銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

円高は本当に悪いことなのか~常識を疑ってみる~

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新型コロナウィルスの影響により株式市場等では混乱が続いています。そして、為替についても動きが激しくなっています。

日本の報道では、他通貨、特にドルに対して円高になると、日本経済にとって良くないとのニュアンスで報じられます。また、金融市場が動揺して円高となると「リスクオフの円高」「安全資産の円買い」等と報じられます。

円高は悪いことなのでしょうか。それとも、何かある時に買われる通貨であるならば、日本国民にとっては良いことでしょうか。

今回は、日本経済にとっては円高が悪いという「雰囲気」について、冷静な目で考察してみたいと思います。

 

GDPの内訳 

まず、何の予断も持たずに以下のデータを確認してみましょう。

<日本の名目GDP (支出側)構成比>

【民間需要 74.9%】

  • うち民間最終消費支出 55.6%(家計最終消費支出 54.2%)
  • うち民間住宅 3.0%
  • うち民間企業設備 16.1%
  • うち民間在庫変動 0.3%
【公的需要 24.9%】
  • うち政府最終消費支出19.8%
  • うち公的固定資本形成 5.1%
  • うち公的在庫変動 0.0%
【財貨・サービスの純輸出 0.2%】
  • うち財貨・サービスの輸出 18.3%
  • うち財貨·サービスの輸入 18.2%

(出所 平成30年度国民経済計算年次推計/令和元年12月26日/内閣府経済社会総合研究所)

読者の皆さんは、この数字をご覧になってどのように考えるでしょうか。

まず、日本は民間の消費、その中でも家計消費支出が大きいということが分かるでしょう。

そして、政府の支出も相応にあり、民間需要と公的需要を合算すると99.8%と日本のGDPのほとんどを構成することになります。

すなわち日本は内需に支えられている国なのです。外需の貢献度は非常に少なくなっています。

 

GDPとは

そもそもGDPとは何でしょうか。

正式名称は国内総生産(Gross Domestic Product)。国全体の経済の大きさを測る指標の一つ。国内で一定期間内に生産されたモノやサービスの付加価値の合計額。個人消費や企業の設備投資などの民間需要、公共事業などによる公的需要、輸出額から輸入額を差し引いた貿易・サービスの純輸出の3つに大きく分類される。
日本企業が海外支店等で生産したモノやサービスの付加価値は含まない[海外の付加価値を加えた指標=国民総所得(GNI)]。 (以下略)

(出所 野村証券/証券用語解説集)

GDPとは、誤解を恐れずに言えば「国内で商品を買ったり、家を建てたりして使われたお金の総計」です。言葉を変えると「国内の誰かが稼いだ金額の合計」とも言えます。

財貨・サービスの純輸出については「輸出はGDPを押し上げ、輸入は逆にGDPを押し下げる要素」となります。これも誤解を恐れずに言えば「輸出は国内の生産で外国から資金を国内にもらう、輸入は外国の生産で外国に資金を渡す」ことになりますので、輸出がGDP(国内「総生産」)を押し上げる計算方法となっています。

経済成長する、すなわちGDPを増やすには、内需または外需(=財貨・サービスの純輸出)を増加すれば良いことが前述の日本のGDP(支出側)の構成から分かるでしょう。

内需の柱である家計消費は安定はしていますが少子高齢化により減少していく可能性は高いと思われます。

それでも日本がGDPを増やす(=経済成長を目指す)のであれば、簡単に言えば「輸出を増やして、輸入を減らせば良い」ということになります。

 

日本の現状

ここで、世界における日本の状況を以下で確認してみましょう。

UNCTAD (United Nations Conference on Trade and Development)の2018年世界の輸出額ランキング(単位:百万 US$)

  1. 中国 2,486,695
  2. 米国 1,665,992
  3. ドイツ 1,560,648
  4. 日本 738,143
  5. オランダ 723,752
  6. 韓国 604,860
  7. フランス 581,872
  8. 香港 568,454
  9. イタリア 546,643
  10. イギリス 486,850
日本は世界第4位の輸出額を誇る国ですが、ドイツと比べると圧倒的に金額は低いことが分かります。日本より輸出額が少ない国と比べても経済規模の割に日本の輸出額は少ないことが見て取れます。
次に貿易依存度も見てみましょう。貿易依存度はGDP に対する貿易額の比率であり、貿易額とは貿易輸出総額と輸入総額の合計値です。
こちらは国名の前の数字がランキング全体の順位を表しています。

1.香港 322.33%
13.オランダ 116.25%
59.韓国 70.31%
61.ドイツ 69.85%
120.イタリア 49.19%
137.フランス 45.69%
156.イギリス 39.76%
178.中国 32.63%
184.日本 29.30%
202.米国 20.56%
(出所 UNCTAD (United Nations Conference on Trade and Development)調査2018)

すなわち、日本は米国ほどではありませんが、貿易に依存していない国なのです。

国内のマーケットがそれだけ大きいということです。

そして、2018年の経済活動別(産業別)、生産側の名目GDP構成比では、製造業は20.8%です。 

日本はモノづくりの国であり、資源のない日本が世界の中で特別に貿易に依存する国であるというのは、過剰な思い込みなのです。 

以下の図は2017年の状況ですが、人口一人当たりの輸出、そして対GDP比率を確認してみることも、日本が貿易に依存する国ではないことの参考となるでしょう。

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(出所 東洋経済オンライン/ 「ものづくり大国」日本の輸出が少なすぎる理由」2019年2月15日)

 

円高は悪いことなのか?

