金融庁が「事業者を支える融資・再生実務のあり方に関する研究会」の第1回会合を開催しました。
現在、担保は不動産(有形資産)などの個別資産が中心だが、ノウハウや顧客基盤などの無形資産を含む「事業全体の価値」を包括的に担保とする仕組みの導入を目指すとしています。
この包括的担保の仕組みを導入しようとする動きは、コロナ禍において加速してきました。
今回は包括的担保法制の動きについて確認しましょう。
研究会を立ち上げた理由
金融庁が「事業者を支える融資・再生実務のあり方に関する研究会」を立ち上げた理由については、2020年9月の「業界団体との意見交換会において金融庁が提起した主な論点」の説明が分かりやすいでしょう。
今般のコロナ禍では、事業性評価や伴走型支援といった金融機関の平時からの取組みが、危機に際しての事業者の事業の継続等に当たって重要であることが、改めて認識されたものと考えている。(※筆者註:誤解を恐れずに言えば、不動産担保や保証によらない融資が重要ということです)
○ こうした、借り手の価値ある事業の継続を支えられるような金融実務の発展を促す観点からは、現在の担保法制が障害となっている可能性があると考えている。例えば、
・ 担保権は借り手の個別資産に設定されるものとされていることから、有形資産に乏しい事業者は、事業に将来性があっても、経営者保証の負担を負わざるを得ない場合があること
・ また、債権者にとっても、担保権が実行されれば事業が解体されてしまうことから、信用リスクが顕在化する局面等において、事業の継続価値よりも個別資産の清算価値に関心が向きがちになる
といった課題があると考えている。
○ こうした課題を踏まえて、金融庁として、今後、実務家・有識者との研究会を立ち上げ、海外の実務も踏まえつつ、事業を包括的に把握し支える担保権等の実務上の可能性を模索していく。(出所 金融庁/令和2年9月「業界団体との意見交換会において金融庁が提起した主な論点」)
理想と現実
上述の金融庁の考え方は、銀行が不動産担保や個人保証に頼らず、企業の事業をきちんと評価していくことができるように、担保法制・評価の問題点を見直しましょう、ということです。
そして、この研究会では「事業の理解にコストをかけない貸し手」(=従前の銀行)、「事業の理解を重視する貸し手」(=金融庁がこれから銀行に目指して欲しい方向性)についての整理もなされています。これは理想と現実といって良いと思います。
金融庁から見れば、借り手(事業者)にとって、貸し手との望ましい関係のあり方は様々であり、多様な選択肢が用意されるべき、と考えているでしょう。一方で、日本においては、事業の理解を重視する貸し手が、不足しがちではないか、という問題意識を持っているのです。
(出所 金融庁「事業者を支える融資・再生実務のあり方に関する研究会事務局資料」)
取引先の事業をしっかりと理解しているのであれば、銀行は「口も出すけど、資金も出す」という存在になるでしょうし、不動産担保がない取引先が苦境に陥っても貸出を行うこともあるでしょう。
しかし、上記資料の「貸し手の視点」にあるように、事業の評価を行わない貸し手は「既成・標準のサービスを提供し」「一人の担当者が多くの事業者を担当できる」のです。まさにコスト削減に取り組む銀行が行ってきたことでしょう。
事業の実態・将来性を評価するコストを負うということは、借り手の側からすると非常に頼りになりますが、一方で、銀行側からすると一人の担当者は限られた事業者しか担当できないことになります。
収益が低下してきている銀行がどちらを選択していくのかは、非常に難しい問題です。理想と現実ということです。
金融庁が事業性評価に拘る理由
コロナは、デジタル・トランスフォーメーション(DX)を加速させています。そしてDXは事業者の「無形資産」が競争優位の源泉になっているといえます。
Googleの競争力の源泉は、工場でもなければ、収益用不動産でもありません。
AppleはiPhoneを他社に製造してもらっています。
Facebookはまだ規模が小さかったInstagramを凄まじい金額で買収しました。
DXの世界では、アイディアに価値があり、プラットフォームを握った企業に価値がある、そのような社会が更に浮き彫りになるのでしょう。
