銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

ロックダウンが噂される中で証券取引所閉鎖論について思うこと

f:id:naoto0211:20200322101211j:plain

世界的な株価暴落やロックダウンの恐れがある中で、取引所の閉鎖が行われるのではないかとの報道がなされています。

株価が暴落している最中には底が見えないこともあり、株価回復をしなければ支持率が低下するような為政者は、問題が解決するまで株式市場を閉鎖したいと考える可能性もあるでしょう。

今回は株式の売買を行う証券取引所において閉鎖を行うことについて考察してみたいと思います。

 

報道内容 

新型コロナウィルスの感染拡大に伴う株価の暴落が続き、取引所の閉鎖論が出始めていることが近時報道されています。まずは、この報道内容について確認しておきましょう。 

株、禁じ手の取引所閉鎖論 歴史的乱高下で 投資家は猛反対
2020/03/17 日経新聞

 新型コロナウイルスの感染拡大で世界的に株式相場が大荒れとなっている。投資家の不安を鎮めるために、取引所が株式売買を全面的に停止する措置に踏み切るのではとの思惑が広がっている。取引所の閉鎖はかえって経済の不透明感を高め、パニック売りを誘発する恐れが高い禁じ手だ。証券業界や機関投資家は反対の立場を強めている。

 「安倍首相ならやってもおかしくはないだろう」。国内運用会社のファンドマネジャーが念頭に置くのは、東京証券取引所が閉鎖する可能性だ。

 金融商品取引法の規定では市場の売買が「公益または投資家保護に有害」と認定された場合は、首相の判断で売買を停止することが可能となっている。

 取引所閉鎖の思惑が広がっているのは日本だけではない。ロイター通信によると、米証券取引委員会(SEC)のクレイトン委員長は16日、「市場のボラティリティーが著しく高まっているものの、米国の金融市場は取引を継続する」と述べた。株価急落を受けた政府による取引所の閉鎖観測に応じた発言だ。

 東証の「コンティンジェンシー・プラン(危機対応策)」によると、「災害やテロ等で当社役職員が避難をすることが必要な場合など業務継続が困難となり、有価証券等の売買監理が不十分になると当社が判断した場合」には、売買を停止する措置をとるとしている。

 このほか、東証の各売買システムに障害が発生した際、過去の売買代金で全体の5割を超える取引参加者が取引できない恐れがある場合などでは、東証の判断で売買を停止することができる。

 「疫病」という文言は見当たらないが、災害やテロ「等」という表現から、新型コロナウイルスの感染拡大で業務遂行が難しくなった場合でも、全面的な売買停止措置を講じることが可能と解釈できる。

 フィリピン証券取引所は17日から無期限の休場を決めた。新型コロナの感染拡大を防ぐため、同国内で人の移動制限措置などが発表されたためだ。イタリアやスペイン、フランスなどでも、外出制限措置を講じる動きが広がっている。今後、世界各地で取引所の閉鎖が相次ぐ可能性はゼロではない。東証も閉鎖すべきだとの圧力が強まる可能性は高い。

 一方、乱高下する相場の沈静化のみを目的とした取引所の閉鎖は回避すべきだとの見方が株式市場では優勢だ。日興アセットマネジメントの神山直樹チーフ・ストラテジストは「『それだけ今の状況が悪いのだ』という恐怖を与え、パニックにつながる可能性がある」と指摘。アルゴリズム取引などの影響で市場が大きく変動するなかであっても「サーキットブレーカーなど既存の制度で対応すべきだ」と話す。
(以下略) 

