銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

東芝の問題は、日本全体の問題になる

f:id:naoto0211:20210612123729j:plain

東芝が発表した報告書がは大きな話題となっています。

外部弁護士による東芝の調査委員会は、2020年7月の株主総会を前に、東芝が経済産業省と連携して一部株主の提案を妨げようとしたとする報告書を発表しました。

今回はこの報告書において問題として指摘された点について確認していきたいと思います。

これは、最早、東芝の問題というよりは日本全体の問題になる可能性もあります。

 

調査の経緯

今回発表された外部調査は、旧村上ファンド出身者が運営するエフィッシモ・キャピタル・マネジメント(エフィッシモ)が要求していたもので、2021年3月の臨時株主総会で実施が可決されたものです(そういう意味では株主総会の意思として実施されています)。但し、選任された調査を行う弁護士は、エフィッシモが選んでいます。

エフィッシモ側は、自らが推す社外取締役の選任が否決された2020年7月の株主総会につき、公正に運営されていたのかについて疑義を唱えていました。その疑義は、主に2点であり、一点目は議決権行使の集計問題、二点目が議決権行使への圧力問題でした。

このうち、一点目の議決権行使の集計問題については、議決権行使の集計を行う三井住友信託銀行が不適切な取り扱いをしていたことが既に判明しています。今回の外部調査では、東芝側にも不適切な行為が無かったかを調査したものでしたが、こちらは問題なかったと報告されています。

一方で、問題があったのは議決権行使への圧力問題です。

 

報告書の結論

結論からすると、調査書では「東芝は、本定時株主総会におけるいわゆるアクティビスト対応について経産省に支援を要請し、経産省商務情報政策局ルートと緊密に連携し、改正外為法に基づく権限発動の可能性等を背景とした不当な影響を一部株主に与え、経産省商務情報政策局ルートといわば一体となって株主対応を共同して行っていた」と結論付けています。

「改正外為法」は、日本の安全保障にとって重要な企業への、外国人投資家による出資を規制することなどを定めている法律です。原発関連企業である東芝は、この安全保障にとって重要な企業に含まれます。この法律を使って、東芝と経済産業省は、「東芝にとって都合の悪い株主であるエフィッシモ等の議決権行使を抑えようとした」とされています。単純化すれば、法律を違う目的に使ったということになります。

調査報告書では最後に以下のように結論付けています。 

以上のとおり、東芝は、本定時株主総会におけるいわゆるアクティビスト対応について経産省に支援を要請し、経産省商務情報政策局ルートと緊密に連携し、改正外為法に基づく権限発動の可能性等を背景とした不当な影響を一部株主に与え、経産省商務情報政策局ルートといわば一体となって株主対応を共同して行っていた。

具体的には、第5・2(4)記載のとおり、東芝は商務情報政策局ルートと意思連絡の上、緊密に連携し、①規制当局である安全保障貿易管理政策課によるエフィッシモ宛て報告徴求命令等の正式ルートの改正外為法に基づく手続の進行を巧みに活用し、これに加えて、②東芝による「太陽政策」的対話と③商務情報政策局ルートによる行政指導ないし行政指導に至らない単なる会話を緊密に連関させることで、もってエフィッシモにその株主提案を取下げさせようとした。この一連の動きには、随所に法令等に抵触する疑いのある行為すら見受けられ、少なくとも改正外為法の趣旨を逸脱する目的で不当に株主提案権の行使を制約しようとするものであった。

また、第5・3(2)記載のとおり、上記のエフィッシモに対する動きと連動する形で、東芝といわば一体となって株主対応を進めていた経産省商務情報政策局ルートは 3D に連絡を取り、「隣が大火事のときに横でバーベキューをしているとそれでは済まないことになることもある」などと告げ、3D(筆者註:3Ⅾインベストメント・パートナーズ) がエフィッシモ提案の取締役選任議案に賛成の議決権行使を行った場合に、エフィッシモに対する外為法に基づく取締りに 3D が巻き込まれ、安全保障貿易管理政策課から 3D に対して調査等の外為法に基づく何らかの措置が取られる可能性があることを示唆し、3D の議決権行使判断に一定の影響を与えた。

さらに、第5・3(3)記載のとおり、東芝は、HMC (筆者註:ハーバード・マネジメント・カンパニー)について、HMC が東芝との接触を拒絶していたにもかかわらず、本定時株主総会の数日前のタイミングで、その議決権全てを行使しないことを選択肢に含める形で東芝の要望どおりに投票行動を変更させるという通常の交渉ではおよそ成立が難しいと思われるような交渉を行うよう、経産省商務情報政策局ルートを通じて、当時経産省参与の地位にあった M 氏に対して事実上依頼し、M 氏が HMC と接触した結果、HMC は議決権全ての行使をしなかった。

これらによれば、東芝は、株主であるエフィッシモ、3D、及び HMC に対し、不当な影響を与えることにより本定時株主総会にかかる株主の株主提案権や議決権の行使を事実上妨げようと画策したものと認められ、株主提案権や議決権の重要性、さらにはコーポレートガバナンス・コードが、「上場会社は、株主の権利の重要性を踏まえ、その権利行使を事実上妨げることのないよう配慮すべきである」(補充原則 1-1③)と規定していることなどを考慮すれば、本件調査者は、本定時株主総会が公正に運営されたものとはいえないと思料する。

(出所 調査報告書 2021年6月10日 株式会社東芝調査者)

この外部調査は、東芝内部の約78万件におよぶ電子メールおよび添付ファイルをAIによる重要度の評価付けを行い、最終的に人間の目でチェックした中から認定された結果です。

これから、東芝は会社としてこの外部調査報告書への反論を試みる可能性はありますが、この調査内容には一定の信頼性があるように筆者には思います。

 

所見

この東芝の外部調査は、東芝だけの問題であれば、「東芝がまた問題を起こしたんだね」で終わるかもしれません。

ところが、今回は経済産業省というお役所が絡んでいます。というよりは、東芝と同じように経済産業省自体が主役です。

改正外為法は、成立した当時から、株主提案を通じて企業に経営改善を求める物言う株主等の排除につながりかねず、コーポレート・ガバナンス改革の後退を懸念する声が挙がっていました。日本企業や政府にとって都合の悪い外国人株主を排除する「運用」がなされるのではないかという懸念です。

今回の報告書を見る限りは、安全保障上の懸念が実際にはないのに、経営陣や政府にとって都合が悪いという理由でエフィッシモ等を排除したことになり、まさに改正外為法施行の当初から懸念されていた通りになっていたことになります。

日本という国は、海外からの投資家を呼び込み、金融市場を活性化すること、日本企業の競争力強化を目指しているはずです。コーポレートガバナンス・コードを制定する等の投資家寄りの改革を行い、外国人投資家から見れば、日本の株式市場は、以前よりは投資しやすいものになったはずでした。

しかし、今回の東芝と経済産業省の動きが事実だとすると、外国人投資家から見ると「やはり日本は海外から投資を呼び込むつもりはない」「日本企業がガバナンス改革を通じて収益力を改善する可能性は低い(≒口で言っているだけ)」というような評価になっていくでしょう。要は、日本の株式市場は外国人投資家から敬遠されかねません。

東証一部の2020年における株式売買シェア(金額ベース)では海外投資家72.5%、個人19.0%と圧倒的に海外投資家が取引の主役となっています。

役所と民間企業の距離感が近いこと自体は問題ではありません。そうではなく、東芝も経済産業省も二枚舌であり過ぎることに問題があるのです。

今後の調査の進展に加え、今後の政府の対応に注目したいと思います。