新型コロナウィルス感染症の拡大によりリート価格が急落したことは記憶に新しいのではないでしょうか。
特にホテルを投資対象アセットとするリートは軒並み投資口価格 (いわゆる株価)の大幅下落となりました。
足元では投資口価格が少し戻っていますが、 まだコロナショック前の水準には届いていません。
この投資口価格の水準であればホテルを対象とするリートは割安で 「買い」なのではないでしょうか。それとも、インバウンドも見込めないので、 やはり 「売り」なのでしょうか。
今回はホテルを対象とするリートの投資口価格について簡単に考察します。
ジャパン・ホテル・リートの事例
議論を簡単にするために、ジャパン・ホテル・リート投資法人を例にとってみましょう。
同投資法人の決算状況から見ていきます。
【2019年12月期決算(1年決算)】
- 営業収益 283 億円
- うち、固定賃料等 171億円
- うち、変動賃料 112億円
- 営業費用 111億円
- うち、不動産運用費用 90億円
- うち、資産運用報酬 18億円
- 経常利益 153億円
- 当期利益 153億円
- 分配全総額 165 億円
- 一口当たり分配金 3,690円
これがジャパン・ホテル・リート投資法人の直近の決算状況です。
ここでのポイントはホテルを対象アセットとするリートは、変動賃料制を採用していることが多く、ホテルの稼働率が高くなると超過収益を得られる契約となっていることです。
これは裏を返すと、ホテルの稼働率が低くなると、今まで得られていた収益が得られなくなることを意味します。
上記決算状況では変動賃料の112億円がまさにその収益となります。
ホテルが稼働しなくなった場合
では、新型コロナウィルス感染拡大に伴いホテルの稼働率が劇的に低下したならば、どのような決算となるのでしょうか。以下は、変動賃料が発生しないレベルまでホテルの稼働率が低下した場合です。
- 営業収益 171信円(固定賃料のみ)
- 営業費用 111億円
- 営業外費用 19億円(借入コスト等)
- 経常利益 41億円
- 当期利益 41億円
- 分配金総額 41億円(負ののれん活用せずと仮定)
- 一投資口当たり分配金 918円
尚、資産運用報酬(リートの運用会社が収受する報酬)は、資産運用報告書等を見ると総資産4,157億円×0.35%=15億円、NOI×1%=2億円と想定されます。
※NOIはNet Operating Incomeの略で不動産賃貸での純収益という意味です。収入(賃料)から、実際に発生した経費(管理費、固定資産税など)のみを控除して求めるものです。
このNOIに連動する運用報酬は変動賃料が減少すると低下しますが、上記の通り割合が少ないために今回は考慮していません。
その上で、上記シミュレーションでは、投資家に配分する分配金が▲2,772円、▲75%減少しています。変動賃料が無くなるということは、一気に分配金が減少することなのです。
2020年1月末時点で投資口価格は、73,100円となっていました。分配金利回りは、当時で5.0%です。
投資口価格が同額で、ホテルが全く稼働しなくなった場合、分配金利回りは1.3%まで低下します。分配利回りが5.0%に戻るためには、当然ながら18.360円まで▲75%の投資口価格が下落することになります。
これがホテルの稼働率が減少した場合の問題点なのです。
物件評価
ジャパン・ホテル・リート投資法人の2019年12月決算時点では、有利子負債が1,688億円ある一方で、保有する物件の鑑定評価額は5,259億円、CAPレートは4.5%となっています。
NOI 241億円(=2019年12月期)でCAPレート4.5%の場合、簡易試算では、物件時価は5,356億円 (=NOI 241億円÷4.5%) です。
CAP レートとは
キャップレート(Cap Rate、Capitalization Rate)とは、還元利回り、収益還元率、期待利回りなどのことです。キャップレートは不動産の純収益(NOI、総家賃収入から管理費や修繕費などを控除したもの)を不動産価格で除した率です。逆に、キャップレートから不動産価格を評価する場合、不動産価格=純収益÷キャップレートで、その不動産評価額が算出されます。たとえば、年間1億円の収益が見込まれる不動産について、キャップレートが5%とすると、その不動産の評価額は、 1億円÷0.05=20億円となります。