もう一つの日経新聞の記事も参考となります。  

取引所は閉めるべきか 東証は否定、デメリット大きく
2020/03/18 日経新聞

 市場を強制的に閉めてしまえば、株価は動きようがない。このため過去の株価急落局面では「取引所閉鎖論」が何度も取り沙汰されてきた。今回もコロナショックという歴史的な急落を目の当たりにし、一部の市場関係者の間でこの話が蒸し返されているようだ。コロナの感染阻止という大義名分は立ちそうだが、取引所は本当に閉めるべきなのだろうか。
 パニックを止めるには、市場を閉鎖するしかないのではないか――。そんなうめき声が市場参加者から漏れ伝わるようになったのは、今週に入ってからだ。
 米ダウ工業株30種平均が歴代の下落記録を連日のように塗り替えるコロナショックのマグニチュードは、2008年のリーマン・ショックに匹敵する。保有株の価値がみるみる減っていくのをなすすべもなく見守るしかない投資家がそう思うのは、理解できる。
 さらに、今回は売買を仲介するトレーダーが集まる取引所の立会フロアを閉めなければ、ウイルス感染が広がるリスクもある。
 ウイルス対策で最初に立会場の閉鎖に動いたのは、デリバティブ(金融派生商品)を上場する米シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)グループだ。今週、立会フロアを閉鎖した。
 人間のトレーダーが注文を付け合わせる立会取引は、取引所全体の取引のごく一部。CMEは大部分の取引は電子取引システムで実行しており、立会フロアを閉めても投資家への実害はほとんどない。
 17日には非鉄金属の国際指標となる英ロンドン金属取引所(LME)が、新型コロナ感染の状況に変化がなければブローカーが円形の舞台で対面で売買する伝統的な「リング取引」を23日から止めると発表した。
 アジアでは住民の移動制限令を受ける形でフィリピン証券取引所が17~18日、取引を全面停止した。
 市場閉鎖には至らなくとも、株価下落を緩和するための空売り規制の導入も相次いでいる。今週に入り、イタリア、フランス、スペイン、ベルギーの金融当局は相次いで空売り規制を発表。例えばスペインでは、17日から1カ月間、ネットのショートポジション(空売りの持ち高)の構築や売り増しを禁止している。
 では、東京証券取引所や大阪取引所を傘下に抱える日本取引所グループ(JPX)はどうするのか。
 「証券会社や機関投資家とコミュニケーションを取っているが、閉鎖してほしいという要望は聞いていない」。東証の幹部はいう。
 では仮にこれから来たらどうするつもりか。「閉める考えなど全くない。むしろ、これほど大きく相場が下げているときこそ、市場は開け続けなければならない」。この幹部はいう。
 東証には、相場急落に恐れをなした参加者から市場閉鎖の要求が来た経験が何度もある。直近は、9年前の東日本大震災のときだ。
 震災発生の翌週となる11年3月15日。福島第1原発の水素爆発の映像がテレビで流れると、日経平均株価は一瞬で急落。翌日、先物にはサーキットブレーカーが2度発動した。
 当時は放射線を恐れる外国人トレーダーも多く、新型コロナの感染リスクが広がる今とどこか状況が似ている。10社余りの外資系証券の在日幹部は緊急で協議し、連名で東証に市場閉鎖の要望を出そうと動いた。
 15日の夜、東証社長だった斉藤惇氏(プロ野球コミッショナー)の自宅を取材で訪ねた。「こんな危機の時に株が大きく下げるのは当たり前。投資家に換金の場を提供しなければ、投資家の恐怖心理がいっそう広がるだけだ」。計画停電で電気が止まった玄関の暗がりで、斉藤氏はいった。
 電気がなければ、注文をつけあわせる取引所のコンピューターも動かせない。それでも斉藤氏はいった。「自家発電の設備と燃料を東証で購入してもいい。市場は絶対に閉めない」
 市場の価格発見機能をなによりも重視する斉藤氏の考えは、今の取引所幹部たちに受け継がれている。
 社会の危機感は東日本大震災の時のほうが大きいが、株価の下落幅は当時を超えている。新型コロナの感染を機に市場は世界的な景気後退の可能性を本格的に織り込み始めた。そんなときに市場を閉めれば、投資家の不安心理はいつまでたっても解消されない。

(以下略)

更に世界取引所連盟が声明を発表しています。 

世界取引所連盟「市場開け続けるべき」、コロナ感染拡大
2020/03/20 日経新聞

 【ロンドン=篠崎健太】世界各国の証券取引所でつくる世界取引所連盟(WFE、本部ロンドン)は19日、新型コロナウイルスによる金融市場の動揺を受け「価格形成や流動性へのアクセスを守るために市場は通常通り開き続け、取引時間も維持することが重要だ」との声明を出した。マーケットには資金調達やリスク管理を担う役割があるとし、新型コロナに屈せず取引を継続させる立場を示した。
 新型コロナの感染拡大対策として、米ニューヨーク証券取引所や英ロンドン金属取引所(LME)は23日から、ブローカーによる対面取引を停止する。フィリピン証取は政府の外出禁止措置で、17~18日に取引自体の中止を余儀なくされた。
 WFEは運営を継続させるための各取引所の取り組みが重要だと指摘した。感染対策で当局が外出禁止や都市の封鎖といった措置を取る場合も、市場の運営維持に欠かせない職員については除外されるべきだと訴えた。
 ナンディニ・スクマー最高経営責任者(CEO)は「危機時は平時以上に金融機能が重要だ」と指摘した。「市場を閉鎖する利点は考えられない」として、当局とも連携して取引継続を確保していく方針を示した。

このように立て続けに報道がなされ、声明が出されていることを鑑みると、証券取引所の閉鎖論がかなりの力を持ち始めていることが分かるでしょう。 

また、日本取引所グループのCEOが取材に対してロックダウンでも取引所を運営すると述べたと報道されています。これも取引所閉鎖が懸念されていることの裏返しでしょう。

JPX清田CEO:ロックダウンでも取引所運営、上場制度は柔軟運用

Bloomberg 2020/03/31

(ブルームバーグ): 日本取引所グループの清田瞭最高経営責任者(CEO)は31日の定例会見で、新型コロナウイルスの感染拡大の抑制のための都市封鎖(ロックダウン)が国内で発令された場合や緊急事態宣言が出される事態となっても「取引所は原則、通常通り運営する方針」と話した。
  市場の信頼を維持するためには取引所を安定的に運営する必要があり、取引所をロックダウンの対象とならない「重要インフラ企業」に認めてもらうよう金融庁と綿密な連携を取っていると清田氏は説明した。取引所の内部に感染者が出た場合のリスク管理措置についてもすでに検討しているという。

