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韓国向けの邦銀の貸出残高を確認する~2020年3月決算期~

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韓国の通貨ウォンが下落しています。

また、輸出主導型の韓国経済はコロナ禍の影響を強く受けるとの報道もされています。

実際に韓国シンクタンクの韓国経済研究院は2020年5月20日に発表した「経済展望」で、2020年の韓国経済の成長率予想を昨年11月時点の2.3%から0.2%に下方修正しました。リーマン・ショック直後の2009年(0.8%)を下回り、アジア通貨危機に見舞われた1998年(▲5.1%)以来の低水準となります。

そのような韓国に対して、邦銀の与信はどの程度となっているのでしょうか。

韓国経済の悪化によって邦銀に大きな影響は及ばないのでしょうか。

今回は、韓国向けの邦銀の与信・貸出残高について確認したいと思います。

 

BIS国際与信統計

まず、韓国向けに邦銀がどの程度の与信(リスクを供与)しているかを確認します。

以下の数値は「BIS国際与信統計の日本分集計結果」として日本銀行が集計したものです。2019年12月基準となります(2020年3月基準は現時点で未公表)。

なお、「BIS国際与信統計」は、国際決済銀行(Bank for International Settlements、以下、BIS)が、世界の主要31か国・地域に本店を持つ銀行の国際的な与信状況をグローバル・ベースで取りまとめた四半期統計です。

<BIS国際与信統計(所在地ベース)>

  • 韓国向け 27,698百万米ドル(2019年3月末比▲2,169百万米ドル)
  • 全世界向け 3,577,188百万米ドル(同+30,562百万米ドル)

韓国向け与信は全体の0.8%であり、邦銀の全世界向け与信に比較して韓国向けの割合は小さいと言えます。また全世界向けのわずか0.8%しかない韓国向け与信ですが、全世界向けの与信が拡大している一方で、韓国向け与信は縮小してきていることが分かります。

「所在地ベース」とは、与信先の所在地により一律に国・地域別の分類をするものです。例えば、米国所在の日系企業に対する与信も、米国所在の米国企業に対する与信も全て「米国向け」とみなす考え方です。

対象とする取引の範囲には、(a)クロスボーダー与信(邦銀の国境を越える取引から生じる債権)、(b)海外における非現地通貨建て現地向け債権が含まれます。(日銀Website)

 

 

<BIS国際与信統計(最終リスクベース)>

  • 韓国向け 54,281百万米ドル(2019年3月末比+295百万米ドル)
  • 韓国向けのうち、クロスボーダー 30,643百万米ドル(同▲646百万米ドル)
  • 全世界向け 4,452,332百万米ドル(同+67,856百万米ドル)

最終リスクベースでも、韓国向け与信は全体の1.2%であり、邦銀の全世界向け与信に比較して韓国向けの割合は小さいと言えます。また、全世界向けの増加割合を下回り、韓国向けの与信はあまり増加していないことが分かります。

「最終リスクベース」とは、与信先の所在地ではなく、「与信の最終的なリスクがどこに所在するのか」を基準に、国・地域別の分類を行います。具体的には、他行の海外店に対する与信は同行の本店が所在する国への与信とみなすほか、保証やクレジット・デリバティブ、担保等による信用リスクの移転を勘案します。この結果、例えば、英国金融機関のニューヨーク支店に対する与信は、「米国向け」ではなく「英国向け」と捉えます。また、米国所在の米国企業に対する与信に英国金融機関の保証が付されている場合は、「米国向け」ではなく、「英国向け」と捉えます。最終リスクベースの分類を行うことで、与信先の所在地に関わらず、実質的にみて、どの国にどれだけの与信を行っているのかを把握することができます。

対象とする取引の範囲には、上記「所在地ベース」で示した(a)、(b)の債権に加え、(c)の債権も含まれます。(日銀Website)

以上で分かる通り、邦銀全体では韓国向けの国際与信は日本円ベースで6兆円弱となります。尚、この国際与信は銀行の国内の本支店から海外に向けた貸し出しや、海外の国債や社債、株式など海外への証券投資を含みます。また、銀行の海外支店から現地の顧客への融資も対象となっています。

全世界ベースでみれば割合は大きくはないと言えるでしょう。

なお、大きな流れとしては、邦銀の韓国向け与信は減少傾向にあります。

 

