銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

小麦から考える日本の食料安全保障

ロシアのウクライナ侵略により、食糧危機が懸念されています。

ウクライナは生産が滞り、ロシアは経済制裁を受け、EUや米国等の世界の主要国から貿易で締め出されることになります。両国は穀物の輸出大国であり、世界の多くの国で主食とされる食品に調理・加工される小麦では世界の輸出の3割を占めます。

日本にも、ロシアのウクライナ侵略は影響があるのです。

筆者は小麦の専門家ではありませんが、今回は皆さんと、日本における小麦の需要等について簡単に確認していきたいと思います。我々にとって非常に影響を受ける食料についてのことであり、我々一人ひとりがきちんと認識している必要があると考えているためです。

 

貿易の流れ

先に、冒頭の記述と反対に感じられることを確認しておきましょう。

ウクライナやロシアの小麦輸出については、日本は直接の影響をほとんど受けません。

以下は2018年の小麦貿易のフロー図です。

(出所 一般財団法人製粉振興会Webサイト「小麦粉の基礎知識、小麦について」)

日本は上図で分かる通り、米国およびカナダから主に小麦を輸入しています(他に豪州も多くなっています)。

ウクライナは、インドネシア、インド、モロッコ、バングラデシュ等と新興地域を中心に小麦を輸出しています。

また、ロシアも、エジプト、トルコ、ベトナム、スーダン、イエメン、アゼルバイジャン、ナイジェリア等と、中東地域を中心に新興国へ輸出しています。

そのため、ロシアによるウクライナ侵略の影響で、小麦不足がもっとも深刻なのは中東地域と報道されています。中東はロシアに地理的に近く、先進諸国と比較すると購買力にも限りがあり、価格が安いロシア産やウクライナ産の小麦を大量に輸入しているためです。

 

日本の現状

しかしながら、世界の輸出量の3割を占めるウクライナ・ロシアの小麦輸出が滞るのですから、小麦の価格が上昇するのは当然です。

もちろん、日本が小麦を自給できていれば問題はないでしょう。しかし、以下の図の通り日本は小麦の輸入が必要です。

<令和2年度食料自給率>

(出所 農林水産省「令和4年度麦の需給に関する見通し/麦の参考資料」)

令和2年度のカロリーベースの食料自給率は37%であり、小麦については、15%となっています。

小麦は大豆と共に輸入に依存しているのです(畜産物も飼料を勘案すると輸入に依存しているとされています)。

そのため、日本における小麦流通の状況は以下の通りとなっています。

(出所 農林水産省「令和4年度麦の需給に関する見通し/麦の参考資料」)

外国産食糧用小麦は、政府が国家貿易により計画的に輸入し、需要者である製粉企業や醬油メーカー等に売り渡しています。また米(ライス)とは異なり、最終的にパンや麺として消費されるため、製粉企業が製粉して小麦粉にし、その小麦粉を原料として二次加工メーカーがパン、麺、菓子等を製造することになり、流通過程において各種の加工工程を経て消費者の元に届きます。

では、この日本の小麦需要というのは世界の中で見るとどの程度のボリュームがあるのでしょうか。以下の図表は小麦の国際需給を表にしたものです。

(出所 農林水産省「令和4年度麦の需給に関する見通し/麦の参考資料」)

日本における小麦の総需要は前掲図の通り570万トン程度です。そのうちの約500万トンが輸入であるとすると、上記の図表の通り全世界の貿易量が約20,000万トン(2億トン)ですから、日本の貿易量に占める割合は約2.5%になります。

外国産食糧用小麦の政府売渡については、平成19年4月以降、輸入価格(過去の一定期間における輸入価格の平均値)に、マークアップ(政府管理経費及び国内産小麦の生
産振興対策に充当)を上乗せした価格で売り渡す「相場連動制」に移行しています。

価格改定は現在年2回(4月期、10月期)となっており、令和4(2022)年4月からは、以下の通り円年比+17.3%と大幅上昇となりました。

(出所 一般財団法人製粉振興会Webサイト「小麦粉の基礎知識、小麦について」)

日本でも、これから小麦価格の上昇の影響を受けることは不可避ということになります。

では、家計において小麦関連製品へはどの程度の支出をしているのでしょうか。以下は家計に占める小麦関連製品の支出です。元データは総務省「家計調査(全国、二人以上の世帯)」となります。

(出所 農林水産省「令和4年度麦の需給に関する見通し/麦の参考資料」)
全国の二人以上の世帯において、消費支出のうち約3割(28.5%)が食料に支出されています。食料支出のうち小麦関連製品へは約1割(9%)の支出となっています。

非常に単純に試算すると、小麦の政府からの売り渡し価格が足下で17.3%値上げされましたので、そのまま17.3%分が消費支出額として増加するとなると、年間で約15,000円増の影響があることになります。

小麦関連製品はパンと麺が主ですので、我々にとっては大きな影響があるということが分かります。

 

所見

日本は小麦価格上昇について、他国に比べると大きな影響は受けていないと言えるとは思いますが、それでも食料安全保障の観点から、日本も食糧の自給率を高めるべきとの声が大きくなっていることは間違いないでしょう。

確かに世界はブロック経済化していく可能性があり、戦争が起きてもおかしくない時代においては、自給率を高めることは重要です。グローバル化の流れで、地政学的なリスクをある程度無視し、安い食料を大量に輸入してきた日本や他国は、自らの国の食文化・食生活と経済状況を鑑みながら、新たな道を探っていくことになるでしょう。

しかし日本の状況を見れば分かりますが、自国で消費する食料をすべて自国で賄うのは不可能です。小麦を残り85%分、国内で生産しようとすると莫大なコストがかかりますし、そもそもヒトが不足しています。また、米粉にシフトすれば良いという意見もあると思いますが、米粉の生産は令和3年度分で「過去最高」の4万トンです。日本は数量ベースでその100倍以上の小麦を輸入しているのです。米粉へのシフトは現実的ではありません。

更に、米(コメ)は自給率が高い食料ではありますが、その生産には石油(エネルギー)が必要となります。戦争・紛争で石油の供給が止まったり、石油の価格が急上昇すれば、米の生産は大きな影響を受けることになります。

そのような観点で考えると、日本はやはりグローバルな貿易の中で食料を確保していかなければなりません。食料安全保障を確立するために必要なのは、まずは「経済力」です。輸入するためには円は高い方が良いに決まっています。

そして、日本の商社のような企業が、世界の貿易、すなわちモノの流れに影響力を行使し続けることが出来るように日本の経済規模を維持・成長させながら、更なるグローバル化を図ることこそが、日本の食料安全保障には優位に働くものと筆者は考えています。世界の貿易の中で、日本と喧嘩・紛争・戦争をしたいと思われないように、各国と結びつきを強めていくことが重要なのです。

中国が米国から表立って攻撃されないのは、米国と経済的な結びつきが強いからということについて異論はないでしょう。軍事力だけで安全保障が果たされる訳ではないということです。

不可能なこと、夢見ることよりも、日本は現実を見据えた方が良いように筆者は思います。