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日銀の2019年度考査方針~地銀は経営の持続性、大手はガバナンス・海外がポイント~

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日本銀行(日銀)が2019年度の金融機関に対する考査方針を発表しました。

この考査方針には日銀の民間銀行に対する課題認識が反映されており、中央銀行がどのように民間銀行を見ているのか理解できるでしょう。

今回は日銀の考査方針について確認していきましょう。

 

日銀考査とは

初めに日銀考査とはどのようなものかについて確認しておきましょう。
以下、日銀のWebサイトより解説文を引用します。

考査は、オフサイト・モニタリングとともに、日本銀行が、当座預金取引の相手方である金融機関(取引先金融機関)の業務および財産の状況を把握するために行う活動の1つです。具体的には、取引先金融機関に実際に立ち入って、経営実態の把握や各種のリスク管理体制の点検を、詳細かつ網羅的に行っています。
また、考査では、その結果を基に、必要に応じ、当該取引先に対してリスク管理体制の改善などを促しています。
日本銀行法第44条では、日本銀行が金融システムの安定確保のための業務を適切に運営する観点から、取引先金融機関と考査に関する契約を締結することができる旨が定められています。日本銀行は、この規定に基づき、取引先金融機関との間で契約を締結し、考査を行っています。

(出所 日本銀行「おしえて!にちぎん」)

日銀は、日本における金融システムの安定化を使命の一つとしています。この使命に基づき、日銀は「最後の貸し手」として、銀行に何らかの問題が起きた時等に資金を銀行に貸し出すこともあります。そのため、日銀にとってみれば銀行の経営状況がどのようになっているのかを把握してこれが日銀考査が行われる理由です。

この日銀考査は各銀行と日銀が考査契約を締結することによってなされますので、行政権限の行使として金融庁が実施する「検査」とは異なります。

日銀考査を銀行が正当な理由がなく拒否した場合には、日銀はその事実を公表することや日銀当座預金取引の解約等を行う可能性はあります。しかし、考査は行政権限の行使ではないため、拒否した銀行に対しての法律上の罰則はありません。

一方で、金融庁の検査は立入検査権や資料提出請求権を持っており、さらに従わない場合には罰則が課されることもあります。

 

考査方針概要

では、日銀の2019年度考査方針がどのように報道されているのか確認しましょう。概要がつかめると思います。以下は日経新聞からの引用です。

日銀、地銀のストレス耐性点検 19年度考査方針
2019/03/20 日経新聞

 日銀は19日、2019年度の金融機関に対する考査方針を発表した。国内の預貸業務の収益性が低下している中、自己資本水準などストレス耐性を新たに評価。主に地銀のリスク管理を促す。グローバル展開を進める大手金融機関については、グループ横断の企業統治対策や外貨の資金繰りなど海外リスクを点検する。
 日銀は人口や企業数の減少などで国内の預貸業務の収益性が低下傾向にあることを背景に、地銀がミドルリスク企業への融資など「積極的なリスクテイクを進めている」と指摘。貸出先の変化に応じて、審査などリスク管理体制の見直しが課題とみている。
 考査では、為替や金利の変化など様々な条件を仮定したストレステストで各行の収益力や経営体力を点検する。日銀が半期に1度まとめる金融システムリポートでは業界全体のストレス耐性を評価しているが、これを個別行に対して実施する。将来の収益力に懸念がある場合は結果を提示し、経営陣らと対話する。
 海外リスクの点検も強化する。格付けが低い企業への融資をまとめた米国のローン担保証券(CLO)など海外金融商品への投資状況なども考査対象に新たに加えた。


日銀考査、「収益管理の向上」など新設 19年度方針
2019/03/19 16:30 日経速報ニュース 545文字

 日銀は19日、2019年度の金融機関に対する考査方針を発表した。考査の実施方針のなかで「収益管理の向上」や「適切な償却・引当」、「マネー・ロンダリング対策の強化」を新設した。

