全国労働組合総連合(全労連)という労働組合団体が、2020年まで6年間で取り組んだ22都道府県の最低生計費試算調査結果について報告し、最低賃金を1,500円に引き上げ、全国一律最低賃金制度を実現すべきだと訴えています。
なぜ、労働組合は最低賃金を1,500円に引き上げるべきと主張しているのでしょうか。
労働組合の主張について少し確認してみましょう。
全労連の主張
全労連という労働組合が何者かという点については今回は触れませんが、一般的には経営側に批判的な団体と言えます(批判的なことが悪いと主張している訳ではありません)。
この労働組合が主張していることは主に以下の通りです。
(出所 全労連オピニオン2021年5月31日)
- コロナ禍のもとでいっそう広がる貧困と格差の是正、地域経済の再生のために、最低賃金を1500円に引き上げ、全国一律最低賃金制度の実現に向けた格差の是正を行うよう決断を求める。
- 感染拡大を防ぐため活躍しているエッセンシャル・ワークの労働現場の多くを支えているのは、低賃金・不安定雇用の非正規雇用労働者についてである。
- 例えば、スーパーなど小売業で働く労働者の22.2%・約130万人が最低賃金×1.15未満の低賃金で働いている。これらの人々と日本経済を守るためには最低賃金を引き上げることが必要である。不安定な雇用による失業への恐怖と、蓄えがない世帯への収入の道が断たれること、さらに自らも感染しかねない恐怖とのたたかいとなっている。
- 労働者の雇用と生活を守る企業責任は、中小零細企業であっても決して曖昧にすることはできない。雇用維持と8時間働けば「ふつう」に暮らせる賃金の支払が必要である。
この労働組合が主張している最低賃金=時給1,500円については、「高い」と感じる方もいるのではないでしょうか。
労働組合はどのような根拠で最低賃金を時給1,500円としているのでしょうか。
最低賃金1,500円の根拠
労働組合は、最低生計費試算調査を実施してきました。6年で3万4000人分のデータを収集したようです。
最低生計費試算調査の目的は、生活実態調査や持ち物に関する調査等を実施し、それらの調査結果と他の統計資料を組み合わせて、若年単身世帯をはじめとした世帯モデルごとに、生活に必要な費目を積み上げた、「健康で文化的な最低限度の生活」を送るための最低生計費を算出することです。
従って「衣食住に困らないけれど贅沢は一切できないカツカツの生活」というような最低限の生活ではないことには留意が必要です。「1年間で帰省や旅行ができる」「月に2回ほど友達や同僚と飲みに行ける」「好きなミュージシャンのコンサートに行ける」等とされています。その意味では最低生計というよりは、むしろ『普通の生活』と言い換えることができると思います。
この最低生計費資産調査では、最低生計費を全国で以下のように試算しています。数字は時給であり、月に150時間労働した場合に最低生計費に到達する時給です。この150時間というのは1日8時間×20日=160時間であるため、そこから一日引いたぐらいの時間数が適切な1ヵ月の労働時間であると労働組合が考えたのでしょう。
例えば、月の最低生計費が25万円だったとすると、25万円÷150時間=1,667円となります。
(出所 全労連オピニオン2021年5月31日)
この最低生計費の水準が面白いのは、全国であまり水準が変わらないことです。東京都北区の1,664円に対して、水戸市が1,687円、佐賀市が1,613円というような水準です。
「地方より東京のほうが生活費がかかる」というのは幻想だと当該最低生計費調査に携わった大学の准教授は主張しています。東京都と地方では「出費先に違いがあるものの「出費額」には大きな差がないことが当該調査で分かったとしていています。
東京都は家賃が高いものの、交通機関が整備されており車を所持する必要がありません。一方で、地方は家賃が低いものの、車がないと生活は難しいため、車の購入費や維持費などにコストを割かなければいけないことは明白です。そのため、地域間の出費にそれほど差がないのが現状であるとしています。
佐賀市の事例
前述の労働組合(全労連)の参加組織である佐賀県労働組合総連合が2019年12月に発表した佐賀市の最低生計費調査を例にとってみましょう。
同調査では、佐賀市内で若者がふつうの暮らしをするためには、男性=月額241,972円、女性=月額242,732円(ともに税・社会保険料込み)が必要としています。その暮らしの前提は以下となっています。
- 生計費で想定した「ふつうの暮らし」の内容は、以下のようなものである。
- 佐賀市本庄町の25㎡の1Kのワンルームマンション・アパートに住み、家賃は34,500円(2階、エアコン付き)。中古の軽自動車(55万円)を所有し、通勤や買い物、レジャーに使用している。
- 冷蔵庫、炊飯器、洗濯機、掃除機などは、量販店で最低価格帯のものでそろえた。
- 1か月の食費は、男性=約38,000円、女性=約29,000円。朝晩は家でしっかりと食べ、昼食は、男性はコンビニなどでお弁当を買い(1食あたり500円)、女性は昼食代を節約するために月の半分は弁当を持参。そのほか、月に1回、同僚や友人と飲み会に行っている(1回当たりの費用は4,000円)。
- 衣服については、仕事では男性は主に背広2着(約20,000円)を、女性はジャケット2着(6,000円)を、それぞれ4年間着回している。
- 休日は家で休養していることが多い。帰省なども含めて1泊以上の旅行は年に2~3回で、年間の費用は6万円。月に4回は、恋人や友人たちと郊外のショッピングモールに行って、映画・ショッピングを楽しんでいる(1回2,000円で月に8,000円)。
- 試算の月額を、賃金収入で得ようとすると、時給換算で男性=1,392円、女性=1,397円(中央最低賃金審議会で用いる労働時間=月173.8時間で除した場合)になるが、これはお盆もお正月もない、きわめて非現実的な働き方での数字である。ワーク・ライフ・バランスに配慮した労働時間で換算(月150労働時間)してみると、男性で1,613円、女性で1,618円となる。
この最低生計費調査における「ふつうの暮らし」の前提は、労働組合の主張であったとしても、筆者が見ても特におかしなところは無いと感じます。
逆に、時給が全国の最低賃金レベルの1,000円だったとしましょう。1日8時間で月21日働いたとしても月額で約17万円です。ここから税金・社会保険料などを差し引くと、可処分所得は12~13万円にしかなりません。これでは、家賃や自動車関連費用を引くと本当にお金が残りません。
所見
以上のように一部の労働組合は、普通の暮らしができる最低賃金である時給1,500円以上を求めています。そして、その時給は出費の総額には都会も地方もあまり関係がないため、全国一律です。
これは、労働者側から見ると理解できる主張です。1ヵ月間フルで働いたら、せめて普通の暮らしをしたいと考えるのは当たり前です。
但し、これはあくまで労働者側の意見です。
経営者側の考え方からすれば、最低賃金を大幅に引上げると、人を雇うのではなくAIやRPA導入等の自動化や機械化・DXを図る方向に経営判断を行う誘因となり得ます。その結果、雇用が減少する(失業者が発生する)リスクがあると考える方が自然です。
欧州の失業率が高い要因が最低賃金の高さにあるとされることもありますし、韓国の最低賃金引上げは失業率を高めたとされています(これには異論もあるかもしれません)。
筆者としては、日本における最低賃金が低すぎることは認めつつも、それを大幅に引き上げていくには、やはり個々の企業業績の拡大が必要ではないかと考えています。
個人の収入が増加(=最低賃金引上げ)したら企業業績も良くなる、という意見があることは認識していますが、将来不安の大きい日本においては、全てが消費に回る訳ではなく、むしろ賃上げのほとんどは個人の貯蓄に回るだけではないかとも思うところです。