銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

これから貸倒引当金の積み増しを金融庁から迫られる地銀の憂鬱

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金融庁が金融検査マニュアルの廃止に伴い、銀行の経営を監督するための考え方を示す「ディスカッションペーパー」の案を公表しました。

今回は、金融庁のディスカッションペーパーから見える「金融庁の地方銀行に対する懸念点」について確認します。

 

ディスカッションペーパー概要

金融庁が公表したディスカッションペーパーは以下のリンク先にあります。

「検査マニュアル廃止後の融資に関する検査・監督の考え方と進め方」(案)への意見募集(10月11日まで)について:金融庁

このディスカッションペーパーの概要を押さえるには日経新聞の記事が分かりやすいため、以下引用します。

将来リスクに引当金 金融庁、銀行監督柔軟に
2019年9月10日 日経新聞 

金融庁は10日、銀行の経営を監督するための考え方を示す「ディスカッションペーパー」の案を公表した。不良債権処理のために導入した「金融検査マニュアル」を廃止し、融資先の将来の経営リスクに応じて柔軟に貸倒引当金を積めるようにする。リスクへの機動的な備えと成長資金の供給の両立を促す。

これまでの金融検査マニュアルはバブル崩壊後の不良債権問題で日本の金融システムが揺らいでいた1999年に導入。不良債権処理の細かなルールを定めた。

金融不安を収束させる効果があった半面、金融機関の画一的な対応や担保や保証への過度な依存を助長し、創意工夫をそぐ副作用もあった。このため金融庁は同マニュアルを2020年4月以降に廃止し、これに代わる新たな考え方を公表する方針を示していた。

新たなディスカッションペーパーで柱としたのは(1)銀行の経営理念や戦略に応じた検査・監督(2)将来を見据えた引き当ての見積もり――の2つだ。地元密着型の金融機関と収益の大半を首都圏など県外に頼る金融機関ではリスクも異なる。このため、金融庁は金融機関がどのような経営戦略で融資方針を立てるのかに応じて検査・監督を実施する。

そのうえで、過去の実績だけでなく、将来のリスクを織り込んで貸し倒れに備えた引当金を積むことを認める。例えば足元の業績は好調でも、人口減少が見込まれる地域での販売比率が高かったり、市場規模の縮小が見込まれる自動車部品に収益の大半を依存していたりする場合、より保守的に引当金を積めるようにする。

現在は引当金を積み増す場合、債権の回収可能性に応じて分類した融資先の債務者区分を格下げする必要がある。格下げすると追加融資は難しくなる。新しい考え方では運転資金を出すことで企業の再生可能性が高まると判断すれば、追加融資をしやすくなる。

今回のディスカッションペーパーのポイントは、地方銀行が、取引先企業の支援を行いやすくすると共に、将来のリスクを織り込んで貸し倒れに備えた引当金を積むことを認めることにあると筆者は考えています。

以下では引当に焦点を当てていきましょう。

 

銀行の貸倒引当金

貸倒引当金とは、債権が回収不能となった場合に備えて、あらかじめ各期の利益から積み立てておくリスク回避のための引当金のことです。

銀行経営では、債権が回収不能に陥ってしまうことは経営する上で大きな損失となりますが、リスクに応じて貸倒引当金を準備しておけばダメージを抑えることができるため、経営の安定性の観点から貸倒引当金は非常に重要です。

この「貸倒引当金の水準」について金融庁や日銀は課題認識を持っています。以下は「融資に関する検査・監督実務についての研究会(第3回)」(2019年10月2日)での日銀の問題認識をまとめたものです。

  • 地域銀行・信用金庫の信用コスト率や貸倒引当率は、きわめて低い水準で推移
  • 地域銀行の信用コスト率は1990~2004年度平均0.92%、2005~2015年度平均0.22%、貸倒引当金比率は1990~2004年度平均1.9%、2005~2015年度平均1.2%、特に2015年度は0.7%
  • 金融機関は、ミドルリスク企業向けを含む低採算先貸出を中心に、信用リスク面でのリスクテイクを積極化させている
  • 足もとの信用コストは、歴史的な低水準で推移しているが、景気悪化や金利上昇など負のショックが発生した場合、多くの低採算先のランクダウンが発生し、信用コストが急激に上昇する可能性も否定できない
  • 低採算先のうち、ミドルリスク企業を含む上位グループの多くは、正常先下位に分類されているとみられる
  • 正常先債権全体の引当率は、リーマンショック前を下回る既往最低水準で推移。しかし、仮に正常先の引当率がリーマンショック時並みに上昇すれば、一部の地域金融機関では、正常先債権の追加引当だけでも、コア業務純益の50%以上に相当する信用コストが発生する可能性
(出所 金融庁「融資に関する検査・監督実務についての研究会(第3回)」資料から抜粋

この貸倒引当金の問題は、引当金が「過去の一定期間」の貸倒実績によって算出されることです。

すなわち、景気が改善しデフォルト(企業の倒産等)が減少すると、引当金を積んでおく必要がないとされるのです。

現状は、貸倒実績の減少が続いていたため、銀行は貸倒引当金を積み過ぎていると算定し、貸倒引当金の戻りが発生する傾向にありました。

この点について金融庁は問題意識を持っています。

金融検査マニュアルが長年運用される中で、一般貸倒引当金に関して過去の貸倒実績をベースとした定量的かつ一律・客観的な手法で見積もる実務が金融機関に定着し、当局の検査・監督手法も相まって、過去の実績に限られない幅広い情報から将来を見通して引当を見積もる取組みが制約されたという指摘もある。また、金融機関において債務者の実態よりも形式を重視する債務者区分がなされる傾向が生じた。この結果、金融機関が認識している信用リスクを引当に適切に反映することが難しい事例や、債務者の実態から乖離した債務者区分を行い、全体として適切な水準の引当額を保つという迂遠な方法が用いられる事例も見られた。

