銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

海外不動産投資による節税策を簡単におさらいする

f:id:naoto0211:20191126214738j:plain

海外不動産投資による節税策を、政府・自民党が実行できないようにする方針と報道されています。これは、いわゆる金持ち向けの節税スキームが税の不公平感を生んでいるという判断でしょう。

今回は、この海外不動産投資による節税スキームについて簡単に見ていくことにしましょう。

 

報道内容

まずは、報道で全体像をつかみましょう。以下、日経新聞の記事を引用します。 

海外不動産投資の節税防止 政府・与党、損益通算認めず
2019/11/26 日経新聞

 政府・与党は海外の不動産への投資を通じた節税をできないようにする方針だ。今は高額な海外物件への投資で出る赤字と国内の所得を合算して税負担を減らせるが、この合算を認めないこととする。海外の不動産への投資は富裕層に多い節税策で、ほかの納税者との間で公平でない仕組みと判断した。
 与党の税制調査会で詳細を詰めたうえで、2020年度の税制改正大綱に所得税法の見直しを盛り込む。21年分以降の所得税に適用される見通しだ。
 この節税は米国や英国などで高額な中古物件を購入し、家賃収入を上回る減価償却費などの赤字を発生させて日本での所得を圧縮するというものだ。20年度の税制改正では、海外の中古物件で生じた赤字はなかったものと扱い、日本国内での損益通算には使えないようにする。
 節税の背景には、日本と欧米で中古住宅の平均寿命や利用可能年数の考え方が違うことがある。長い間使える中古物件でも、日本のルールに沿って計算すると使用可能年数が4~9年になる。本来なら10年以上使える物件の価値を4年程度でゼロにする際、書類上は大きな赤字が発生する。
 高額な物件を買うほど節税の恩恵が得られるため、富裕層を中心に利用されている。会計検査院が富裕層の多い東京都の麹町税務署管内などで調べたところ、海外の中古物件で延べ337人が39億8千万円超の赤字を計上していた。
 検査院が「公平性を高める検討が必要」と指摘し、政府・与党で対応を議論してきた。この節税策は不動産会社などがセミナーを開いて勧誘することも多い。適用できなくなれば、高収入の個人や不動産を取り扱う企業に影響が広がりそうだ。

以上が報道内容です。

 

会計検査院の指摘

上記記事中の会計検査院(国の収入支出の決算、政府関係機関・独立行政法人等の会計、国が補助金等の財政援助を与えているものの会計などの検査を行う憲法上の独立した機関)の指摘とは「平成27年度決算検査報告」にてなされた指摘を指します。

概要は以下となります。

本院は、証拠書類として提出を受けている所得税の確定申告書等の中に、国外に所在する建物を取得して不動産事業の用に供し、多額の減価償却費を計上して、不動産所得に損失が生じている納税者が見受けられたことから、国外に所在する建物に係る減価償却費の算定方法は建物の現状に適合しているかなどに着眼して検査した。
 検査したところ、アメリカ合衆国、英国等では、日本よりも住宅が長期間使用されているなど建物を取り巻く状況は大きく異なっているが、国外に所在する建物に対しても国内に所在する建物と同一の税制が適用されることとなっている。そして、国外に所在する中古と判断される建物(以下「中古等建物」という。)の中には、使用可能期間の年数を見積もることが困難な場合に一定の算式により得た年数を減価償却費の計算に用いる耐用年数とすることができる方法(以下「簡便法」という。)に基づき耐用年数を算定したものが相当数あると見込まれる状況となっていた。このような背景の下、国外に所在する中古等建物について、賃貸料収入を上回る減価償却費を計上している納税者が多く見受けられる状況となっていた。また、簡便法により耐用年数を算定する場合に用いられる100分の20という割合は、昭和26年に定められて以降現在に至るまで変わっていない。これらのことを踏まえると、国外に所在する中古等建物については、簡便法により算定された耐用年数が建物の実際の使用期間に適合していないおそれがあると認められる。そして、賃貸料収入を上回る減価償却費を計上することにより、不動産所得の金額が減少して損失が生ずることになり、損益通算(不動産所得の金額の計算上、必要経費が総収入金額を上回ったことにより損失が生じたときは、一部の資産の貸付けに係るものなどを除き、当該損失の金額を給与所得等の総合課税に属する他の各種所得金額から控除すること)を行って所得税額が減少することになる。
 したがって、本院の検査によって明らかになった状況を踏まえて、今後、財務省において、国外に所在する中古の建物に係る減価償却費の在り方について、様々な視点から有効性及び公平性を高めるよう検討を行っていくことが肝要である。
 本院としては、中古の建物に係る減価償却費について、引き続き注視していくこととする。

