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スルガ銀のシェアハウスオーナー「借金帳消し」はアパート投資の終わりを意味する

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スルガ銀行がシェアハウスのオーナーに不正な融資を行い社会問題化していた事案は、一部のオーナーとスルガ銀行との間で調停が成立する見通しとなり、オーナーが抱える440億円の借金が帳消しとなることになりました。

これはシェアハウスのオーナーにとっては非常に良い解決策だったと言えるでしょう。

一方で、シェアハウスのオーナーに対しては、儲けを狙っていたのだから「自己責任」ではないかとの厳しい意見も問題発覚当時は見られました。

この借金帳消しという解決策は、全体として見ればどのように評価したら良いのでしょうか。今回は、スルガ銀行のシェアハウスオーナーに対する借金帳消しという解決策について考察していきたいと思います。

 

報道記事

まずは今回の解決策について全体像を把握しましょう。以下は日経新聞記事の引用です。

スルガ銀行、シェアハウス手放せば借金帳消しに まず257人対象
2020/3/25 日経新聞

 スルガ銀行は25日、不正な融資で過大な借り入れをしたシェアハウスの所有者が、物件を手放せば借金の返済を免除すると正式に発表した。まず東京地裁に民事調停を申し立てていた257人を対象に、土地と建物の物納を条件に借金を帳消しにする。望めば他の所有者にも同じ措置をとる。一連の不正融資の舞台となったシェアハウス問題に区切りをつける。
シェアハウス融資を巡っては、借り入れ希望者の源泉徴収票や預金残高を改ざんしたり、契約書を偽造したりする不正行為がまん延していた。実勢価格より高値で物件を買わされていたケースも多く、返済に行き詰まる所有者が相次いでいた。これまでスルガ銀は元本の一部カットなどに応じてきたが、根本的な解決のためより踏み込んだ対応をとる。
まずスルガ銀がシェアハウス向けの貸出債権を投資ファンドとみられる第三者に売却。所有者がこの第三者にシェアハウスの土地と建物を物納すれば借金を帳消しにする。所有者にとっては債務免除益が発生するが、非課税扱いになる見通しだ。
シェアハウスの所有者は全体で1258人。今回はこのうち東京地裁に調停を申し立てた257人、343棟が対象で、対応する債務額は約440億円という。

(以下略)

(出所 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO57204620V20C20A3EE9000/

今回の「物納」方式の解決策は、日本でも過去に見られた方式だと思われます。海外でも実施されており目新しいものではないはずです。このスキーム自体については今回の記事では触れません。

この解決策については、その背景および波及効果について、以下でもう少し詳細に確認したいと思います。

 

スルガ銀行の発表

今回の解決策についてはスルガ銀行がプレスリリースを出しています。

本件譲渡は、東京地方裁判所の調停委員会の調停勧告に基づいて行われました。その概 要は以下のとおりです。

・ 当社は、シェアハウス関連融資について、各申立人らに対し一定額の解決金支払債務を負うことを確認し、同債務とシェアハウス関連融資に係る各申立人らのローン債務とを対当額で相殺した上で、相殺後のローン債権を第三者に譲渡いたしました。

・ 各申立人らは、各自のローン債務について、上記相殺及び本件譲渡の後、各自が所有する担保物件をもって代物弁済を行いました。

シェアハウス関連融資は、一般の投資用不動産関連融資とは異なり、マーケットが未成熟で比較する類似物件が少ない中、非現実的な事業計画に基づき、運用実績のない新築物件に対して当社の融資が実行されておりました。その結果、お客さまが実勢価格よりも高値でシェアハウス物件を購入し、いわゆる高値掴みの損害を被られました。当社には、シェアハウス関連融資を実行するに際し、一般の投資用不動産関連融資にはないシェアハウス特有のリスクについて十分な分析を行わず、事業計画の非現実性を看過した等の不適切な対応がありました。 当社は、シェアハウス関連融資については当社に定型的に不法行為に基づく損害賠償義務が生じると裁判所の調停委員会が認定したことを踏まえ、申立人らに対し、調停勧告に基づく解決金支払債務を負うことを応諾いたしました。 今後、東京地方裁判所において民事調停法16条所定の調停が成立し、これにより申立人ら と当社との間のシェアハウス関連融資をめぐる問題は終局的に解決する予定です。 

(出所 スルガ銀行「シェアハウス関連融資債権の譲渡に関するお知らせ」2020年3月25日から抜粋)

このプレスリリースで見えてくるのは、日経新聞の記事では触れられていないスルガ銀行の損害賠償義務です。

すなわち、裁判所の調停委員会は、シェアハウスオーナーがシェアハウスを高値掴みで取得したことについて、スルガ銀行が「一般の投資用不動産関連融資にはないシェアハウス特有のリスクについて十分な分析を行わず、事業計画の非現実性を看過した等の不適切な対応」があり、それは損害賠償義務を負うべきであると認定したことになります。

