銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

空売りで儲けているヘッジファンドを懲らしめたい個人投資家に言いたいこと

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2020年においては、新型コロナウィルスの感染拡大に伴う世界的な株価暴落は様々な投資家のみならず、政治家に対して大きな影響を与えました。あのような株価暴落時には、過去から「空売りを規制すべきだ」という意見が出されることがありました。

そして、2021年においては、個人投資家が「空売りで儲けているヘッジファンドを懲らしめる」という発想で米ゲームストップ株を購入し、空売りをしていたヘッジファンドを損失に追い込みました(単純化すれば、空売りしている投資家は株価下落で儲け、株価上昇で損失を被ります)。

空売りは、「株式の換金という実需に基づく行為ではないことから投機的であり、相場の下落を加速させる傾向がある上に、不公正取引に悪用される危険性も大きい」などとして、不当な取引行動と見られることは多く、空売りを行う投資家は投資家は嫌われることが多いのが実情です。

その一方で、空売りは、「手元に現に証券を保有していない投資家の投資判断を市場価格に適切に反映させるとともに、市場の流動性を向上させることに繋がる正当な経済行為である」との見方もあります。

空売りは悪なのでしょうか。それとも必要な機能なのでしょうか。

今回は空売りの役割について見ていくことにしましょう。

  

空売りの役割について

空売りは特に政治家や経営者から嫌われる取引です。

「売り」から入ること、株価が下がることで利益となること、株価が下がる要因にもなり得ることが、株価上昇を実績(結果)とみなす政治家や経営者から嫌われるのでしょう。

この空売りについては少し前ですが東証が報告書を出しています。内容は少し難しいですが、非常に重要なポイントが詰まっています。 

空売りが市場にとって、又、経済的に有益なものであるのかどうかについては、常に議論の的となっている。空売りを擁護する者は、空売りによる様々な利点について言及している。例えば、流動性という観点からは、空売りが市場に多くの流動性を供給しているとの主張がある。Diether,LeeandWerner (2009) によれば、2005年のニューヨーク証券取引所(NewYorkStockExchange: NYSE)上場銘柄の売買高の 24%、ナスダック登録銘柄の売買高の31%を空売りが占めているとされる。また、マーケット・メイカーによる空売りは、売りと買いの需給の一時的な不均衡を是正し、当該銘柄の買い手に流動性を供給することに繋がるとともに、空売りを実行した者が自身の空売りポジションを解消するために株を買い戻す場合には、当該銘柄の売り手にも流動性を供給することに繋がると主張する。 株式の評価という面に関して言えば、空売りによって株価が過大評価(overvalued)されることを防止することに繋がっているとの指摘もある。Asquith, Pathak and Ritter (2005) 及び Chang, Cheng andYu(2007) では、空売りが制約されている状況下においては、株価が過大評価され、結果として、運用成績が悪化(underperform)すると指摘している。Ofek and Richardson (2003) は、1998年から 2000年にかけて米国で発生した、ドットコム・バブル(dotcombubble)について分析し、空売りに関する種々の制約が売りと買いの需給の不均衡をもたらし、結果としてインターネット関連株のバブルを招いたと記述している。一方、Battalio and Schultz(2006) は、この主張に反論している。彼らは、投資家はプット・オプションのロング・ポジション(long put)とコール・オプションのショート・ポジション(shortcall)を組み合わせることで、容易に空売りと同様の経済効果を得るポジションを合成できると指摘している。 また、空売りによって、株価への情報の折り込み速度が向上するとも言われる。空売りを実行する者は、現に手元に株式を保有しているわけではないため、彼らは流動性需要ではなく、情報取得という観点によって、その投資行動が動機付けられる。そのため、業績悪化といったネガティブなニュースは、比較的長い時間をかけて株価に織り込まれていくのではなく、より迅速に株価に影響を与えると期待される。この点、Bris, Goetzmann and Zhu (2007) は、世界中の47の株式市場についての分析を行い、空売りが許容されている国の方が、株価がネガティブな情報を織り込むスピードが速いといういくつかの証拠を示している。 その他に指摘されている利点としては、空売りによって裁定取引の自由度が増すことで、デリバティブ市場(先物やオプション)と現物市場との間、ETFとその構成銘柄との間、また、DR(預託証券)と原資産との間の関連性が強化され、株価形成の合理性が高まることが指摘されている。一方、空売りを批判する者は、侵略的又は不公正な空売りやベア・ライド(bear raids)によって、株価がファンダメンタルズから見積もられる合理的な価格よりも低い方向に押し下げられることに繋がると指摘している。ベア・ライドとは、特定の投資家集団が大量のショート・ポジションを取ることによって、意図的に株価を押し下げようとする投資行動であり、これにより当該銘柄に対するネガティブな印象や噂が市場に広まることとなる。こうした株価下落は、ロング・ポジション保有者(買い手)のマージン・コール(追証)のトリガーとなり、買い手の一部は保有株を売却してポジションをクローズせざるを得ない状況に追い込まれる。結果として、更なる株価の下落を呼び寄せるという、負のスパイラルに陥ることとなる。Shkilko, Van Ness and Van Ness (2011) によれば、株価に大きな影響を及ぼすようなニュースが見受けられない日においても、空売りが株価下落への過剰な圧力を加えていると指摘している。 

