NTTが、新型コロナウイルスの感染が収束した後もテレワークを基本とし、転勤・単身赴任を原則廃止していくと発表し話題になっています。
転勤や単身赴任は、従業員の人生・生活に対して強い影響を与えるものです。そもそも、共働き世帯が当たり前になってきた現在において、転勤・単身赴任が家庭に与えるマイナスの影響は更に大きくなっているでしょう。
NTTの取り組みは、他社にも大きな影響を与えるのではないでしょうか。
今回はNTTの転勤・単身赴任の廃止について、少し考察してみたいと思います。
NTTの取り組み
NTTは「新たな経営スタイルへの変革」を発表しました、
NTTグループは、afterコロナの時代を見据えて、様々な業務変革やDXを推進するとともに、様々な制度見直しやIT環境の整備を進めることで、リモートワークを基本とする新しいスタイルへの変革を図っていくとしています。
そして、NTTグループは、リモートワークの推進により、ワークインライフ(健康経営)を推進するとともに、オープン、グローバル、イノベーティブな業務運営の実現することを通じ、お客さまのDX支援、地域創生の促進、レジリエンスの向上、分散型社会への貢献等につなげていくと宣言しています。
この具体的取組内容が以下です。
【具体的取組内容】
①クラウドベースシステム/ゼロトラストシステムの導入
・Work From Anywhereを可能とするIT環境の整備
②業務の自動化/標準化(営業、保守、開発 等)
・パートナー企業も含めたConnected Value Chain化を推進
・デジタルマーケティングによるお客様リーチの拡大(中堅中小企業層)
・自らのDXで活用したPFをお客さまにも提供し社会全体のDXに貢献
③コンダクトリスク等を考慮したガバナンスの充実
・170件以上のリスクを洗い出し、ステークホルダーとの適切な関係構築、サービス等ライフサイクルの的確な管理、危機管理能力の向上等の対策を実行
④紙使用の原則廃止(請求書/受発注書含む)
・NTTグループ全体の紙使用を原則ゼロ化
⑤業務変革・DXを推進するための制度見直し
・リモートワークにふさわしい情報セキュリティの体系化
・オフィス環境の見直し
・DX推進に向けたコア人材の育成
⑥女性および外国人/外部人材の活躍推進
・女性の管理者・役員登用の推進、各種サポート・トレーニングプログラムの拡充
・外国人と外部人材の積極的な採用、グローバル経営人材の育成
⑦ジョブ型人事制度の導入(入社年次による配置からの脱却)
・全管理職へのジョブ型人事制度拡大
・自律型キャリア形成の推進
⑧職住近接によるワークインライフ(健康経営)の推進
・社員の働き方はリモートワークを基本とし、自ら働く場所を選択可能
・「一極集中型組織」から、自律分散した「ネットワーク型組織」へ改革
⑨組織(本社・間接部門含む)を地域へ分散
・首都圏等から地域(中核都市)へ組織を分散
・地域の一次産業等に対し、地域密着型の地方創生事業をさらに加速
⑩情報インフラの整備推進
・地方での街づくりや、新しい社会インフラの開発導入(IOWN導入計画等)を推進
・激甚化する自然災害に対し、強靭なインフラ整備・減災に向けた取組みにより貢献
NTTグループは、働き方については、原則として従来のオフィス勤務ではなく、在宅やサテライトオフィスでのリモートワークに切り替え、社員が働く場所を選べるようにすることになります。サテライトオフィスを現在の約4倍の260カ所以上に増やし、転勤・単身赴任については廃止する方向性です。
そして、首都圏に集中していた本社や管理部門等を地方の中核都市に分散し、これまでの一極集中型からネットワーク型の組織に切り替えるとしています。
なぜ転勤があるのか
NTTグループの取り組みは筆者のような銀行業界に身を置いてきた者からすると、非常に素晴らしいものです。住む場所というのは、本当に家族にとって重要です。このNTTの事例は、他社にも波及する可能性があるでしょう。
そうであるならば、なぜ転勤という制度があるのでしょうか。
その根本は、企業の拠点(工場、事務所、店舗等)が分散しており、その場所で業務を行う必要があったからであり、そして日本においては解雇が難しいため、従業員に雇用を用意するために配置転換が必要だったからです。
