本年の株主総会シーズンは終了しましたが、東芝で取締役会議長が選任を否決される等、アクティビストと言われるような物言う株主の影響力は増しています。
これは、年金や投資信託の運用を行う機関投資家の議決権行使基準が、物言う株主の主張・考え方と近くなってきていることがあります。
そのため、少し前までは、株主総会の議決権行使においては、機関投資家は経営者(会社)側に賛成に回ることが多かったものの、近時は、機関投資家が経営者・会社側に必ずしも味方しないようになってきました。
機関投資家と物言う株主の考え方が近くなってきた理由は簡単です。
どちらも「儲け」を第一に考えているからです。
そもそも、アクティビストとか物言う株主と言われる株主は、収益を上げるために株式投資を行っており、企業に様々な要求を行うのは収益を上げる(株価を上昇させる、配当を増やす)ための手段に過ぎません。
そして、機関投資家の目的も、自らに資金を預けている投資家のために、株主投資で収益を上げることです。
すなわち、時間軸の違い等はあるものの、アクティビストも機関投資家も目的は同じなのです。
今回の記事では、この収益を追求するようになってきた機関投資家が、どのような基準で株主としての議決権行使を行っているのかを簡単に確認していきたいと思います。
議決権の行使基準を知ることで、東芝の騒動等の裏側が見えてくるかもしれません。
業績関連の議決権行使基準
では、議決権行使基準について確認していきましょう。
対象は、やはり最も争われることが多い「取締役の選任」についてです。
基準を確認するのは、一般投資家や機関投資家に株主としての議決権行使についてアドバイスを行う議決権行使助言会社、そして機関投資家として大手の信託銀行3社です。
最も分かりやすく、重要だと思われる業績関連の行使基準から確認します。
【業績関連(業績、ROE)】
<ISS(議決権行使助言会社の大手)>
- 過去5期平均のROEが 5%以下、かつ改善傾向(直近会計年度のROEが5%以上)にない場合は、経営トップ選任へ反対
<グラス・ルイス(ISS同様の助言会社)>
- 対象企業の業績が類似会社に比べ、継続的な業績不振で、 かつ取締役会が合理的な措置を講じていない場合には、取締役全員に対して反対助言を行う可能性あり
<三井住友トラストAM>
- 3期連続で営業赤字の場合、もしくは3期連続で業績(ROE※)基準を満たさない場合には、3年以上在任の取締役選任に反対(※ROE基準は、TOPIX構成銘柄全体の上位75%タイル水準以上)
<三菱UFJ信託銀行>
- 過去3期連続赤字決算であり、かつ今後改善が見込めず、 経営責任があると判断する場合に当該期間中継続して在任していた取締役の再任反対
- 過去3期連続で ROEが一定水準(5%)を下回り、かつ今後改善が見込めず、経営責任があると判断する場合に当該期間中継続して在任していた取締役の再任反対
<アセットマネジメントOne>
- 以下のいずれかに該当し、合理的な理由が認められない場合、3年以上在任した取締役の再任に原則反対
- ①3期連続赤字かつ3期連続無配
- ②資本の額が前期比で50%未満
- ③債務超過
- ④3期連続で東証1部上場企業のROE下位1/3分位未満
- ⑤3期連続でネットキャッシュ比率が25%以上、 東証1部上場企業のROE1/2分位未満、決算期末のPBRが1倍未満
これらの基準で分かるように、議決権行使助言会社や機関投資家は3~5年程度の期間で経営者に業績上の結果を出すことを求めています。
この機関投資家等の時間軸は、アクティビストや物言う株主と言われるような投資家よりは、少し長いかもしれません。しかし、業績やROEを向上させ、結果として株価を上げることを求めるという観点では機関投資家も同様です。
その他の議決権行使基準
他にも議決権行使基準には様々なものがあります。その中でも特徴的な点を以下挙げます。
【株価】
<三井住友トラストAM>
- 3年度連続で株価基準(当該年度の株価パフォーマンスがTOPIX構成銘柄全体の上位75%タイル水準以上)を満たさない場合は、3年以上在任の取締役選任に原則反対
【ダイバーシティ】
<グラス・ルイス>
- 東証1、2部上場企業で、女性役員が1人もいない場合、会長または社長、指名委員会の委員長の選任に反対(但し、例外あり)
【政策投資株式(いわゆる持合株)】
<グラス・ルイス>
- 保有目的が純投資目的以外の目的である投資株式のB/S計上額が連結純資産と比較して10%以上の場合、会長(会長がいない場合、社長等の経営トップ)の選任に反対
<三井住友トラストAM>
- 政策保有株式を過大に保有している企業について、エンゲージメントの申し入れに応じていただけない場合や、継続的にエンゲージメントを実施したにもかかわらず状況に改善がみられない場合に該当する場合、取締役選任に反対することも検討
【ESG】
<グラス・ルイス>
- 環境・社会リスクに対する明確な取締役会の管理体制が構築されていない場合、グラス・ルイスが責任があると判断した役員
<三井住友トラストAM>
- ESG テーマを始めとする重大な課題を抱える企業について、エンゲージメントの申し入れに応じていただけない場合や、継続的にエンゲージメントを実施したにもかかわらず状況に改善がみられない場合、取締役選任に反対することも検討
このように株価、ダイバーシティ、株式持合いやESGについても、議決権行使基準が整備されてきています。
所見
機関投資家や、機関投資家に助言する議決権行使助言会社は、考え方によっては、既に物言う株主です。基準を示し、その基準に満たない場合には取締役の選任等に反対票を投じるのですから、積極的に「物を言っている」と見做せるでしょう。
そして、アクティビストのような物言う株主が提案してくる「株主提案」についても機関投資家は先入観なく判断してくるようになりました。
以下は三井住友トラストAMの行使原則です。
株主提案議案については、中長期的な株主価値の最大化に繋がるかどうかの観点から、会社提案議案と同等に議案判断を行います。但し、当該企業の経営方針ならびに施策と整合性を持たない場合や、特定の社会的、政治的問題の解決を目的としている場合、提案理由に合理性が認められない株主提案議案については、原則、反対します。
株主提案について、会社提案と同等に議案判断を行うとしています。
機関投資家は、昔のように企業経営者の味方でもなければ、物言わぬ株主でもないのです。むしろ、物言う株主と認識しておいた方が良いでしょう。
機関投資家は、企業の経営者ではなく、自分たちの金主(企業年金基金であったり、投資信託の購入者等)を向いて仕事をするようになったのです。
アクティビストのような物言う株主も、自分達に投資をしてくれる投資家のために活動しています。機関投資家と構造は何ら変わらないのです。
これが今の日本の状況です。