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住友不動産が実施する株式持ち合い強化は投資家からどのように見えるか?

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住友不動産が株式の持ち合いを強化したと報道されています。

多くの上場企業は、株式の持ち合いを縮小させているため、住友不動産の動きは目立ったようです。

株式の持ち合いは、当たり前のように「悪いこと」であると一般的にされていますが、これは何故でしょうか。

今回は株式の持ち合いが投資家等から否定される理由について改めて確認すると共に、住友不動産の動きについて考察してみましょう。

 

報道内容

まずは、住友不動産の持ち合い強化について、どのように報道されているか確認しましょう。以下は日経新聞の記事を引用します。

今どき持ち合い、住友不動産の我が道
2019/07/24 新聞

 住友不動産は2019年3月期に約290億円を投じて政策保有株式を49銘柄も増やした。このほとんどは株式を相互保有する、いわゆる「持ち合い」とみられ、同社の株主となっている上場企業は200社を超えたようだ。18年改訂のコーポレート・ガバナンスコード(企業統治指針)に逆行するような新たな持ち合い構造の構築は、連続最高益の業績があってこそだが、投資家は冷めた目でみている。
 「住友不動産と株式を持ち合いませんか」。ある上場企業の幹部は昨年、メーンバンクからこう打診されたが、断ったという。経営に一般株主の意向が反映されにくくなる政策保有株式は、企業統治指針で「縮減に関する方針・考え方」を開示すべきとされており、必要性や合理性が厳しく問われるからだ。
 それでも、富士フイルムホールディングスなど「取引関係の維持強化」といった理由で新たに持ち合いに応じた企業は少なくなかった。住友不動産は「一概に好ましくないと断じるべきではない。安定的に継続して事業を進めるために、当社にとって持ち合いは有益と判断している」(副島伸一広報部長)と説明する。
 前期中に持ち合い先を大きく増やしたのは、「6月の株主総会で買収防衛策の更新するためだったのではないか」(国内運用会社)との声がある。実際、買収防衛策は賛成55%という薄氷の可決だった。3月末の権利落ち後に株価が17営業日連続で下げたことも、市場では「総会に向けた持ち合いの買いで上昇した反動」との見方がもっぱらだった。前期末の事業法人の持ち株比率は34%と、5年前に比べて9ポイント上昇している。
(中略)
 不動産株は開発中の土地の含み益などを考慮した保有資産に対して足元の利益水準が低く、買収のターゲットになりやすい面がある。このため、資産売却で短期的な利益を狙う買収者に対する防衛策には一定の合理性があるが、市場は経営の規律が緩むことを懸念している。

(以下略)

ご覧いただいた通り、株式持ち合いを日経新聞は冷ややかに見ていることが分かるでしょう。

 

株式持ち合いの問題とは

株式持ち合いとは「2つ以上の企業が相互に相手の株を所有すること」をいいます。経営権の取得、安定株主の形成、企業の集団化、企業間取引の強化、敵対的買収の回避などを目的とするものです。

株式の持ち合いは、投資効率を意識しないので資産の有効活用の妨げになります。また、まさに「物言わぬ安定株主」を作ることになります。一般の投資家からすると上場企業の経営者の保身に最も役立つのが株式の持ち合いなのです。企業ガバナンスが弱くなるということです。

実際に投資家等からは株式持ち合い(もしくは政策保有)について以下の声が挙がっています。

  • 取引先の株式を保有することの経済効果は本当に存在するのか
  • 海外投資家は換金可能な株式保有は現預金と同等の資産として認識し、過剰な現金保有問題と関連づけて捉えている
  • 評価が難しい理論上のベネフィットはさておき、現実の政策保有は一般株主の利益と相反するという観点が重要
  • 政策保有株式は、取引継続との間で、いわば「人質」ともいうべき関係にある
  • 政策保有を前提に優先的に取引をするという慣行は、商取引が安定株主対策に利用されるということではないか
  • 会社が株式を政策保有し合うことが経済において価値追求の行動を妨げる問題に投資家は懸念を抱く。例えば、業界秩序と呼ばれる企業間の関係を強める立場から政策保有がなされてきた。取引先の特定と株式保有は企業間の力関係を表しており、個別企業の観点からは最善の取引機会を追求する可能性を減らすことになる
  • 政策保有株式は、ビジネスモデルの競争力や製品・サービスの質の優劣ではなく、株式保有(議決権行使)を梃子にした取引条件交渉が国際競争力を損なう一因となっている可能性がある
  • 日本企業は株主資本コストに対する認識が希薄であり、政策保有株による安定株主比率が高いことが、株主資本コストに対する認識が広がっていない理由ではないか
  • 安定株主比率の高さは、少数株主が軽視されてしまうことにもつながっている
  • 海外投資家は日本企業の現場力・プロダクトは素晴らしいと思っているものの、純投資ではない「見えない投資家の存在」が投資をためらわせるところがある

以上意見は以下の資料より抜粋

  • 投資家側が必要となるガバナンス情報(金融審議会ディスクロージャー·ワーキング·グループ第3回資料 フィデリティ投信)
  • 「政策保有株式に関する意見」(2015年9月11日投資家フォーラム)
  • 金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」(第3回) 議事録 

このような生の意見は株式持ち合いを行っている企業経営者にとって厳しいものと言えるでしょう。

しかし、株式投資でリスクを負っている投資家にとっては非常に大事な観点です。投資した企業が、経営者の保身のためではなく、株主のために利益を追求することを投資家は望んでいるのです。

 

所見

今回の住友不動産の事例は、日本の上場企業においては特異な例と言えるでしょう。一般的には、住友不動産の今回の動きは投資家から否定的に受け取られるものと思います。

しかし、住友不動産のビジネスモデルを勘案すると、持ち合いの強化は株主である投資家の利益を損ねるとは一概に言えない可能性もあります。

例えば、住友不動産の保有するビルに入居しているテナント企業の株式を住友不動産が保有していくとします。この場合、株式を保有されているテナント企業は住友不動産の不動産から移転しづらくなるかもしれません。また、家賃交渉を行うことが難しくなるかもしれません。もしくは、近隣相場よりも高い家賃であったとしても文句を言わずに賃料を負担するかもしれません。

利益の水準や安定性が見込めるのであれば、住友不動産の株主にとっては株式持ち合いは良い投資と言えるかもしれないのです。

もちろん、株式の「持ち合い」では、住友不動産が持ち合い相手から、株式保有を理由に家賃の引き下げ交渉を受けるかもしれませんが、株式の持ち合いは、企業の株主にとって一律にデメリットしかない訳ではないということも冷静に認識しておいた方が良いでしょう。

なお、住友不動産は2019年3月期末時点で非上場株式も含めて政策保有株式もしくは持ち合い株式を4,147億円保有しています。そのうち302億円(非上場株式含む)を2019年3月期に増額しており、増加額は大きい金額ではあるものの、増加率で考えると大幅増加とまでは言えないものと思います。

但し、住友不動産の総資産は5兆1,274億円です。政策保有株式もしくは持ち合い株式の総資産に占める割合は8%となります。

本業の資産とまでは言えない持ち合い株式等を、総資産の1割弱保有しているということであり、この割合はさすがに少ないとは言えないのではないでしょうか。

最終的には住友不動産の株主が判断することではありますが、住友不動産の株式持ち合い増加については、思い込みを排し、冷静に、客観的に見ていく必要があるとは思います。