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株式の持合いや政策保有株式の問題点は何か?~素朴な疑問点~

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「株式の持合い」や「政策保有株式」という日本の高度成長期を支えてきたとも言われていた仕組に逆風が吹いています。近時はコーポレートガバナンス・コードの改定で企業は政策保有株式の売却を求められています。

「株式の持合い」や「政策保有株式」と言えば、何となく悪いことのように感じられるかもしれません。

しかし、「株式の持合い」や「政策保有株式」はなぜダメなのでしょうか。なぜ、投資家は「株式の持合い」や「政策保有株式」を行う企業の株式へ投資するのを嫌がるのでしょうか。

今回は「株式の持合い」や「政策保有株式」の問題点は何なのかについて、確認していきましょう。

 

報道内容

まずは、近時の持合い株式や政策保有株式についての新聞記事を引用します。企業の動きの概要が分かると思います。

政策保有株、売却広がる カゴメや資生堂など
2019/05/31 日経新聞

 上場企業が取引先との関係維持などを目的とした政策保有株式の圧縮に動いている。カゴメや資生堂などが2018年度に売却した。投資家からの批判に加え、東京証券取引所などによる18年6月の企業統治指針(コーポレートガバナンス・コード)の改定で保有圧縮を求めたことが企業の背中を押している。「モノいわぬ株主」の減少は企業統治の向上や市場の効率化につながりそうだ。
(中略)
 こうした動きの背景には、18年6月の統治指針の改定がある。改定前は企業に政策保有の「説明」を求めるまでにとどまっていたが、改定で「縮減」を要求するところまで踏み込んだ。
 金融庁は3月期企業の19年3月期分の有価証券報告書から、政策保有株についてより詳しい開示を求める見通しだ。有価証券報告書の開示は6月下旬から始まる。3月期企業では、すでに大日本印刷などが政策保有株式の売却を発表済みで、今後はこうした流れが広がる可能性が高い。
 外国人の保有比率が3割を超えるなか、市場のグローバル化という面でも、政策保有株の圧縮は日本企業の古くて新しい課題だ。アクサ・インベストメント・マネージャーズのマット・クリステンセン責任投資・グローバル統括責任者は「政策保有や持ち合いを続けると、日本市場はグローバルに出遅れてしまう」と指摘する。

もう一つ、同じタイミングでの記事です。

株式持ち合い、企業統治の「穴」に
2019/05/31 日経新聞

 取引先や旧財閥系などのグループ内で、企業が企業の株主となる「政策保有」は1960年代に拡大した日本独特の仕組みだ。株式を相互保有する形が多く株式持ち合いとも呼ばれてきた。事業会社間だけでなく、銀行や生命保険会社などが関係維持や買収防衛などの対策の一環で幅広い企業の株主となった。
 投資効率を意識しない政策保有は資産の有効活用の妨げになり、「モノいわぬ株主」の存在で企業統治が甘くなる弊害がある。保有株の価格変動リスクも経営の重荷だ。
 こうした中、海外投資家などの長年の批判や統治指針導入に伴う企業側の意識変化もあり、政策保有の解消は着実に進んでいる。野村証券の集計では、日本株の時価総額に占める「持ち合い比率」は2017年度末で9%台に下落。集計を始めた90年度以降で初めて1ケタになった。
 今後は保有株式の売却で得た資金をどう活用するかが焦点だ。投資家は資産効率の改善だけでなく、成長投資に振り向けて成果につなげられるかどうかも注視している。

これらの記事によれば、株式の持合いや政策保有株式は、投資効率を意識しないので資産の有効活用の妨げになり、モノいわぬ株主の存在で企業ガバナンスが弱くなることに問題があると認識されていることになります。

 

株式持合い、政策保有株式とは

株式持合いとは「2つ以上の企業が相互に相手の株を所有すること」をいいます。経営権の取得、安定株主の形成、企業の集団化、企業間取引の強化、敵対的買収の回避などを目的とするものです。