スルガ銀行はシェアハウスオーナーのために「善意」で借金を帳消しにするのではありません。あくまで損害賠償義務があるので、それを加味するとオーナーの借金が帳消しになるようにスキームを組んだということになるのです。

 

スルガ銀行の解決策の波及効果

今回のスルガ銀行の解決策は、大きなポイントが存在します。

それは「銀行の貸し手責任」です。

貸し手責任(=Lender Liabiltty)は、融資の交渉~回収までの全ての過程において、融資先(企業・個人等)から銀行に対して想定される請求に対し「融資側が負う可能性のある責任」といえるでしょう。

これは、融資先の経営内容・事業計画を融資側が把握し介入する事等による法的責任という考え方もできます。また、銀行が融資を約束したのに撤回したことから会社が倒産したというのも場合によっては貸し手責任(信義則違反)として借主が法的に保護される可能性はあるでしょう。

この貸し手責任の法的な根拠としては、不法行為・債務不履行・信義則違反等によるそれぞれの責任と考えられています。ただし、あくまで社会的責任ではなく法的責任を指します。

統一された法律がないため、日本においては、明確に「これが貸し手責任」といえるような定義は難しいかもしれません。

裁判例でも貸し手責任は簡単には認められていません。銀行と顧客の間では金銭消費貸借契約があるのみです。顧客が借りたお金を返す義務を負うだけであり、顧客がそのお金をどう使うかは銀行は知らない(少なくとも法的責任の点で)というのが原則なのです。

銀行の貸し手責任が認められた裁判例で有名なのは「最一小判平成18年6月12日」の判例でしょう。これは、建築会社を紹介し収益物件の建築を銀行が提案した事案ですが、銀行の説明義務違反が認められました。

銀行の貸し手責任が認定されるには、本判決が認定した特段の事情のような「金融機関の積極的関与、これによる借主の信用(詐欺における因果関係と同視できるかといえるでしょう)」が重要な要素となるといえます。

今回のスルガ銀行の事案のポイントは、裁判所の調停委員会がスルガ銀行の損害賠償義務を認めているということでしょう。すなわち法的責任としての「貸し手責任」を認めているのです。これは判決ではないため判例(実質的には法律に近い)とはなりませんが、今後に影響はします。

今回のスルガ銀行のプレスリリースから読み取れることは、「銀行が現実的な事業計画かを判断しなければならないこと」「シェアハウスのような運用実績のない新築物件には特に十分なリスク分析を行うべきであること」「お客さまが実勢価格よりも高値でシェアハウス物件を購入し、いわゆる高値掴みの損害を被ることを防止すること」等の責任を銀行が負う可能性あるということです。他の事案でも、事業計画の非現実性を看過したならば「銀行に責任がある」と判断されるかもしれないのです。

すなわち、今回の解決策はスルガ銀行やシェアハウスのオーナーにとっては良い解決だったのでしょう。スルガ銀行はシェアハウス問題で一区切りを付け、社会の敵となるのを防止したことになります。また、シェアハウスのオーナーにとっても破綻を免れました。

しかし、この解決策は、銀行業界およびアパート投資においては大き過ぎる意味を持ちます。

まず、銀行は「貸し手責任」を問われる可能性があることがある意味で明確になりました。今後、スルガ銀行を含んだ銀行は、不動産投資ローンではかなり厳しい審査を行うでしょう。事業計画が適切か、新しい種類のアセットだった場合の保守的な審査、何よりも借り手(投資家)が物件の高値掴みをしていないかの審査等を厳しく見るしかなくなるのです。借り手という顧客を、銀行が(おせっかいにも)保護するのです。

そして、ある程度、他の所得があるような個人であっても、銀行の目線で投資物件が高値掴みだと判断されたり、事業計画が甘いとされれば、お金を借りることは難しくなります。全ては物件評価次第となるのです。

これは、顧客保護に資する「良いこと」だと考える方は多いでしょう。

しかし、銀行が不動産の価値を、事業計画の是非を本当に見極めることが出来るでしょうか。それが出来ていたら不動産バブル等は起きなかったでしょう。銀行がやることが出来ることは保守的な審査だけです。すなわち、アパート投資、ひいては個人の不動産投資には資金は回りづらくなります。

10年後には、アパート投資の終わりのきっかけはスルガ銀行のシェアハウス事件だったと振り返る時が来るのでしょう。今回の解決策は銀行の貸し手責任を明確に認めたものです。これは、銀行の貸出リスクを更に高めます。貸出をして責任まで問われるならば、銀行は貸出をしません。この解決策は、アパート投資の終わりを実質的には意味するのではないでしょうか。

(人口が減少していく日本においては、それで良いのかもしれませんが)