銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

働いている皆さん、スシローの賃金未払い問題を確認してみませんか?

回転ずしチェーン業界最大手のスシローが揺れています。

スシローで労働問題が相次いでいるとして、アルバイトの男子大学生2人が2022年10月に記者会見し、労働組合「回転寿司ユニオン」の結成を発表しました。勤務前の手洗い等の準備時間を勤務時間に含めていなかったため、多くの未払い賃金があるとして全従業員への支払いを求めたものです。

スシローは問題が続いています。スシローが在庫のないメニューをPRする「おとり広告」で行政から処分されていたことについては記憶に新しい読者も多いかもしれません。2021年に、スシローは期間限定で販売していた「濃厚うに包み」「新物うに 鮨し人流3種盛り」「冬の味覚!豪華かにづくし」の3商品についてキャンペーンを展開し、ホームページやテレビCMで大々的に宣伝していました。しかし、実際には数日で品切れになった商品もあり、全国約600店舗のうち約9割で提供できなくなったとされています。利用客が来店しても大半の店で食べることができない状況になったにもかかわらず、スシローは宣伝を継続したため、消費者庁は2022年6月、実際にない商品を使って客を集め別の商品を買わせる「おとり広告」だったと認定し、景品表示法違反(おとり広告)で、再発防止を命じる措置命令を出しています。

今回問題となったのは、前述の労働時間問題です。これはスシローのみならず、日本全国の様々な企業で問題になっているものでもあります。このスシローの労働問題について、皆さんと確認していきたいと思います。

 

スシローの労働問題とは

スシローでは、出勤すると、まず決められた時間の手洗いを行い、その後は制服に着替え、安全靴に履き替え、インカムを装着し、髪の毛などの混入を防ぐため、粘着ローラーを全身にかけるようです。そこから、素材の在庫状況や発行中の優待券の情報が書かれた「連絡ノート」に目を通し、仕事によっては魚の仕込み方法や切り方、軍艦に載せる具材の分量などが指示されたレシピを確認することになります。手洗いからノート確認までにかかる時間は15分程度とされています。

問題は、始業前の上記のような準備作業が労働時間とされず賃金が支払われてこなかったことです。アルバイトがタイムカードを打刻するのは、一連の作業を終えた後と決められていたと報道されています。

またもう一つの問題は、5分未満の賃金の切り捨てです。スシローは、2022年9月からは改めたとしていますが、それまでは、勤務時間が17時までのアルバイトが「17:04」に退勤すると、勤務扱いは「17:00まで」となり、実際に働いた「4分」は切り捨てられる形になってしまっていたようです。この問題は1分単位の運営に既に改められていますが、過去の賃金未払い分については「遡って支払う考えはない」とスシローは説明しています。

 

労働時間とは

上記のように始業前の準備作業が労働時間としてカウントされていない仕事場は今でも多いのではないでしょうか。筆者もアルバイトをしていた際には同様な事象で理不尽さを感じていました。(もちろん社会人になってからはサービス残業が凄まじくて、そちらに問題意識を持ちましたが)

では、そもそも始業前の準備作業というのは労働時間なのでしょうか。それとも通勤時間のような仕事を始める前の賃金が発生しない時間なのでしょうか。

この問題を考える際には、まずは、そもそも「労働時間とは何か」について確認する必要があります。

これは最高裁が判決を出していますので、この判例が参考となります。

判例は、三菱重工業長崎造船所事件(最高裁判所第一小法廷判決 平12.3.9)という有名なものです。

この判例では、労働基準法32条の「労働時間」に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたかどうかを、客観的に判断し、当該行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労働基準法上の労働時間に該当すると判決しています。 

三菱重工業長崎造船所事件(上述)抜粋
<判決理由>
労働基準法(昭和六二年法律第九九号による改正前のもの)三二条の労働時間(以下「労働基準法上の労働時間」という。)とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではないと解するのが相当である。
(裁判所ホームページ)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/844/018844_hanrei.pdf

この判例で示されているように、労働時間に該当するか否かは、従業員が使用者=会社もしくは経営者の指揮命令下に置かれているかを客観的に判断することになっています。そして「指揮命令下に置かれている」とは、例えば、会社の上司から朝礼に参加するように「命令」されていたり、命令まではされていないとしても朝礼に遅刻すると「実質的に人事評価で悪い評価となる」ような場合には、使用者の指揮命令下にあると考えられるでしょう。