有形資産を用いないビジネスが拡大する中、成長資金の供給のため、銀行に無形資産も含め事業の理解を促す動機付けが考えられないか、地域で生まれた創業の芽を地域金融機関が援けられるよう、事業性の理解を促す動機付けが考えられないか、というのが金融庁の考えなのです。
端的に言えば、包括的な担保権等を整備することで、コロナ禍・コロナ後の社会・経済の課題を解決できないか、というのが金融庁の問題意識です。
担保法制・評価の方向性
上記のような金融庁の問題意識も踏まえ、金融庁では「事業者を支える融資・再生実務のあり方に関する研究会」を立ち上げ担保法制・評価の方向性について議論をしています。
その研究会の動きは以下の通りとなります。
<担保価値の評価>
- 事業価値は将来見通しや買い手とのシナジー等の個別事情に左右されるため、一義的に定めにくい(幅のある値にならざるをえない)。また、事業価値の源泉は、返済原資と同じ事業から生み出される将来キャッシュフローであることから、包括的な担保権の信用補完の機能は不動産担保等に比べ限定的。
- もっとも、包括的な担保権を活用することで、ゴーイングコンサーンとしての有形・無形の資産価値や事業価値からの優先的な弁済を考慮できるため、事業者に対して相対的に低いコストで融資がしやすくなる。
- そのため、実務上の運用としては、例えば、包括的な担保権付融資について査定を行う際は、事業者との間で策定された事業計画の内容や進捗状況を確認すること(無担保融資に類似する)、個別貸倒引当金の評価において担保価値による保全を考慮するのは、実際のビッドの裏付けがあるなど担保権の実行の見通しが立つ場合に限ること(個別に貸倒引当金を見積もる場合は原則DCF法によること)、個別資産の換価価値の積み上げで担保価値を評価すること(ABLの手法)などが考えられるか
(出所 金融庁「事業者を支える融資・再生実務のあり方に関する研究会事務局資料」)
事業性評価を銀行が行うインセンティブになるように、担保法制・評価(査定)を変えていこうという動きになります。
「借り手が必要な融資を受け、貸し手と緊密な関係を構築しやすくなるよう、貸し手が事業を理解して融資する(ファーストペンギンとなる)適切な動機付けをもたらす選択肢(包括的な担保権)を新たに用意できないか」(同研究会)ということなのです。
その考え方を示したのが以下の図表です。
(出所 金融庁「事業者を支える融資・再生実務のあり方に関する研究会事務局資料」)
無形資産を担保法制に組み込むということがポイントになるのです。
所見
不動産等の価値ある個別資産をもつ事業者にとっては、これまでの担保法制は、低いコストで、不動産等による信用補完の範囲内で安定的に資金を調達できることから、現在でも効率的といえます。この担保法制に銀行界は最適な体制を取ってきました。
しかし、これからの企業の競争力が無形資産に移っていくことは間違いないでしょう。そして社会的要請として不動産担保がない企業への融資を銀行はより強く求められるでしょう。
但し、融資の本質は、債務者が事業でキャッシュフローを生み出すことができるかを調査・評価し、貸出を行うことのはずです。そのリスクを一部減じるために担保があるのです。
このような議論が出てきているのは、銀行がキャッシュフローの評価を出来ていないことを端的には表しています。特に、ノウハウ・顧客基盤・プラットフォームビジネス・知的財産権等の評価は非常に難しい問題です。
不動産担保に価値があるのは、その不動産の価値が基本的に「事業と関係がない」ところにあるのです。
無形資産を基に企業が稼いでいるのであれば、企業が稼げなくなった時には、その無形資産も価値が落ちているはずです。単純に言えば、無形資産を担保にとっても、評価が事業に付随するため、担保の意味があまりないということになります。
そもそも、事業から生み出されるキャッシュフローを評価できるならば、銀行はその無形資産を評価して融資を行っているでしょう。無形資産を担保にとれるようになっても、本質的には意味が無いかもしれません。
この包括的担保の問題は、取引先の事業を銀行がどのように評価するのか、どこまで評価できるのか、というようなことを突き付ける問題です。これは新しくも古い問題でありコロナによって議論が加速することになったに過ぎません。筆者は、今後の議論の進展には非常に注目しています。