(以下略)

これが証券取引所閉鎖にかかる今の状況です。

 

取引所の閉鎖・取引停止

では、証券取引所が閉鎖もしくは取引停止された事例はどの程度あるのでしょうか。まずはこの点について確認しておきましょう。

<ニューヨーク証券取引所(NYSE)での事例>

  • 1914年7月31日から同年11月27日までは第1次世界大戦勃発で閉鎖
  • 1945年8月15、16日第二次世界大戦終了
  • 1963年11月22日ケネディー大統領暗殺
  • 1963年11月25日ケネディー大統領葬儀
  • 1981年3月30日レーガン大統領狙撃
  • 1977年7月のニューヨーク大停電で1日閉鎖
  • 2001年9月11日から14日まではニューヨークなどでの同時多発テロで閉鎖
  • 2012年10月29、30日まではハリケーン「サンディー」の影響で閉鎖

 (出所 https://www.jiji.com/jc/article?k=2020031700717&g=eco他)

過去の例を見ると、ニューヨーク証券取引所において「現実的に売買が可能な間は市場はオープンし続ける」ものと思われます。取引所が閉鎖もしくは取引停止になった典型的な例は、天候、停電、戦争、テロ等が理由です。

 
<東京証券取引所での事例>
  • 1920年(大正9年)3月15日には大量の売り物から空前の大暴落となり2日間立会を停止
  • 1923年(大正12年)9月1日の関東大震災では、東京株式取引所の建物も全焼し、兜町一帯が焼野原となった中、10月27日から焼け跡の天幕内で株式の現物取引を開始
  • 1945年(昭和20年)8月10日‐広島と長崎に原子爆弾が投下されたとの情報が入ると市場は停止し、それ以降、1949年(昭和24年)に取引が再開されるまで閉鎖が続く
  • 1951年(昭和26年)2月15日 - 前日からの吹雪で都心の積雪が30センチメートルを越え、交通麻痺のため立会中止
  • 1989年(昭和64年)1月7日‐昭和天皇崩御
  • 1997年(平成9年)8月1日 - 東証でシステム障害が発生。1702銘柄(全銘柄の約9割)の午前中取引が停止
  • 2005年(平成17年)11月1日 - 株式およびCB売買システムに障害が発生し取引停止。システム障害による全銘柄の取引停止は史上初
  • 2006年(平成18年)1月18日 - 「ライブドア・ショック」で売り注文が殺到し、注文件数や約定件数がシステム処理能力の限界近くに達し、後場は20分早い14時40分をもって取引全面停止。システム能力が原因での自主的な取引停止は東証では初

東証が株式取引を全面的に停止したのは、昭和天皇の崩御の時や物理的・現実的に市場を開くことが出来ない時ぐらいです。2001年9月11日の「米同時多発テロ」を受けた米株式市場の閉鎖時や、東日本大震災当時も、東証は市場を開け続けました。

ロックダウンがなされたとしても東証は市場を開け続ける努力を行う可能性は高いと思われます。

 

今後の動向

NYSEが今後市場を閉鎖する可能性については、現地の空気が分かりませんが、日本語の記事を見ている限りでは現時点での閉鎖はないものと思われます。市場関係者が閉鎖を回避しようと動いていくことは間違いないでしょう。

そして、東証はポリシーとして、恐らく市場を開け続けるでしょう。

とはいえ、世界各地で取引所が相次いで閉鎖した場合には、世界中でポジション圧縮ができなくなった海外投資家にとって、東証はポジションを圧縮するか売りのヘッジを出すための場となってしまう可能性があります。

その対応策については考えていく必要が出てくる可能性はありますが、証券取引所は、投資家や証券会社自身の株式等の売買注文を、自ら開設する市場に集中させることにより、大量の需給を統合させ、株式等の市場流通性を高めるとともに公正な価格形成を図るという役割を担っています。流動性の供給と、価格発見機能の提供こそが証券取引所の根幹ではないでしょうか。

上場株式は流動性があるからこそ、投資家が購入するのです。投資方針を決定する際に考慮しなくてはならない「収益性」「安全性」「流動性」のことを投資の3原則といいますが、流動性は投資を決定する際の非常に重要なファクターです。

上場株式は、いつでも換金出来るからこそ価値があるのです。

証券取引所の閉鎖(取引の停止)は、まさに、市場の流動性、価格発見機能という価値を失わせます。一度、閉鎖してしまえば、その証券取引所はいざとなれば流動性が枯渇する取引所であると投資家に認識されるでしょう。これは、目先の株価暴落を回避したとしても、将来的には投資家を敬遠させることになります。

筆者が考えるに、証券取引所閉鎖論は、本当にメリットが見出せません。現時点では心配していませんが、もう一度の株価暴落がある際には、証券取引所の閉鎖がなされないことを祈るばかりです。またロックダウンを理由として市場が閉鎖されないことも祈ります。