ここまで確認してきたことを改めてまとめると「日本はGDP構成割合でいけば内需の国である」「外需である財貨・サービスの純輸出はGDPの0.2%でしかない」「日本は国民一人当たりの輸出額が少なく、相対的に貿易に依存していない」ということになります。

筆者はエコノミストではありません。マクロ経済ではなく、主に企業に対するファイナンスというミクロの領域で活動してきました。よって、考え方が間違っている可能性は否めません。

しかし、あえて言えば、円高は本当に悪いのでしょうか?

円高になると何が起こるのでしょうか。

まず、国内からの輸出の価格競争力が落ちます。そして、全世界的に見れば日本人の給料が相対的に上昇し、国外に「仕事」が逃げると言われてきました。また日本が推進してきた旅行客誘致、インバウンド消費の獲得も減少する可能性があります。

一方で、国内の生産拠点は既にかなりの部分が外国に移ってしまっているのではないでしょうか。また、国内から輸出するとしても競争要因は価格だけなのでしょうか。iPhoneはなぜ「あの価格」で売れているのでしょうか。

日本の輸出と輸入は、GDPの構成上はほぼ同額になっています。円高になったならば、輸出が減るかもしれません。代わりに、石油を中心としたエネルギー等の輸入額が減少するのではないでしょうか。そして、円が高いならば海外企業をM&Aで買収する時、資源の権益を購入する時、生産拠点を海外に立ち上げる時等に有利です。円高だと、外国人旅行客は減少するかもしれませんが、日本で働き母国に資金送金をしたい外国人にとっては円が強い方が自国通貨建ての送金額が増加しますので喜ばしいでしょう。

冷静に考えると、自国通貨が「安い」ことを喜ぶのは本当に正しいことなのでしょうか。自国の通貨が高いことは、他国よりも信用力があるということです。強い国だと認められているのです。

円が安いということは、自国のモノを安く他国に譲り渡している、もしくは他国から高くモノを買っているということです。なぜインバウンド消費がなされるのかというと、日本の物価が安いからという側面が大いにあることは忘れてはならないのでしょう。日本の食事は美味しいのに安く、日本の不動産も安いのです。

円が高ければ、資源国でない日本は、エネルギー含めた資源を安く手に入れることが出来ます。国民としては海外旅行が行きやすくなり、企業は海外企業の買収がしやすくなり(買収はされにくくなり)ます。日本の内需は割合が非常に大きいので、円高だとしても大きな影響は起きない可能性があります。

一方で、日本の国力は今後の人口減少によって低下していく可能性が高いものと思われます。すなわち、円安に進む可能性はそもそもあるのです。人口減少によって国内の供給能力は余剰となるでしょう。生産能力(設備)の一部は廃棄されると思いますが、残った部分は国内に需要が無い分、輸出に回すことになるでしょう。日本がこれから目指すべき輸出は、価格競争に巻き込まれるような商品ではないはずです。差異化が図られていなければ、大量生産を得意とする中国・韓国企業には勝てないものと思われます。すなわち円安でしか売れない商品を日本は目指すべきではないのではないでしょうか。

円安で喜ぶのは誰なのでしょうか。

輸出も行う大企業は円安を好むでしょう。

政府・日銀は、円安の方がエネルギー価格含めた輸入物価が上がりやすくなりますので、インフレを起こすことで財政上の問題を解決しやすくなります(特に公的年金)。

個人にとって円安のメリットは、実はあまりありません。国内で雇用が維持されることぐらいではないでしょうか。

そして、海外の投資家も円安は良いとは言えません。例えば日本株を買っていたとしても、円高になれば海外投資家の母国通貨建では利益が出ます。中長期的に為替が下落していく国(投資先)へ、投資家は長い目線で投資するでしょうか。

もう一度、繰り返します。円高は本当に悪いことなのでしょうか?

筆者は経済の根本が分かっていないのかもしれません。しかし、円安は日本企業や政府にしか貢献していないように長年感じてきました。日本の問題は少子高齢化です。少子となる理由は「個人が生き辛い」からではないでしょうか。近視眼的かもしれませんが「円高はむしろ個人の生活を楽にする」のではないでしょうか。

円が高くなる余地がある間に、海外に投資すべきところは実施しておいた方が良いという考え方はないのでしょうか。

新型コロナウィルスへの対応で、新たな金融緩和競争が始まった世界の環境下、皆さんも円高は本当に悪いことなのか、今一度考えてみませんか。