銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

地方銀行の次の問題は「貸倒引当の算定方法」

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金融庁主催の「融資に関する検査・監督実務についての研究会(第3回)」が開催されました。この研究会で議題となったのは銀行の貸倒引当金です。

銀行、特に地方銀行は業績が厳しいとされています。近年、その銀行の利益を何とか支えてきた利益要因の一つが、貸倒引当金の戻入益です。すなわち(誤解を恐れずに言えば)過去に積み立てていた利益の取り崩しです。

スルガ銀行のシェアハウス問題に代表されるように不動産市況の動向が不透明な中、金融庁や日本銀行は銀行の貸倒引当に注目してきています。

今回は、銀行の利益を支えてきた貸倒引当の動向に注目します。

 

貸倒引当金とは

まずは、貸倒引当金とは何かを確認しておきましょう。

貸倒引当金とは、債権が回収不能となった場合に備えて、あらかじめ各期の利益から積み立てておくリスク回避のための引当金のことである。

企業には、通常の営業活動を行う中で売掛金や貸付金・受取手形といった債権が生じるケースが少なくないが、額の大小に関わらず、取引先企業の倒産などさまざまな事情によってこうした債権のすべてが必ずしも回収できるとは限らず、貸し倒れを起こすことも多々ある。

債権が回収不能に陥ってしまうことは経営する上で大きな損失となるが、リスクに応じて貸倒引当金を準備しておけばダメージを最小限に抑えることができるため、リスクマネージメントの観点からは貸倒引当金は非常に重要な資金となる。

特に、金融機関においては融資先ごとに不良債権の可能性を細かく分析して貸倒引当金を積んでいるケースが多い。

(出典 マネーフォワードホームページ)

これが貸倒引当金の説明です。

 

貸倒引当金の戻入益の推移

次に貸倒引当金の戻り入れ、すなわち過去に積み立てた分の取り崩しがどの程度発生しているかも確認しておきます。

【貸倒引当金戻入益(臨時損益)】

  • 2014年度 2,513億円
  • 2015年度 824億円
  • 2016年度 1,178億円
  • 2017年度 3,975億円

(出典 全国銀行協会 全国銀行財務諸表分析)

上記は全国の銀行の決算を合算した数値ですが、多額の戻り入れが発生しているのが確認できます。

この会計上の利益は銀行の黒字確保に相応の役割を果たしてきました。

しかし、この貸倒引当金は当然ながら過去の利益の蓄積であり、無限にあるものではありません。また、企業業績が悪化し信用力が低下してくると、逆に積み増す必要が出てきます。

貸倒引当金はあくまで急激な環境変化に備えたバッファーなのです。

この状況に危機感を抱き始めたのが、金融庁であり、日本銀行です。

今回の「融資に関する検査・監督実務についての研究会(第3回)」は議事録は開示されていませんが、使用した資料は公表されています。

この資料に基づきながら、金融庁、日本銀行の問題意識および今後の動向について考察していきましょう。

 

日本銀行の問題意識

上記研究会で使用された日本銀行の資料からは以下の点がポイントになります。

  • 地域銀行・信用金庫の信用コスト率や貸倒引当率は、きわめて低い水準で推移
  • 地域銀行の信用コスト率は1990~2004年度平均0.92%、2005~2015年度平均0.22%、貸倒引当金比率は1990~2004年度平均1.9%、2005~2015年度平均1.2%、特に2015年度は0.7%
  • 長期にわたる景気の改善を反映して、企業収益は、相応のばらつきを伴いながらも、史上最高水準まで改善。金利低下にも支えられて、企業の支払い能力が向上し、デフォルト率は低下
  • 金融機関は、ミドルリスク企業向けを含む低採算先貸出を中心に、信用リスク面でのリスクテイクを積極化させている。
    足もとの信用コストは、歴史的な低水準で推移しているが、景気悪化や金利上昇など負のショックが発生した場合、多くの低採算先のランクダウンが発生し、信用コストが急激に上昇する可能性も否定できない
  • 低採算先のうち、ミドルリスク企業を含む上位グループの多くは、正常先下位に分類されているとみられる。
    正常先債権全体の引当率は、リーマンショック前を下回る既往最低水準で推移。しかし、仮に正常先の引当率がリーマンショック時並みに上昇すれば、一部の地域金融機関では、正常先債権の追加引当だけでも、コア業務純益の50%以上に相当する信用コストが発生する可能性
  • 金融機関は、利鞘確保のために貸出期間の長期化を進めており、低採算先貸出でもミドルリスク企業を中心にそうした傾向がみられる。これを踏まえると、景気循環を均した信用リスク評価の重要性は一層高まっている

(資料掲示場所は金融庁ホームページhttps://www.fsa.go.jp/singi/yuusiken/siryou/20181002.html)

この貸倒引当金の問題は、引当金が「過去の一定期間」の貸倒実績によって算出されることです。

すなわち、景気が改善しデフォルト(企業の倒産等)が減少すると、引当金を積んでおく必要がないとされるのです。そして、その算定期間が短いと影響(貸倒引当金の戻り)が大きく出るのです。

算定期間は銀行によって異なります。どのような状況にあるのか、こちらも日本銀行の資料から確認しましょう。

【貸倒引当金の算定期間】

  • 大手行 8年超=10行、3~4年=3行
  • 地域(地方)銀行 8年超=12行、7~8年=4行、5~6年=13行、3~4年=112行、2年以内4行
  • 信用金庫 8年超=16行、7~8年=4行、5~6年=26行、3~4年=201行、2年以内5行

(出典 上記同様)

この数字で確認できるように、大手行は長期間の算定期間を設けています。一方で地銀、信用金庫は3~4年の集中しています。

長い算定期間を用いることによって、景気循環やリーマンショックの時のようなデフォルト率の急上昇の影響も含めた貸倒引当率を設定できます。期間が短ければ、このような反映はなされていません。

これが、貸倒引当金の算定期間問題なのです。

 

今後の展開

大手行のみならず、地銀においても正常債権にかかる引当率の算定期間を長期化させる動きがみられますが、依然として短い算定期間を設定している先もかなり多いのが現状です。
金融機関は、先行きのマクロ経済環境の変化も念頭に置いて、与信ビジネスモデルや与信期間等も勘案のうえ、引当率の算定方法を改善させていくことが望ましいと日本銀行も主張しています。

金融機関の信用コスト(貸倒引当金比率)は、長期にわたる景気の改善と低金利に支えら
れたデフォルトの減少(貸倒実績率)を反映して、現状、歴史的な低水準で推移しています。
しかし、引当は、将来に備えて行うものです。現状の方法で算定される貸倒引当金は、足もとの良好なマクロ経済環境に過度に引き摺られていないかと金融庁や日本銀行は問題視しているわけです。

そもそも、特に地銀はアパートローンに力を入れてきました。アパートローンは長期間の貸出です。また、少しでも高い金利を獲得するためにミドルリスク貸出(信用力が劣る先への貸出)もスタートさせてきました。

これらのローンは特に貸倒引当金の算定期間が適切ではない可能性があります。

これを金融庁は指摘してくるでしょう。

算定期間が長くなれば、リーマンショックや東日本大震災時のデフォルト率も勘案されるようになります。場合によっては1997年ごろの金融危機時のデフォルト率も加味することになるかもしれません。

これからの地銀は、本業の収益減のみならず、貸倒引当金戻入がなくなり、逆に貸倒引当金の積み増しを迫られる可能性が高いと筆者は予想しています。

地銀にとっては新たな減益要因が発生しつつあるということです。