実際に上記の三菱重工業長崎造船所事件では以下のように認定されています(抜粋で一部は筆者が分かりやすいように加筆修正)。

  • 始終業基準として、始業に間に合うよう更衣等を完了して作業場に到着し、所定の始業時刻に作業場において実作業を開始するものと定め、さらに、始終業の勤怠把握基準として、始業の勤怠は更衣を済ませ始業時に体操をすべく所定の場所にいるか否かを基準として判断する旨定めていた
  • 実作業に当たり、作業服及び保護具等を装着するよう義務付けられ、右装着を所定の更衣所、控所又は現場控所において行うものとされており、これを怠ると、就業規則に定められた懲戒処分を受けたり就労を拒絶されたりし、また、成績考課に反映されて賃金の減収にもつながる場合があった
  • 実作業に当たり、作業服及び保護具等を装着するよう義務付けられ、右装着を事業所内の所定の更衣所等において行うものとされていたというのであるから、(これらの)行為は、(会社側の)指揮命令下に置かれたものと評価することができる

スシローの事例

まず、スシローでは是正されたとはいえ5分未満の賃金切り捨てについては、明らかに認められません。以下は大阪労働局のQ&Aに掲載されています。

Q11. 当社では、残業時間の計算を30分単位で行っており30分未満は切り捨てています。この取扱いでよろしいでしょうか。

A11.
割増賃金の計算に当たっては、事務簡便のため、その月における時間外の総労働時間数に30分未満の端数がある場合にはこれを切り捨て、それ以上の端数がある場合にはこれを1時間に切り上げることができるとされていますが、原則的には、毎日の時間外労働は1分単位で正確に計上するのが正しい労働時間管理といえます。労働時間の端数計算を、四捨五入ではなく常に切り捨てで計算することは、切り捨てられた時間分の賃金が未払となるため認められていません。(労働基準法第37条)

(出所 大阪労働局 よくあるご質問(時間外労働・休日労働・深夜労働)|大阪労働局 (mhlw.go.jp)

次に、始業前の業務準備行為が、使用者(会社)に義務付けられており、労働時間に該当するかという点ですが、こちらも明らかに該当するものと思われます。

前述の通り、スシローで働くアルバイトは、出勤すると、まず洗い漏れのないよう、壁に貼られたマニュアルを見ながら手洗いを行うよう指示されています。その後は、制服に着替え、安全靴に履き替え、インカムを装着し、髪の毛などの混入を防ぐため粘着ローラーを全身にかけることが会社から指示を受けているのです。そして、更に連絡ノートに目を通し、レシピを確認したりします。手洗いからノート確認までにかかる時間は15分程度とされています。全国で同一水準の衛生的なサービスを保つためには、多店舗展開する外食企業はどこも細かいマニュアルを整備しています。スシローもその一社であり、マニュアルという形で指示を出し、アルバイトを「指揮命令下に置いている」のです。

 

スシローの対応と所見

スシローは、前述の通り労働時間の算出は1分単位とするようになりました。賃金の切り捨ては無くなったということです(過去の賃金未払い分の支払は拒んでいる模様)。

そして、始業前の準備時間については、スシローは「一律、3分間分を加算するようにした」と報道されています。これも改善されているとは言えるでしょう。

しかしながら、始業前の準備は人によって時間差があります。手洗いだけで2分ぐらい行うとされていること、準備作業全体では通常15分ぐらいはかかるとされていることを鑑みると、この3分間の加算は十分な改善ではないものと思います。

もちろん、スシローは大企業だから、このように改善対応してきているのであって、スシローのアルバイトは恵まれているという考え方もあるでしょう。

しかし、労働しているのにもかかわらず、賃金が払われていないことは、法律違反です。スシローの運営がマシになったとしても、改善が足りない分については支払の必要があります。マシになったからといって許される訳ではありません。

当然がながら、他社でスシローと同様に始業前の準備時間等について賃金を支払っていない企業があれば、その企業も法令違反です。

我々日本人は、輪を乱すことを好まない人が多く、泣き寝入りも多いと思われます(筆者の経験則です)。しかし、アルバイトの立場からすれば、自分の貴重な時間を売っているのです。泣き寝入りはもったいなさ過ぎます。やはり世の中を変えていくためには、おかしいことを「おかしい」と言える人が増える必要があります。

今回は、スシローの賃金未払い問題を取り上げました。このような事象を見聞きしたならば、ぜひ我々は声を上げていくようにしたいものです。間違いなく法律は我々の味方です。