 「収益管理の向上」として、金融機関の収益力シミュレーションにより先行きの収益力や経営体力を評価するという。金融機関に自社の収益力の認識を促すため、相場が大きく動いた場合や地場産業の衰退が急激に進んだ場合などを考慮したストレス耐性の点検も合わせて実施する。先行きの収益力に懸念が認められる場合、配当などの資本政策のあり方も含めて自己資本水準を確保できるよう対話する。

 「適切な償却・引当」については、大手金融機関が海外で非日系企業への融資を増やし、地域金融機関でもミドルリスク企業や不動産業への融資を増やすなかで適切に貸倒引当金を計上できているかなどを検証する。

 「マネーロンダリング対策の強化」として、対策のための体制が整備されているかを重点的に点検する。日銀は金融機関のオペレーショナルリスクとしてマネーロンダリングやサイバーセキュリティを挙げる。金融のデジタル化が本格化する中で、「動きに前向きに対応し、収益力の向上に結びつけていくことが期待される」(金融機構局)という。

 

以上の通り、日銀の考査方針については銀行を取り巻く現在の環境を鑑みると理解できる内容となっています。

では、もう少し詳しく内容を見ていくことにしましょう。

 

考査の基本方針

2019年度日銀考査の基本方針は以下の4点です。

第一に、内外金融経済情勢などの外部環境に対する経営陣の認識と中長期的な経営戦略を踏まえ、収益力および経営体力について、先行きの見通しを含めて把握・評価する。ストレス耐性も点検する。
その際には、①中長期的な収益力に関する経営陣の認識が的確であるか、②非資金収益の強化や経営効率化、戦略投資の実施など、持続性の高い利益や経営体力を確保するために適切な施策を講じているかについて、対話を深めていく。併せて、③貸出・有価証券運用のリスク・リターン分析や、事業本部・エリア別などの観点から必要な収益性分析が適切に行われているかなど、収益管理の枠組みの整備状況も点検する。また、④信用コストが増加に転じつつあることも踏まえて、金融経済環境の変化等に応じた貸倒損失の見通しについて検証し、適切な償却・引当方法について対話を深める。さらに、⑤各種ストレス事象を想定した場合の自己資本や期間収益への影響を適切に把握し、対応策を整備しているかを点検していく。
先行きの収益力や経営体力に懸念が認められる先との間では、将来にわたり、安定的に金融仲介機能を発揮していくための自己資本水準とこれを確保するための経営方針について、有価証券評価益の活用や配当などの資本政策のあり方も含めて、経営陣との対話を重点的に行う。考査終了後も、オフサイトモニタリングにおいて、以上のような収益力および経営体力について経営トップとの対話を継続していく。

第二に、金融機関のリスクプロファイルについて、足もとの状況と先行きの方向性を把握したうえで、金融機関のリスクへの対応力を点検する。
信用リスクについては、積極的に取り組む先が多いミドルリスク企業向け貸出や不動産業向け貸出等について、点検する。市場リスクについては、大手金融機関では CLO(Collateralized Loan Obligation)などの海外クレジット商品等、地域金融機関では投資信託等を通じ、リスクテイクを積極化する動きがみられていることから、有価証券ポートフォリオが内包するリスクを点検する。
オペレーショナルリスクについては、重要性を増しているサイバーセキュリティ管理やマネー・ローンダリング対策の体制整備の状況などを点検する。また、大手金融機関の海外業務については、与信リスクや外貨調達の安定性など、幅広い視点からリスクを点検する。

第三に、経営管理やリスク管理の実効性を確保するために必要なガバナンス体制の整備状況や有効性について、持株会社による経営管理機能や内部監査の機能を含めて点検する。特にグローバル展開する大手金融機関については、海外でのインオーガニック戦略やグループ企業戦略の方向性を確認するとともに、持株会社の機能を活用したグループベースでのガバナンス体制や情報把握体制等について重点的に検証する。