(出所 東証ワーキングペーパー「東証市場における空売りの実態及び空売り規制の影響」大墳 剛士 2012 年 9 月 28 日Vol. 01)

空売りが行われることで、株式を既に保有している者以外の投資家の投資判断が市場に反映されるとともに、売買量が増えて市場の流動性が向上するのです。まさに流動性と価格発見機能の提供が空売りの機能です。

一方で、空売りは、比較的小さなコスト(品借り料)だけで「弱気の投資判断を市場に反映させる」ことができるので、株価の下落を加速しやすいとの指摘もあります。また、大量の空売りを集中的に行えば、株価の急落を招く「売り崩し」も可能だとされています。このため、平時においても、空売りに対しては様々な規制を課している国や地域は少なくありません。少なくとも日本も同様に規制があります。

空売りには様々な見方・考え方があるとは思いますが、筆者は流動性の提供という観点と様々な投資家の行動が株価に迅速に反映されるという点において、空売りは正当な経済行為だと考えています。

 

所見

株価が暴落している時は、空売りの規制の話題が、政治家やマーケット関係者から上がるようになります。

そして、ヘッジファンドが利益を上げている時にも、空売りは批判を浴びることが多々あります。

しかしながら、空売りの禁止や制限が、政治家や当局の意図通り株価の維持につながるとは限りません。既に株式を保有している投資家による「現物」の売却は可能ですので、投資家の投資判断が悲観的になれば、当然のことならが株価は下落するのです。

そして、空売りの禁止や制限は流動性の低下につながるので、いずれ売却しようと考えていた現物保有者による「売り急ぎ」を招く恐れすらあるのです。

空売りは「将来の必然的な買いを伴う」取引であり、全体で見た時には、マーケットに対して中立であると筆者は考えます。(現物の買いも「将来の売り」を伴います)

空売りを規制や制限することは株価の維持にはあまり意味はないのではないでしょうか。むしろ政府の役割は、経済成長への期待を高めるような有効な政策措置を打ち出すことであるというのが筆者の考えです。

空売りをして儲けているヘッジファンドも将来は「買い」を実施して取引を完了させます。買う時には相場の上昇要因になります。

「空売り」も「現物の買い」も、マーケットの重要な機能です。誰かが保有している株式を売りたい時に、他の誰かがその株式を購入してくれなければ売買は成立しません。同じように、誰かが株式を買いたい時に、他の誰かがその株式を売ってくれなければ売買は成立しません。

空売りは、この「他の誰か」なのです。敵視すべき点は、あまりないのではないかと考えます。