政策保有株式も概念としては似たものであり「主に営業上の関係を築くために取得した取引先企業の株式」といえます。

政策保有株の大半が株式持合いの状態になっているといわれています。そのため、当該記事では以降は政策保有株式という用語を株式持合いも含めて使用します。 

政策保有株式が始まった経緯については金融庁の「政策保有株式に関する意見」(2015年9月11日投資家フォーラム)が分かりやすいでしょう。以下引用します。

政策保有株式の慣行は、戦後ほどなくして始まったが、その後1960年代の資本自由化により欧米企業等による買収リスクが意識されたこともあって大きく拡大し、さらに1980年代のバブル時のファイナンス受け皿として親密先、取引等企業間で拡大したと考えられる。
こうした企業間の株式保有の背景には、1950年代に株式買い集めが横行したことや、敵対的買収における取引制度の不備という事情があった。 このことは、企業による株式の政策保有が事業提携の証のような純粋なビジネスや収益拡大の動機のみにもとづいて行われていなかったことを意味する。株主構成の安定化という株主対策上の動機が大きかった。

(出所:金融庁「政策保有株式に関する意見」(2015年9月11日投資家フォーラム)資料)

 

政策保有株式に対する投資家の疑問・意見

政策保有株式は日本独特の慣行といわれています。

特に海外を中心とした投資家から矛盾・疑問・懸念を持たれているところは以下の意見にも表れているといえるでしょう。過去の金融庁開催の審議会で議論した内容等を抜粋します。

  • 相手との「関係」があるにもかかわらず、相手が自社の株式を何株保有していることがわからないということがあるのか
  • 相手が自社に断わり無く売却することはあり得るのか
  • お互いに合意しなければ売却しないのであれば、その契約はあるのか
  • 資本提携契約を締結している場合と契約がない「持合」の違いは何か
  • 株式持合の情報をきちんと開示すべきではないか
  • 取引先の株式を保有することの経済効果は本当に存在するのか
  • 海外投資家は換金可能な株式保有は現預金と同等の資産として認識し、過剰な現金保有問題と関連づけて捉えている
  • 評価が難しい理論上のベネフィットはさておき、現実の政策保有は一般株主の利益と相反するという観点が重要
  • 政策保有株式は、取引継続との間で、いわば「人質」ともいうべき関係にある
  • 株の売却をちらかせて商売を迫るという本末転倒な動きが生じてもおかしくない
  • 政策保有を前提に優先的に取引をするという慣行は、商取引が安定株主対策に利用されるということではないか
  • 取引先の株式を保有することによって特別な便益を受けているのであれば、「保有されている側」は「保有している側」に過度な便益を与えていることになるのではないか
  • 政策保有と判別される株主の関係者は独立社外取締役として適切でない
  • 独立社外取締役の説明においては、当該取締役が所属する企業との取引は僅少であると説明しながら、当該企業の株式を政策保有し、取引維持のため重要であると説明しているという矛盾も散見される
  • 一般に政策保有は事業提携の証や株主の安定化等を意図したもので、経営者にとってプラスの効果が見込まれている。しかし、この効果は計量化が難しい。一方、政策保有の資本コストは確実に発生する。もちろん長期的な取引関係の構築がもたらすベネフィットが政策保有によるコストを上回るような場合は存在するだろう。しかし、このベネフィットがコストを下回るような「高コスト取引」がいたずらに放置されているとすれば、株主を含む企業のステイクホルダーにとって価値の破壊となる
  • 会社が株式を政策保有し合うことが経済において価値追求の行動を妨げる問題に投資家は懸念を抱く。例えば、業界秩序と呼ばれる企業間の関係を強める立場から政策保有がなされてきた。取引先の特定と株式保有は企業間の力関係を表しており、個別企業の観点からは最善の取引機会を追求する可能性を減らすことになる。また、「特にビジネスを進めるうえで必要と言えないが、長年の経緯があるので手を付け難い」という趣旨のコメントを耳にすることがある。この場合、本来、事業に集中すべき経営資源が有効に活用されていないことを示唆する。さらに、事業上のベネフィットと引き換えに安定株主対策が行われているとしたら、資本市場の価格メカニズムが適切に機能する環境への負荷となってしまう。
  • 政策保有株式は、ビジネスモデルの競争力や製品・サービスの質の優劣ではなく、株式保有(議決権行使)を梃子にした取引条件交渉が国際競争力を損なう一因となっている可能性がある
  • 日本企業は株主資本コストに対する認識が希薄であり、政策保有株による安定株主比率が高いことが、株主資本コストに対する認識が広がっていない理由ではないか
  • 安定株主比率の高さは、少数株主が軽視されてしまうことにもつながっている
  • 企業の株主の中に企業価値向上を目的としない安定株主もしくは政策保有株が存在するのは投資の為に事前に知っておきたい(もし知っていたら投資しないという選択肢も)
  • 海外投資家は日本企業のバリュエーションは安い(株価が低い) というのは一致した見方だが、日本株は買わないという状況。日本企業がガバナンスに真剣に取り組み、企業価値向上に本当に進み始めたとメッセージを出していくことが重要
  • 政策保有株式は、相当な株主資本の無駄遣いになり得る状況であり、政策保有の意図を明確にすべき
  • 日本の企業の稼ぐ力を考えた時に政策投資株はガバナンス上、阻害要因になっており、持合に関するガバナンスを強化しようとするときには、開示の充実しかありえない
  • 安定株主比率はガバナンス情報上、極めて有用な情報であり開示すべき
  • 応諾を与えるか否か等、海外投資家は、政策保有株を売る際に、なぜ株主に権利がないのかを理解するのが難しい
  • 海外投資家は日本企業の現場力・プロダクトは素晴らしいと思っているものの、純投資ではない「見えない投資家の存在」が投資をためらわせるところがある