(出所 「検査マニュアル廃止後の融資に関する検査・監督の考え方と進め方」V. 信用リスク情報の引当への反映 1. 基本的な視点から抜粋)

そのため、金融庁は「個社要因ではない足元や将来の情報」を貸倒引当に反映させようと考えています。

2. 一般貸倒引当金の見積りにあたっての視点

(3) 個社に帰属しない足元や将来の情報の引当への反映の例

上記(1)①で述べたように、信用リスク情報には、個社の財務諸表に反映されていないものの、将来的には個社に影響を及ぼすことが見込まれる足元の情報や将来予測情報も含まれる。過去の貸倒実績等の対象となった期間と比べて、現在において状況が大きく変化している場合又は将来の変化が合理的に予想される場合には、過去の貸倒実績を基礎として、足元や将来の情報を引当に反映することで、融資ポートフォリオの信用リスクをより的確に引当に反映できると考えられる。

(中略)

≪調整例≫
新たにミドルリスク先融資を推進する方針を採用した場合や、支店長権限を拡大する等により融資審査を迅速化した場合には、当該貸出先を切り出してグルーピングし、調整の要否を検討することが考えられる。
その際、例えば、正常先下位について、正常先全体の貸倒実績率ではなく、当該下位格付の貸倒実績率を算出して債権残高に乗じる等、当該グループの実態に即した引当率を採用することが考えられる。

(中略)

過去の景気サイクルの中では、特に既に景気が悪化しているか、悪化が見込まれる局面において、過去の貸倒実績等により、信用リスクを評価するだけでは、将来の損失を適切に見込むことができないことがあった。
その場合には、過去の情報から見積もられた確率をベースに必要な修正を行うことで、足元の外部環境の変化や、損失見込期間にわたって見込まれる将来の外部環境の変化による影響を評価し、引当に反映することが考えられる。
外部環境の変化を示す指標には、相対的にミクロなもの(例:特定地域の賃貸不動産の空室率や賃料水準、船舶種別用船料、魚種別漁獲量等)とマクロなもの(GDP成長率、金利、為替、失業率、住宅価格指数等)が考えられるところ、指標の採用や組み合わせに関しては、将来の損失を的確に見積もるという目的に照らして、各金融機関の融資方針や融資ポートフォリオの特性等を考慮しつつ検討することが重要である。

(中略)

特定地域の不動産賃貸業に注力する方針の金融機関において、当該セグメントが景気変動の影響を受けやすい場合には、当該セグメントを切り出してグルーピングし、過去の貸倒実績率をベースに、足元や将来の外部環境の変化による影響を見込んで引当率を調整することが考えられる。
調整の方法には様々な方法が考えられるが、例えば、当該セグメントの貸倒れのトレンドと高い相関が認められる指標(当該地域の同種不動産の空室率の推移、賃料水準等)を特定した上で、その足元の指標の推移等に基づいて、引当率を調整することが考えられる。

(出所 「検査マニュアル廃止後の融資に関する検査・監督の考え方と進め方」V. 信用リスク情報の引当への反映 2. 一般貸倒引当金の見積りにあたっての視点から抜粋) 

この書きぶりから金融庁の問題意識がどこにあるかが分かります。

金融庁は金融検査マニュアルを廃止し、銀行の自主性を尊重していく、というトーンを出していますが、金融庁の使命は「金融システムの安定化」です。

その金融庁が問題として認識しているのが、地銀の貸倒引当金の水準が低いことであり、特にミドルリスク先(財務基盤が強固な企業と比較して相対的に信用力が低い先)や不動産業への貸出に焦点を絞っているのです。外航船貸渡業や自動車部品業、漁業者の事例もペーパーには記載されていますが、地銀の貸出ポートフォリオの割合を鑑みると影響は限定的です。

 

今後の動向

金融検査マニュアルが廃止され、各銀行は独自性を発揮して業務運営していくことを表面的には許されるようになります。しかし、経営の厳しい地銀に対しては、資産の健全性について引き続き厳しく金融庁は注視してくるでしょう。

地銀はミドルリスク先および不動産業(もしくは不動産資金を求める個人)への貸出を積極化させてきました。

今までは不動産価格も堅調で、比較的景況感も良く企業倒産は非常に少なくなっています。そのため、過去の実績に基づく貸倒引当では、地銀は貸倒引当金が戻ってくる(=利益が出る)事態となっていました。その代わり、貸出先の業況下振れに備えたバッファーである貸倒引当金の水準は過去最低レベルとなりました。すなわち、ミドルリスク先や不動産業向けの貸出に関するリスクが顕在化していない時期を過ごしてきたのです。

しかし、いつまでも企業倒産件数は低位推移するのでしょうか。平均給与に比べて大きく上昇したマンション価格等を鑑みると、これ以上の不動産価格上昇はあり得るのでしょうか。

地銀は、これから個々の企業や個人の財務内容分析のみならず、不動産マーケットの動向等を分析し、現状の貸倒引当金水準の可否を検討していく必要に迫られるでしょう。

金融庁の検査は個別の債務者区分の判定についてではなく、特定の業種やグルーピング(支店裁量貸出先等)についての統計的分析や将来動向について議論の中心が移ることになります。

少なくともTVドラマの半沢直樹が金融庁検査官から受けていたような検査風景は、ほとんど見られないようになるのでしょう。

そして、少子化が進行し、世帯数が減少することが見えている日本において不動産の選別は進んでいくものと思われます。人口減少によりマーケットが縮んでいく際には、企業の倒産も増える可能性があります。地銀は、結局は貸出引当金の積み増しを金融庁から迫られることになるものと筆者は予想しています。