(出所 LIFULL HOME'S Webサイト)
このCAPレートは「期待利回り」ですので、今回のようにホテルの収益に不透明感が出れば、CAPレートは上昇する可能性が高くなります。
CAPレートが+1.0%の5.5%となった場合には、NOIが変わらない場合、物件価格は4,382億円(=NOI 241億円÷5.5%)、現行比▲18%となります。
CAPレートの上昇は、物件価格に大きなインパクトを与えるのです。
さらに、物件価格(物件評価)が変動すると、投資家にとっての取り分は大きく変わります。
リートは、銀行借入のような有利子負債を使ってレバレッジ(艇子)をかけています。
銀行借入は確実に返済する必要がありますので、物件価格が変動した場合には、その変動「率」以上に、投資家の取り分が変動します。
これについては、試算してみると良く分かります。
ジャパン・ホテル・リート投資法人の場合、有利子負債は1,688 億円で変わらないので、CAPレート・物件価格が変動した場合には、投資家にとっての取り分は、以下の通りとなります。
- CAPレート4.5%の場合:5,356億円−1,688億円=3,668億円
- CAPレート5.5%の場合:4,382億円−1,688億円=2,694億円
すなわち、CAPレートが1%変動すると、投資家の取り分は▲26.6%となります。(これは上記の物件価格ではなく、物件価格から借入を引いた投資家の取り分です)
期待利回りというCAPレートが変動すると、投資家の取り分が大きく変動することが分かるでしょう。
NOIが変動した場合の物件価格への影響
NOI は不動産運用損益+減価償却費+固定資産除却+資産除去債務費用となります。ジャパン・ホテル・リート投資法人の不動産運用損益内には、変動賃料の87億円が含まれています。
仮に稼働率が低下し、変動賃料が獲得できなくなった場合には、NOIは154億円(=241億円−87億円)となります。
NOIが154億円まで低下した場合、物件価格は以下のように変動します。
【NOI 154億円の場合】
- CAPレート4.5%の場合: 物件評価額3,422億円(=154億円÷4.5%)
この場合、投資家取り分は1,734億円(=3,422億円−1,688億円)であり、従前の取り分である3,668億円から比べると▲1,934億円、▲52.7%となります。
- CAPレート5.5%の場合: 物件評価額2,800億円(=154億円÷5.5%)
さらにCAPレートが1%上昇した場合には、投資家取り分は1,112億円であり、従前の取り分である3,668億円から比べると▲2,556億円、▲69.7%となります。
すなわち、 変動賃料が無くなりNOIが低下し、かつホテルというアセットに対する期待利回りが上昇すると、投資家の取り分は、理論上大きく変動することになるのです。
2020年4月10日時点のジャパン・ホテル・リートの投資口の終値は34,850円となっており、1月末比▲52.3%にとどまっています。
この投資口の価格水準をどう評価するのかは、コロナの影響がいつまで残るか、インバウンド需要は戻るのか等の見通し次第でしょう。
少なくとも、現在の投資家は、CAPレートがあまり低下しないか、コロナの影響がある程度の段階で戻ると見ているということになります。
今後の投資口価格について
ジャパン・ホテル・リートの投資口価格は、3月19日 24,700円が直近の最安値です。
この最安値の水準は、1月31日の73,100円からだと▲66.2%、1月16日 82,400円 (1月の終値での最高値)からだと▲70.0%です。
▲70%の水準というのは、 前述の通り CAPレートが1%低下し、更に変動賃料が一切見込めない場合の価格目線ということになります。
この水準は、さすがに投資口価格としては 「底」の水準ではないかと筆者は考えています。
このような考え方でホテルを対象とするリートの投資口価格を評価し、自分なりに現在の投資口価格が割高なのか、割安なのかを考えてみるのは如何でしょうか。
変動する要因が少ないリートならば、このようなシミュレーションができます。不動産役資の基本的な考え方だと思いますので、ぜひホテルを対象とするリートへの投資を考えている投資家がいらっしゃれば、ご自身で試算してみることをお勧めします。リートのレバレッジをかけた仕組みというものも分かると思います。