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東京機械製作所の株主総会決議は株主平等の原則において疑問

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輪転機大手の東京機械製作所の臨時株主総会で、買収防衛策の発動が可決されたことが話題になっています。

買収防衛策は、投資会社であるアジア開発キャピタルを対象としています。アジア開発キャピタルは、子会社のファンドを通じて東京機械製作所の株式を買い集め、全体の約4割を保有しています。

東京機械製作所は、買収防衛策発動の是非を問う臨時株主総会で、アジア開発キャピタルの議決権行使を認めませんでした。株主に平等に与えられているはずの議決権行使を認めないというのは、全体未聞であると言えるでしょう。

そして、株主総会は、買収防衛策発動を可決しました。アジア開発キャピタルの議決権行使を認めていたら結果は変わっていたでしょう。

今回は、この東京機械製作所が、株主総会においてアジア開発キャピタルの議決権行使を制限したことについて、少し考察していきたいと思います。

 

今回の事象における論点

東京機械製作所は、アジア開発キャピタル等の議決権を除外して株主総会の決議を行ったことに対して、「特定株主グループと一般株主の皆様との重大かつ構造的な利益相反の状況及び会社法831条1項3号の趣旨を勘案して、本議案との関係で特別の利害関係を有するアジアインベストメントファンドら及びそれぞれに関係する者として独立委員会が認める者を、その承認可決要件の計算から除外して取り扱うことが合理的であると判断しております」と説明しています。

これは、アジア開発キャピタルが一般株主とは異なる利益を狙っていると東京機械製作所の経営陣が判断し、さらに、特別の利害関係があるアジア開発キャピタルは買収防衛策の議決から外すべきであると判断していることになります。

要は、一般株主の利益を害することをアジア開発キャピタルは狙っているから、アジア開発キャピタル以外で会社の意思決定をしたということです。

この説明のうち「会社法831条1項3号の趣旨を勘案」している点については、少し確認が必要でしょう。

会社法の該当条文は以下の通りです。

(株主総会等の決議の取消しの訴え)

第八百三十一条 次の各号に掲げる場合には、株主等(当該各号の株主総会等が創立総会又は種類創立総会である場合にあっては、株主等、設立時株主、設立時取締役又は設立時監査役)は、株主総会等の決議の日から三箇月以内に、訴えをもって当該決議の取消しを請求することができる。(中略)

一 株主総会等の招集の手続又は決議の方法が法令若しくは定款に違反し、又は著しく不公正なとき。
二 株主総会等の決議の内容が定款に違反するとき。
三 株主総会等の決議について特別の利害関係を有する者が議決権を行使したことによって、著しく不当な決議がされたとき。

すなわち、株主総会の決議で特別の利害関係を有する者が議決権行使を行い、著しく(他の株主にとって)不当な決議がなされた時には、株主は株主総会決議の取り消しを請求できることになっています。

東京機械製作所は、この条文の趣旨に則り、アジア開発キャピタルが議決権行使を行っていたら、取り消し対象となり得るような不当な決議が可決されるのであるから、その議決権を制限したとしていることになります。

ここで問題になるのは、当該条文の「特別の利害関係を有する者」とは、いかなる者を指すか、という点です。条文には、その意義が明記されている訳ではないからです。

831条1項3号の規定は、決議事項につき特定の株主の利益相反的な議決権行使により、その株主のみが利益を得て他の株主が損害を被る内容の決議が成立するような場合は、支配株主による資本多数決の濫用(民法1条3項)として許されないものであり、かかる行為を規制する趣旨で定められたものと解することができるとされています。

但し、株主は、会社の実質的所有者であって、自己の利益を追求するために議決権を行使することは当然と言えます。特別利害関係株主であっても原則として議決権行使を許容されています(例外は、自己株式の取得決議に関する140条3項、160条4項、175条2項)。

従って、「特別の利害関係を有する者」とは、問題となる議案の成立により他の株主と共通しない特殊な利益を獲得し、もしくは不利益を免れる株主を指すものというべきとされます。

分かりやすい例では、大株主が対象会社から事業や重要な資産(不動産)を低い価格で譲り受ける決議を株主総会で行った場合や、大株主かつ取締役が、会社財務内容を著しく悪化させるような退職慰労金を自らに払うように株主総会で決議した場合が挙げられるでしょう。

要は、利害関係が直接であり、他の株主との間における投下資本回収の機会の公平性が担保されないような限られた事象でなければ、特別の利害関係株主とされないということです。

 

論点と所見

この点で、アジア開発キャピタルは、特別利害関係者に該当するかという論点が出てきます。 東京機械製作所は、特別利害関係者に該当するから、株主総会で議決権行使の集計対象からアジア開発キャピタルを外しました。 複数の法律家からの意見書も入手しており、自社の考え方・取扱いは問題ないと判断していると発表しています。

本件は、アジア開発キャピタルが買収防衛策発動の差し止めを求める仮処分申請を東京地裁に申し立てているため、最終的には司法判断を待つしかありません。

しかしながら、筆者は、東京機械製作所がアジア開発キャピタル側の議決権行使を制限したことは、問題だと考えています。

東京機械製作所とアジア開発キャピタルとの過去のやり取り、経緯がどのようなものだったとしても、株主平等の原則は厳格に判断されるべきだと考えているからです。

もし、東京機械製作所の今回の判断が適法であったとすると、会社側が何らかの理屈をつけ、 経営陣にとって都合の良いように、議決権行使が出来る株主を選ぶことが可能となってしまう懸念があるのです。

株主は、会社の所有者であり、自己の利益を追求するために議決権を行使するのは当然です。会社に対して誠実であるべきとされる義務は株主にはありません。だからこそ、 会社法は、 株主総会において特定の株主の議決権行使が出来ない場合を明文化 (会社法 140条3項、 160条4項、 175条2項) しています。 逆に言えば、他の場合には、 株主は議決権を行使できるはずです。

そして、東京機械製作所及びアジア開発キャピタルの発表文書を読む限り、アジア開発キャピタルが、一般株主との重大かつ構造的な利益相反の状況にあるとまでは言えません。 もちろんアジア開発キャピタルが、今後経営にどのように影響を及ぼしていくか、及ぼしていこうとしているのかは分かりません。 しかし、自らの手によって、株式の価値を下落させたいと考えて投資する株主はいないでしょうし、アジア開発キャピタルのみが利益を得ることが出来るような動きをするかは、現時点では明白ではありません。

筆者は、今回の東京機械製作所の判断は、不当であると裁判所が認める可能性が相応にあるのではないかと考えています。