(御参考) 投資家側が必要となるガバナンス情報(金融審議会ディスクロージャー·ワーキング·グループ第3回資料 フィデリティ投信)

https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/disclose_wg/siryou/20180221/05.pdf

「政策保有株式に関する意見」(2015年9月11日投資家フォーラム)

https://www.fsa.go.jp/singi/follow-up/siryou/20151124/07.pdf

金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」(第3回) 議事録 

https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/disclose_wg/gijiroku/20180221.html

あえてキレイにまとめていませんが、以上こそが投資家の「生の声」と言って良いでしょう。

これが投資家から見た政策保有株式(株式持合い含む)の問題点なのです。 

 

所見

筆者は政策保有株式が全くダメだとは思っていませんが、今後は更に減少していくのだろうと考えています。特に政策保有株式の持ち手であった銀行や保険会社が保有を減らしていくことは目に見えています。特に、銀行は金融庁から政策保有株式の保有を禁止して欲しいと考えているかもしれないぐらい、政策保有株式の保有については問題意識を持っていると思われます。

現代は、企業系列、親密先という考え方で商品・サービスを選ぶ時代ではなくなりました。(さらに、ビールは絶対に系列・親密先のモノしか飲み会で頼んではダメという慣行が存在した企業もあったでしょう)

政策保有株式が企業経営のおける収益向上にとってプラスに働く要因となることはかなり少なくなってきており、政策保有株式は合理的なものとは言えなくなってきています。契約もない政策保有株式とするよりは、資本提携を契約としてきっちりと結んだ方が双方の企業にとって良いのかもしれません。

企業は上場している以上は、誰が株主になっても文句は言えません。常に株主に企業価値向上に向けたプレッシャーをかけられ続けるのです。それこそが上場をするということなのであり、政策保有株式もしくは株式持合いはその大前提には反するものです。

「上場企業のあるべき姿」を考えるならば、日本の慣行であった政策保有株式(そして株式持合い)は無くなっていくのでしょう。