経団連の会長が「終身雇用を続けていくのは難しい」と発言したと報道されています。
このニュースだけを聞くと企業に勤める従業員にとっては不安を感じるかもしれません。
今回は、経団連会長の発言を確認すると共に、終身雇用について考察してみましょう。
報道内容
まずは、どのように報道されているかを確認しておきましょう。
経団連会長 “終身雇用を 続けるのは 難しい”
NNN 2019.4.19経団連の中西会長は、企業が今後「終身雇用」を続けていくのは難しいと述べ、雇用システムを変えていく方向性を示した。大学側と経団連が議論した結果を、来週公表する予定。
経団連・中西宏明会長「正直言って、経済界は終身雇用なんてもう守れないと思っているんです。どうやってそういう社会のシステムを作り変えていくか、そういうことだというふうに(大学側と)お互いに理解が進んでいるので」
経団連の中西会長はこのように述べ、「人生100年時代に、一生一つの会社で働き続けるという考えから企業も学生も変わってきている」との認識を示した。
その上で、これまで日本では、4月の一括採用で入社せずに、あとから非正規で入社した場合、たとえスキルを身につけたとしても正社員に待遇で差をつけられるというケースを示し、そうした雇用システムに疑問を呈した。
経団連と大学側は、個人にとっても企業にとっても、より良い雇用のありかたについて、これまでの議論を22日に報告するという。
日テレNews24
これが中西経団連会長の発言です。
そもそも終身雇用とは
終身雇用制度とは、企業が従業員を生涯にわたって雇用する制度という意味です。
ただし、「制度」と呼ばれているものの、法律等で明確に規定されている訳ではなく、個別企業の努力目標のようなものです。企業と従業員との間の「暗黙の約束」のようなものだと言えます。なお、解雇規制(解雇制限法理、労働契約法16条)は存在するため、実際には法律の面からもある程度のサポートはされています。
この終身雇用は従業員側にとっての最大のメリットは、「雇用の安定性」です。終身雇用制度の下、定年までは安定した収入を得られるという「保証」を得たとみなすことができます。
企業から見たメリットは、長期的な視点で人材を育成できるということになります。企業の競争力の源泉は「人財」であり、優秀な人材を獲得・育成し続けることは企業の成長に欠かせない活動です。特に個別の企業内で役に立つ(企業内でしか役に立たないとも言えますが)企業内部の人脈、社内ルールの知見、特殊事務処理ノウハウ等は、長年勤務して初めて身に付くものです。
終身雇用制度が日本で導入され始めたのは1950年頃とされています。高度成長に向けて優秀な人材を個別の企業内に引き留めておくために導入したのです。この終身雇用は日本の高度経済成長の原動力となったとされています。
OECDの労働力社会問題委員会が、日本の高度経済成長を牽引する原動力として指摘した雇用慣行・労務管理が、日本型経営の『三種の神器』と呼ばれた『終身雇用制・年功序列賃金・労働組合(企業別労働組合)』であったことは有名です。
一方で、終身雇用制度にかかる企業側のデメリットとしては、人件費の調整が難しくなるということが挙げられます。従業員を正社員として雇用した場合、業績が悪化したとしても簡単に解雇できません。また、終身雇用は年功序列の賃金体系がセットになりがちです。企業の構成員が変わらないため、先輩を後輩が賃金で上回るのが難しいとされてしまうのです(ムラ社会の論理と言えば良いのでしょうか)。
加えて、「従業員が終身雇用に安心しすぎて」成長努力を怠るようになったり、業務上でリスクを取るよりも事なかれ主義に陥ってしまう可能性があります。
終身雇用の問題
日本経済は、1970年代後半には欧米先進国への追い付き型の経済成長が終わり、イノベーションを通じた生産性の向上が不可欠な時代となったとされています。
高度経済成長期のメインバンク制、終身雇用制・年功序列賃金・企業別労働組合、産業政策といった追い付き型成長に適した経済システムは、イノベーションと創造的破壊を成長の原動力とする先進国での経済成長には適さないものになったと言えます。
結果として、大企業と言われている名門企業であったとしても、急激に業績が悪化することが度々起こるようになりました。近年では、(外部環境の問題があったとは言え)東芝の実質的な解体、富士通のリストラ、シャープの台湾企業傘下入り、パイオニアの不振・被買収等、例を挙げればきりがないでしょう。
もちろん当該ブログが取り上げるメイン領域である金融・銀行もその例に漏れません。
そして、実際問題として終身雇用は完全にとは言えないとはいえ、崩壊しつつあるとも言えます。企業が業績悪化した際に、希望退職を募集するのは最早当たり前となりました。これは、まさに企業による終身雇用という約束の撤回です。
経団連会長は、このような現状認識を基に、終身雇用が守れないと発言したのでしょう。
所見
終身雇用という制度は幻想です。
右肩上がりの成長時代で、どの企業も拡大する可能性が高い時期に成り立った制度でしかありません。実際におカネが足りなくなったら、企業が倒産の可能性にさらされたら、従業員は解雇されます。
これは誰もが認識していた自明の理でしょう。企業も従業員も労働組合も都合が悪いから、あえて触れないようにしていただけです。
終身雇用が守れないと企業が方針を転換するのは理解できるとしても、その方針転換の前に日本政府や企業にはやるべきことがあります。
それは、人材教育と社会保障制度の再構築です。
日本の人材教育と社会保障制度は、企業に依存しています。本来は政府が行うべきことまで企業が肩代わってきたと言えるかもしれません。
近時は少しだけ制度が整備されましたが、労働者の就業再訓練については、充実させる必要があるでしょう。また、議論としては出ていますが、解雇された際の金銭的解決方法について整備しておく必要があります。
しかし、それ以上に問題となるのが、社会保障制度、その中でも退職金・年金制度です。
厚生年金だけでは老後の支えとしては十分ではありません。そのため、企業は独自に(一部は業界共通の年金基金が残っていますが)年金の上乗せ制度を構築してきました。
この年金制度は、大部分は確定給付年金であり、解雇・転職時に他社へは移管することが難しくなっています。そして、長年勤務することで初めて経済メリットを享受できるような設計になっているのです(例:勤続20年超で初めて年金の受給権発生、退職金は定年に近づくにつれて急激に増加する等)。そもそも、従業員が自主的に転職する場合には、退職金・年金が減額される(=従業員に転職する逆インセンティブを与える)制度を導入している企業が一般的です。
この退職金・年金制度が転職を阻害しているのです。
終身雇用を守らないということであれば、転職も容易にするのが日本政府や企業としての責任でしょう。退職金・年金制度を転職する阻害とならない制度へ移行させていくのは非常に重要なことです。
そして、以下の観点についてについても考えていかなければなりません。総合的に対応していかなければ、単なる雇用カット、賃金カットとなってしまい、日本経済全体は更に落ち込むことになりかねません。
- 副業の完全なる解禁
- 従業員の自己啓発時間の確保(労働時間の上限規制=インターバル制度が有用)
- 非正規雇用と言われている契約形態の撤廃(解雇や転職が一般的ならば契約社員は必要なし)
- 定年制度の廃止(もしくは年齢による就業制限の禁止)
- 職務の限定・職務記述書の制定(今までの正社員はどんな仕事も指示されれば行ってきましたが、それは終身雇用だったため)
- 年功序列体系を強く残している給料体系の改革