銀行員のための教科書

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ワクチン未接種の従業員を日本で解雇することは出来るのか

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日本国内ではコロナ感染症の再拡大が見られるようになってきました。

米国では、国内の新型コロナウイルスの1日あたりの感染者数が2022年1月3日には100万人を超え、過去最悪となっています。ワクチン接種を個人に強制すべきかという議論が繰り返されるのは当然でしょう。

そのような中で、米国のシティ(citi)グループがワクチン未接種の従業員を解雇すると報じられています。

今回は、改めて企業が従業員にワクチン接種を強制出来るのか、ワクチン未接種の従業員を解雇出来るのか等について確認してみましょう。

 

新聞記事

「銀行にもこのような動きがついに出てきたか」と考えさせられる記事をまずは引用します。

米シティグループ、ワクチン未接種の従業員を解雇へ…米報道
読売新聞 2022/01/08 

 【ワシントン=山内竜介】米ブルームバーグ通信は7日、米金融大手シティグループが新型コロナウイルスワクチン未接種の従業員を解雇すると報じた。米企業では従業員にワクチン接種を義務付ける動きが広がっており、金融大手では最も厳しい対応だという。

 報道によると、シティは未接種者に対し、14日までにワクチンを接種するよう求め、従わない場合は無給の休暇扱いとなり、1月末で退職となる。宗教や医療上の理由がある場合は免除を申請できる。

 シティの米国内の従業員は約7万人。昨年10月にワクチン接種の義務化を表明し、従業員の接種率は既に90%を超えているという。

 バイデン政権は昨年9月、100人以上を雇用する企業に対し、従業員のワクチン接種か週ごとの陰性証明を義務化するよう要請した。ただ、ワクチンの安全性に対する警戒感が根強いことを背景に、野党・共和党の知事が選出されているフロリダやテキサスなどの州は強く反発し、訴訟に発展している。

https://www.yomiuri.co.jp/economy/20220108-OYT1T50062/

この動きは、金融業界のみならず、米国の多くの企業の動きと言って良いでしょう。シティも政府の要請に従っているということだと思われます。

 

ワクチン接種に関する日本の法律

では、日本企業では、ワクチンを接種しない従業員を解雇することは可能でしょうか。

言葉を換えれば、日本の企業は、従業員にワクチン接種を義務付けられるのでしょうか。

まず、日本においては、コロナのワクチン接種は、予防接種法に基づいてなされています。

この予防接種法は9条において「予防接種を受ける努力義務」が個人もしくは保護者に課されています。ただし、これは「努力」義務です。強制されている訳ではありません。

予防接種法

(予防接種を受ける努力義務)
第九条 第五条第一項の規定による予防接種であってA類疾病に係るもの又は第六条第一項の規定による予防接種の対象者は、定期の予防接種であってA類疾病に係るもの又は臨時の予防接種(同条第三項に係るものを除く。)を受けるよう努めなければならない

また、市町村長又は都道府県知事は、予防接種法8条「予防接種の勧奨」に基づき、予防接種を受けることを勧奨しています。しかし、義務として課すことは出来ません。

予防接種法

(予防接種の勧奨)
第八条 市町村長又は都道府県知事は、第五条第一項の規定による予防接種であってA類疾病に係るもの又は第六条第一項若しくは第三項の規定による予防接種の対象者に対し、定期の予防接種であってA類疾病に係るもの又は臨時の予防接種を受けることを勧奨するものとする。

すなわち、日本の法律においては、予防接種を個人に対して強制出来るような条項は無いということです。

 

企業は従業員にワクチン接種を強制出来るのか

予防接種は企業の職場における感染防止に効果がある可能性は非常に高いものと思われます。そのため、前述の記事にあるシティグループのように、企業が従業員に予防接種を求めることは合理的とも言えます。

しかし、日本において、企業が「業務命令」として予防接種を従業員に強制することは可能でしょうか。

この疑問については、過去の判例が参考となります。

日本電信電話公社事件(千代田丸事件)(最三小判昭43.12.24 民集22-13-3050)では、危険な地域への出航命令を労働者が拒否できるかが問題となった事件である。この事件では、朝鮮海峡にある海底線の修理のために布設船(千代田丸)が出航することとなったが、当時この海域は軍事的緊張下にあったため、通常予想される以上の危険が想定された。乗組員は、危険地域における労働条件について使用者と組合との間で話がまとまるまでは乗船できないとして、当該出航命令を拒否した。最高裁は、本件では当時、労使双方が万全の配慮をしたとしてもなお避け難い軍事上の危険があったことが認められ、かつその危険は、乗組員の本来予想すべき海上作業に伴う危険の類いではなかったといえるから、乗組員は、その危険の度合いが必ずしも大きいとはいえなくとも、その意に反して労務提供を強制されるものではないと判断した。

(出所 独立行政法人労働政策研究・研修機構Webサイト)

この判例にあるように、業務命令は、生命・身体に危険が及ぶ可能性があるものについては、従業員に強制できない可能性が高いと解されます。

そして、予防接種は副反応が起こる可能性があります。健康被害にあう可能性も当然に存在します。

従って、企業は従業員に対して業務命令による予防接種の強制は出来ないと考えられます。

国会では以下の付帯決議もなされています。もちろん付帯決議は法的効力はありません。

<第203回国会閣法第1号 附帯決議>

予防接種法及び検疫法の一部を改正する法律案に対する附帯決議

 政府は、本法の施行に当たり、次の事項について適切な措置を講ずるべきである。

一 新型コロナウイルスワクチンの接種の判断が適切になされるよう、ワクチンの安全性及び有効性、接種した場合のリスクとベネフィットその他の接種の判断に必要な情報を迅速かつ的確に公表するとともに、接種するかしないかは国民自らの意思に委ねられるものであることを周知すること。

二 新型コロナウイルスワクチンを接種していない者に対して、差別、いじめ、職場や学校等における不利益取扱い等は決して許されるものではないことを広報等により周知徹底するなど必要な対応を行うこと。

これらを鑑みると、日本においては、企業は従業員に予防接種を強制することは基本的に出来ないものと考えられます。そのため、予防接種を受けない従業員を業務命令違反として、企業が解雇することも出来ないということになります。