富士通が5,000名規模の従業員を配置転換させると発表しました。総務や経理等の間接部門の従業員が対象です。
この対象者は営業やSE等に育成していくとしています。そして、配置転換後の仕事に合わない従業員は転職支援を行うのです。
この発表から読み取れるのは、どのようなことでしょうか。
今回は、なぜ日本の企業は解雇ではなく配置転換を行うのかに焦点をあてて考察します。
報道内容
まずは富士通の発表について概要をつかむために、報道内容を確認しましょう。
以下は読売新聞から引用します。
富士通が5千人配置転換、合わなければ転職提案 2018年10月26日 読売新聞
富士通は26日、2020年度までにグループ全体で5000人規模の配置転換を行うと発表した。対象となるのは総務や経理などの間接部門で、研修を通じて営業職やシステムエンジニアとして育成する。IT(情報技術)サービスなどの成長分野を強化する狙いがある。
富士通はグループ全体で間接部門に約2万人の従業員がいる。配置転換後の仕事に合わない従業員は、転職を支援する制度を提案することもあるという。
これが報道内容です。間接部門の四人に一人が配置転換されることになります。
発表内容
次に富士通が発表した内容についても確認しておきましょう。
以下は、経営方針進捗レビュー説明会(2018年10月26日実施)の資料からの抜粋です。
5,000名規模のリソースシフトによる成長領域の増強と間接/支援機能の効率化、適正化
- コーポレートファンクション等の業務ノウハウを活用した営業、SE 、業務コンサル、SAPコンサル人材等の育成
- グループ会社の間接/支援機能を富士通本体へ集約
- サービスカンパニーに相応しい人材投資の拡充
- グループ内外へのキャリアチェンジ、転進を支援
文書で見るとキレイな文言ですが、従業員にとって内容は非常に厳しいといえます。
ここで、純粋に疑問が浮かぶのではないでしょうか。なぜ、リソースシフト(配置転換)なのかと。厳しい言い方をすれば、必要のない人員を解雇し、即戦力となる営業やSEを雇えば良いのにと、素朴に考える方もいらっしゃるのではないでしょうか。
日本の企業はなぜこのような対応をするのでしょうか。
それは、日本においては、従業員を解雇するのが非常に難しいからです。
以下で日本の解雇規制について詳しく確認していきましょう。我々個人にとっても無関係ではないかもしれません。
法律の条項
労働契約法16条は、解雇は客観的合理的理由と社会通念上の相当性を欠く場合には、権利を濫用したものとして無効とする、と規定しています。
この規定は、判例法理(簡単に言えば裁判の事例)の形で存在していた解雇権濫用法理と呼ばれる解雇制限法理が明文化されたものです。
解雇権濫用の判断枠組み
労働契約法16条の下で解雇が有効になるためには、解雇について「客観的合理的理由」と「社会通念上の相当性」の存在が必要になります。
労働契約法16条は、それまで判例法理の形で存在していた解雇権濫用法理をそのまま条文化したものであるため、これらの文言の解釈に当たっては、解雇権濫用法理に関する従前の判例法理が先例としての意義を有し続けています。
法律の条文だけでは具体性がありませんので、次に判例によって積み重ねられた先例を確認していきます。
解雇の「客観的合理的理由」
では、解雇が認められる「客観的合理的理由」とはどのようなものでしょうか。
判例で成立してきた客観的合理的理由は以下の通りとなります。
①労働者の労務提供の不能による解雇(簡単に言えば、怪我や病気により働けないこと)
②能力不足、成績不良、勤務態度不良、適格性欠如による解雇(ただし、会社側は繰り返し改善のための指導等を行う必要あり)
③職場規律違反、職務懈怠による解雇(一気に解雇ではなく、降格のように段階を経るべき等の観点もあり)
④経営上の必要性による解雇(後述)
⑤ユニオンショップ協定による解雇(労働組合からの脱退、ただし、制限あり)
これだけでも、会社が解雇するのは難しいことが分かるでしょう。
解雇の「社会通念上の相当性」
さらに、解雇には「社会通念上の相当性」が必要となります。この判断においては、当該事実関係の下で労働者を解雇することが過酷に過ぎないか等の点が考慮されます。
解雇という処分をする事案の内容・程度が厳し過ぎないか、他の一般的な事案や処分と比較しても、充分な妥当性があるか、ということも判断に入るということです。
ここまでみてきた通り、解雇を行うのは相当なハードルがあることが分かるのではないでしょうか。
以下ではさらに上記④の経営上の必要性による解雇、すなわち整理解雇についてもみていきます。
整理解雇の四要件
資金繰りが厳しい場合等のように、人員のリストラがどうしても必要になる場合もあるでしょうが、このような整理解雇でも4つの要件が必要とされており、安易な解雇は厳しく規制されています。
①人員整理の必要性(特定の事業部門の閉鎖の必要性等)
②解雇回避努力義務の履行(希望退職者の募集、役員報酬のカット、出向、配置転換、一時帰休の実施など、解雇を回避するためにあらゆる努力を尽くしていること等)
③被解雇者選定の合理性(選定が客観的・合理的であること等)
④手続の妥当性(労使協議があること等)
この四要件をみると、整理解雇を行うには、会社存続の危機がある等の相当な理由があり、加えて、様々な方策を行った後でなければ認められないことになります。
まとめ
以上のように、日本の正社員については、たとえAIやRPAが普及し現在の仕事が代替されるといっても簡単に解雇される訳ではないのです。
今回の富士通の事例も同じであり、簡単に従業員をリストラすることはできません。
そのため配置転換をすることになるのです。
これは不経済で効率が悪いと考える方もいるでしょう。
しかし、日本においては未だに転職市場が効率的とは言えません。また、職業訓練も効果的とは言えないでしょう。
日本では、企業が人材を育成し、解雇の代わりに配置転換を行い、従業員の生活を支えてきました。いわゆる終身雇用です。国の制度や、雇用者の意識を含めて雇用の流動化を受け入れるインフラは未だに整っていないのです。
これが今の現実です。
筆者には正しいかは分かりません。恐らく間違いではないかとは思います。変化の早い時代においては、企業は終身雇用を守れないだろうからです。
しかし、従業員の解雇が簡単に出来るようにすれば良いかというと、それも間違いでしょう。社会に準備が整っていません。そもそも、自分が解雇対象になったらどう感じるでしょうか。全く他人事ではありません。
今回のような富士通の配置転換事例は、将来から見れば日本の社会が変わっていく転換期の話として記憶されるのかもしれません。しかし、これが現在の日本なのです。