第四に、考査運営は、引き続き、リスクの所在やその影響等に応じて、調査にめり張りをつけることを基本方針とする。そのうえで、「通常考査」に加えて、調査範囲を限定した「ターゲット考査」も活用していく。2019 年度は、地域金融機関の収益低下傾向を踏まえ、収益力に焦点を当てた「ターゲット考査」を中心に実施するが、その際、各金融機関のリスクテイクの状況に応じて、信用リスク管理または市場リスク管理についても調査の対象に加える。また、海外を含めて幅広い金融サービスをグループとして提供する金融機関については、海外拠点をはじめ主要グループ企業も必要に応じて対象とする。

この4つの基本方針に日銀の問題意識が表れています。

地域金融機関(地方銀行)については、以下がポイントとなるでしょう。

  • 収益力および経営体力、将来的な自己資本水準
  • 特に地域金融機関の収益低下傾向を踏まえ、収益力に焦点を当てた「ターゲット考査」を中心に実施
  • ミドルリスク企業向け貸出や不動産業向け貸出の状況
  • 投資信託等の有価証券リスク
  • 適切な償却・引当
  • サイバーセキュリティ管理やマネー・ローンダリング対策の体制整備
  • ガバナンス体制の整備状況や有効性(持株会社による経営管理機能、内部監査の機能も含む)

 また、大手金融機関については以下がポイントとなります。

  • CLO(Collateralized Loan Obligation)などの海外クレジット商品等
  • 大型のクロスボーダーM&A 関連の貸出等
  • サイバーセキュリティ管理やマネー・ローンダリング対策の体制整備
  • 海外業務については、与信リスクや外貨調達の安定性など、幅広い視点からリスクを点検
  • 海外でのインオーガニック戦略やグループ企業戦略の方向性
  • 持株会社の機能を活用したグループベースでのガバナンス体制や情報把握体制等について重点的に検証
  • 海外拠点をはじめ主要グループ企業も必要に応じてターゲット考査の対象

以上を見ると分かるように、地銀は「経営の持続性」、大手銀行は「グループ、海外等いおけるガバナンス、与信・外貨調達の安定性」が大きなポイントとなります。

 

所見

日銀の考査方針は、現時点における邦銀の問題点をかなり正確に把握している表れだと思います。問題点については筆者にも全く違和感はありません。

しかし、銀行の業務が、金融庁の検査や日銀の考査の対象となると、銀行は萎縮してしまうことが往々にしてあります。

例えば、アパートローン、不動産業種向け貸出、カードローン、毎月分配型投資信託の販売、外債への投資、等々、挙げれば切りがないでしょう。

銀行は規制業種であり、金融システムの安定が重要ではありますが、一方で「民間の企業」ではあるので、ある程度の経営の自律性というのも認めるような動きを金融当局もして欲しいと感じるのは筆者の考えすぎでしょうか。銀行側に忖度が過ぎるという反論もあるかもしれませんが。

また、今回の日銀考査でも地銀の経営持続性に焦点が当たります。近時に筆者が思うことは、日銀だろうと金融庁だろうと、新しい地銀のビジネスモデルを作る役にはほとんど立たないだろうということです。日銀と金融庁が指摘できるのは経営の安定性を維持するために「やってはいけないこと」「バランスを取ること」です。

この考え方自体は問題ないのですが、預金を集め貸出で利鞘を稼ぐという根本的なビジネスモデルが崩れている状況では「新たに何をやるか」が重要となります。この点で、日銀や金融庁は何らかの貢献が出来るのでしょうか。ベストプラクティス(他行事例)の横展開もあるでしょうが、基本的には既存業務の改善に留まり「キレイな事例ではあるものの儲かる事例ではない」ことが主でしょう。

新たなビジネスモデルを作ることは、やはり個々の銀行が自分達で考えていかなければなりません。もしくは、異業種と組んで考えていかなければなりません。

もしかしたら、日銀の考査では、今までの考査のみならず、新たなビジネスモデルを生み出すことが出来るような「人事制度」「人材配置・運用」「業務・組織運営」「社風」などを見ていくことが将来的に必要になるのかもしれません。