揮している中で業務を行うことを労働時間該当の条件としている訳ではありません。

「会社(使用者)の指揮命令下」に置かれていれば、実作業に従事していなかったとしても「労働時間」に該当するケースがあるというのが判例によって蓄積された考え方です。

 

出張中の移動時間は労働時間か

出張のための移動は会社の指示に基づくものであることは疑いがありません。

そして移動中は飛行機や電車等に乗っていなければならず、行動の自由は制約されます。

国内でも遠方への出張、海外への出張の場合は、休日を利用して移動を行うこともあるでしょう。

全体としては、労働者にとって多大な時間と行動の制約を伴うものとなることが出張にはあるのです。

では、出張に関する行政解釈(通達)、判例を確認してみましょう。

(問)
 日躍日の出張は、休日労働に該当するか。
(答)
 出張中の休日はその日に旅行する等の場合であっても、旅行中における物品の監視等別段の指示がある場合の外は休日労働として取扱わなくても差支えない。

(昭和23年3月17日、基発461号、昭和33年2月13日、基発90号)

厚生労働省の通達では明確に、日曜日の出張における移動時間は休日労働(=労働時間)として扱わなくても問題ないとしています。 ただし、物品の監視等、常に何らかの業務がある場合は除くことになります。

次の判例は通勤時間と出張時の移動時間は同じ性質だとしている判例です。

出張の際の往復に要する時間は、労働者が日常の出勤に費す時間と同一性質であると考えられるから、右所要時間は労働時間に算入されず、したがってまた時間外労働の問題は起り得ないと解するのが相当である。

(日本工業検査事件 昭46.1.26 横浜地裁川崎支部決定)

もう一つ有名な判例が以下の横河電機事件です。

韓国に出張した労働者の時間外勤務手当の計算に当たり、会社が、移動時間は労働協約に規定された実勤務時間に含まれないとして計算したのに対して、右労働者が、移動時間は労働協約に規定された実勤務時間に含まれるとして計算した時間外勤務手当を請求した事例。

(判決)

移動時間は労働拘束性の程度が低く、これが実勤務時間に当たると解するのは困難であることから、これらの条項から直ちに所定就業時間内における移動時間が時間外手当の支給対象となる実勤務時間に当たるとの解釈を導き出すことはできない。

本件出張当時、旅費規則(〈証拠略〉)二五条により、一旅行日当り金二〇〇〇円の海外出張手当が支給されており、これが右取扱いに対する代償的な措置となっていたことをも考慮に容れると、本件移動時間が時間外勤務手当の支給対象たる実勤務時間に当たらないとした被告会社の判断に、何ら労働契約違反はなく、相当なものであったということができる。

(横河電機事件 平6.9.27 東京地裁判決)

以上を見てきて分かるように、判例等では「出張中の移動時間、遠方・海外への出張における休日移動は労働時間には該当しない」というのが日本におけるスタンダードな判断です。

 

所見

以上見てきたように出張中の移動時間は労働時間(≒残業時間)にはならないことが一般的です。単なる通勤時間と同様に扱われていることになります。

しかし、もう一度、労働時間の定義を見てみましょう。

労働時間とは、従業員が会社の指揮命令下に置かれている時間をいう。
労働基準法上の労働時間に該当するか否かは、従業員の行為が会社の指揮命令下に置かれたものと評価できるか否かによって客観的に決定される。

(三菱重工業長崎造船所事件) 

労働時間に該当するかの判断は、従業員の行為が会社の指揮命令下に置かれたものと評価できるか否かによって客観的に決定されます。

今まで見てきた通達、判例は時代に即しているでしょうか。

iPhoneが発売されたのは2007年(平成19年) です。スマートフォンの歴史はまだ10年ちょっとなのです。少なくとも上記の通達・判例はスマートフォンが登場する前に出されたものです。

スマートフォンは今や会社のシステムを使える環境にあることが一般的です。移動時間だろうと会社のメールをチェックし、場合によっては会社のサーバー上にある資料を編集・作成することもあるのです。

新幹線に乗っている時に、会社の上司からメールが来たら返信するでしょう。会社契約のスマートフォンが支給されているのであれば、急ぎの仕事があったらスマートフォンを使って仕事をするのは当たり前です。もちろん、会社の上司のみならず同僚から連絡があったら電話を無視することはないでしょう。

過去の通達・判例は、移動中は簡単に指示・命令を受けることがない(コミュニケーションが取れない)こと、そして業務が出来ないことを前提としているものと思われます。移動中なら、本を読んでも、睡眠をとっても、誰も制限をしないということが前提なのです。

しかし、スマートフォン時代は移動中だろうと会社の指揮命令下にあると認定される事例は増えるものと思われます。

そのような場合に、日当・出張手当等の費用支給をしておけば労働時間として認められないまま(横河電機事件参照)なのか、それとも違う判断となるか、今後注目されていくのではないでしょうか。

そして、日本の従業員を取り巻く環境は急速に変化してきています。共働きが前提の社会では、子供の送り迎え・食事の準備のために、自宅にいることが出来る時間が重要だということもあるでしょう。会社の指揮・命令下にないからといって、移動時間というのは行動の自由を制約されていることに変わりはないのです。

時代は変わっているのです。日本の企業の対応が、日本の司法の考え方が、このままで良いかは今一度検討してみることが必要なのではないでしょうか。