各行の貸出残高

次に国際展開が進んでいるメガバンクの韓国向け「貸出残高」を確認しましょう。いずれも2020年3月末時点となります。

  • 三菱UFJ銀行連結3,981億円(2019年3月末比▲273億円)
  • MUFG海外貸出全体 43兆7,394億円(米国持株会社、タイ・インドネシア現地銀行含む)の0.9%
  • 三井住友銀行2,818億円(同+488億円)
  • 三井住友銀行海外貸出全体 25兆921億円(三井住友銀行単体)の1.1%
  • みずほ銀行6,712億円(同▲484億円)
  • みずほ銀行海外貸出全体29兆687億円の2.3%

なお、上記は純粋な貸出残高です。

MUFGとSMFG(三井住友)は韓国経済が崩れても大きな影響は受けない水準と思われます。また、前述の「BIS国際与信統計の日本分集計結果」とのズレもありません。

一方、みずほは韓国向け貸出の残高が多く、貸出全体に対する比率も多いことから、他行よりは影響が大きいというところが特徴でしょう。日本との関係が悪化していることに加え、韓国経済自体が変調を来していることから、この2019年9月末時点では韓国向けの貸出が▲874億円となっていましたが、年末にかけて貸出を実行したものと思われます。

但し、みずほの純資産は2020年3月末時点で8兆6,638億円あり、韓国向け貸出が全て棄損したとしても致命的なことにはなりません(赤字にはなると思いますが)。

尚、上記の数値は銀行としての貸出残高です。みずほは決算資料を分析していくと銀行以外の業態でも韓国向けに貸出を行っている可能性があることが分かります。その数値は以下になります(2020年3月末時点)。

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(出所 みずほフィナンシャルグループ「2019年度決算 会社説明会」2020年5月20日)

  • みずほFGの韓国向け貸出残高 81.9億米ドル(8,804億円/1ドル107.5円換算)
  • 海外貸出全体 2,788億米ドル(29兆9,710億円/1ドル107.5円換算)の2.9%

この貸出残高は海外現地法人を含むとなっています。

みずほは他メガバンクと比べて、グループとしては韓国に対して大きなリスクを取っていることになります。特に中国と比べても貸出残高全体に占める割合があまり変わらないのは興味深いところです。

 

韓国は世界のどの国から与信を受けているのか

邦銀の韓国に対する与信および貸出残高は大きすぎるほどではないということが分かりました。

では、世界でどの国が韓国に与信を供与しているのでしょうか。

こちらもBISのデータから確認しましょう。2019年12月末基準です。

(データ元 Consolidated positions on counterparties resident in Korea https://stats.bis.org/statx/srs/table/b4?c=KR&p=20194

  • 韓国全体での与信受け入れ  306,523百万ドル
  • 英国 84,364百万ドル、全体の28%
  • 米国 80,895百万ドル、全体の26%
  • 日本 54,281百万ドル、全体の18%
以上は韓国側が公表しているデータであり、日本銀行の集計結果とは少し異なりますが、韓国への与信は英国と米国が1位と2位となっており、日本は3位です。全体の18%であることから、韓国は日本に金融面で全面的に依存しているとまでは言えないでしょう。但し、2019年6月末時点では13%でしたので、日本の金額・割合が大幅の増加しているところは気になるところです。
 

まとめ

以上、見てきたように邦銀全体としては韓国に対して大きな与信を取っているとまでは言えません。

また、メガバンクに限定すると、MUFGと三井住友は韓国向けに大きなリスクを取っているとは言えませんが、みずほが比較的大きなリスクを取っています。
現時点で把握できる数字を前提とすると、韓国の経済が何らかの形で混乱する、もしくは日本政府の方針で韓国向けの与信・貸出を回収する等の対応を迫られたとしても、邦銀へ致命的なダメージを与えることにはならないでしょう。
なお、足元では日韓関係の報道も少し落ち着いていますが、徴用工の問題等で日韓関係が再度悪化するならば、韓国に与信を行っていること自体を国内で非難される可能性は捨てきれないでしょう。

ことさらに「評判」「風評」を気にして経営を行う必要はありませんが、銀行はサービス業です。日本の報道は過熱しやすく、銀行は叩かれやすいことも勘案すれば、韓国向けの貸出・与信については慎重なコントロールが銀行経営者には求められるかもしれません(そもそもは韓国経済・韓国企業の業績が大丈夫かが最も重要ですが)。