(出所 会計検査院 平成27年度決算検査報告の特色 (2) 特定検査対象に関する検査状況 ②国外に所在する中古の建物に係る所得税法上の減価償却費について

https://www.jbaudit.go.jp/report/new/characteristic27/fy27_kanshin_ch10.html

(ご参考:会計検査院報告本文

https://www.jbaudit.go.jp/report/new/summary27/pdf/fy27_tokutei_02.pdf

では、もう少し詳しく海外不動産投資の節税スキームを見ていくことにしましょう。

 

海外不動産投資による節税策

海外不動産投資の節税スキームとは、単純に言えば「海外中古不動産を使った減価償却費による節税策」です。

日本の税制では、不動産所得は給与所得など他の所得との「損益通算」も可能です。不動産投資を赤字経営として申告することで所得税等の税金を抑えることができます。

そして、日本の税制上は、不動産投資に国内・海外の区別はなく、購入した海外不動産の建物部分を日本の法律で定められた耐用年数で配分し、日本で減価償却費の費用計上をすることができます。

ここでポイントになるのが国内と海外の不動産における建物価値の割合です。

海外では中古物件でも「建物の価値は落ちない」と考えられているため、建物分の割合(価値)が日本の不動産よりも高くなっています。すなわち、国内の不動産物件よりも海外物件のほうが経費計上できる減価償却費が大きくなるため、節税効果が高くなるのです。

さらに、海外の不動産物件は日本よりも耐用年数が長く、中古になっても価格が下落しにくい傾向にあります。

会計検査院の報告でも、「住宅を建築してから滅失するまでの平均年数は、国土交通省の推計によると、日本は約32年であるのに対して、アメリカ合衆国は約66年、英国は約80年となっていて、日本よりも長期間使用されている状況となっている。」「日本の戸建住宅は、築後20年までで価値が大きく低下するといわれている一方で、アメリカ合衆国及び英国の戸建住宅は、中古住宅と新築住宅との価格差が小さい状況となっている」と説明されています。

日本では築年数の古い木造住宅は特に価格が下落しやすく、法定耐用年数以上の住宅は投資しても建物の価値(価格)がほとんど評価されないことになります。一方で海外は状況が異なるのです。

また、日本の税制上、法定耐用年数を過ぎた中古物件は、減価償却費を短期間で費用計上することが出来ます。これは中古物件に価値がないと考えられているためです。

これらをまとめると、減価償却費を多額に費用計上できる海外不動産への投資は不動産所得を赤字にできるため節税効果が高く、投資としての元本も毀損しにくいということになります。

 

シミュレーション

ここで海外不動産投資での節税イメージを確認しておきましょう。

中古物件の耐用年数は、簡便法として次の計算式で算定することが認められています。

①法定耐用年数の全部を経過した中古資産
法定耐用年数の100分の20

②法定耐用年数の一部を経過した中古資産
法定耐用年数-経過年数+経過年数の100分の20

この計算式では、法定耐用年数の全部を経過した木造物件は、22年の20%で1年未満の端数を切り捨てた4年となります(鉄骨鉄筋コンクリート物件なら9年)。

例えば建物価値が1,000万円の木造物件ならば、年間250万円の減価償却費を費用計上出来るということになります。

元々の課税所得金額が仮に4,000万円だった場合には、課税所得が3,750万円に圧縮されます。税率が40%だとすると、税額は1,600万円から1,500万円に減少することになります。

4年間は税額が毎年100万円減少しますので、物件を取得したことによる節税効果は合計400万円となるのです。

さらに、海外不動産投資の節税スキームは、6年目に売却を狙います。

不動産の所有期間が5年以下の場合「短期譲渡所得」、5年を超える場合「長期譲渡所得」となり、それぞれにおいて所得税・住民税の税率が異なります。所得税と住民税を合わせ、「短期譲渡所得」は39%(所得税率30%)程度、「長期譲渡所得」は20%(所得税率15%)程度の税率となるのです(復興特別所得税除く)。

購入時と同額の1,000万円で売却出来た場合には、簿価はゼロ(減価償却が終了)になっており、固定資産売却益が1000万円発生します。譲渡にかかる所得税率は15%なので150万円の税金を支払う必要がありますが、それでも節税効果が上回ります(今回の試算では売買に係る諸経費、住民税は考慮していません)。

 

所見

今回の海外不動産投資の節税策の禁止は、税の不公平感を正すためとされています。その目的自体は価値判断ですので、筆者としては何とも言えません。

しかし、海外不動産投資自体は、物件そのもののリスクに加えて、税務申告の複雑さ、海外税制、ローン金利の高さ等、様々な問題があります。そのため、海外不動産投資の節税策を禁止することは、リスク対比で海外不動産への投資の魅力をかなり低下させるのではないかと思います。

節税策、そして投資は対象先が常に変化していきます。魅力がなくなれば異なった投資先が発掘・開発されるだけです。

バランスの取れた検討も必要かもしれません。