そして、その必要性から、転勤(配転)命令権が企業には認められてきました。
転勤命令権とは、企業は「個別的同意なしに」「業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定」し、「これに転勤を命じて労務の提供を求める権限」があるので転勤を命ずることができる、というものです。
転勤命令権の行使が「正当な人事権の行使」であるためには、労働契約上、会社の転勤命令権が認められていなければなりません。
多くの会社が就業規則で「業務上必要がある場合に、労働者に対して就業する場所および従事する業務の変更を命ずること」があり、「労働者は正当な理由なくこれを拒むことはできない」と定めています。同じように雇用契約や労働協約で定めている場合もあるでしょう。労働基準法には転勤命令およびその有効・無効についての直接的な条項はありませんので労働契約が重要になります。
NTTグループが転勤・単身赴任を廃止するのであれば、この労働契約を改定していくということになるのでしょう。
過去の判例
では、現行の枠組みでは、会社は全くの制限なしに従業員を転勤させることができるのでしょうか。従業員は転勤命令を拒否した場合は、必ず負けるのでしょうか。
東亜ペイント事件(最判昭和61.7.14)という有名な裁判例があります。
事案の概要は以下となります。
(1) 頻繁に転勤を伴うY社の営業担当者に新規大卒で採用され、約8年間、大阪近辺で勤務していたXが、神戸営業所から広島営業所への転勤の内示を家庭の事情を理由に拒否し、続いて名古屋営業所への転勤の内示にも応じなかったことから、Y社は就業規則所定の懲戒事由に該当するとしてXを懲戒解雇したところ、Xは転勤命令と懲戒解雇の無効を主張して提訴したもの。
(2) 最高裁は、転勤命令は権利の濫用であり、Y社が行った転勤命令と、それに従わなかったことによる懲戒解雇は無効であるとした大阪地裁・高裁の判決を破棄し、差し戻した。
(出所:厚生労働省HP)
この東亜ペイント事件では転勤命令権の行使が濫用と判断される基準が示されています。
- 業務上の必要性が存在しない場合
- 他の不当な動機、目的をもってなされた場合
- 労働者に対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる場合
但し、この基準は簡単には認められません。会社に明らかに対象の従業員を退職に追い込む悪意がある等の事情が認められなければ、濫用とされるのは難しいでしょう。
例えば、業務上の必要というのも「その異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することなく、企業の合理的運営に寄与する点が認められる場合を含む。」と判断されています。
通常の会社運営の範囲内ならば権利の濫用とは判断されないのです。
そして他の裁判例もみていくと、家族との別居を余儀なくされる一般的な単身赴任による場合等は、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益とはいえないとされています。
但し、2002年施行の改正育児介護休業法で、企業は「就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない」と規定されました。具体的な配慮の内容としては、企業は家族の状況を把握し、本人の意向もヒアリングすること、それでも転勤をする場合は子育てや介護のための代替手段があるか確認を行うことが必要でしょう。
以下は転勤命令権の濫用に当たらないと判断された判例です。
<ご参考>
【帝国臓器製薬事件(最判平11.9.17)】
製薬会社に勤務するXが、東京営業所から名古屋営業所に転勤を命じられ、妻及び三人の子供と別居せざるを得なくなったことを違法であるとして、転勤命令の無効確認と、単身赴任を強いられたことによる損害賠償を求めたケースで、右転勤命令は業務上の必要性に基づくものであり、それによる不利益は社会通念上甘受すべき程度を著しく超えるとはいえず、権利の濫用に当たらないとして棄却した原審判断が正当として維持された事件。
【ケンウッド事件(最判平12.1.28 )】
長男を保育園に預けている女性従業員に対する目黒区所在の事業場から八王子市所在の事業場への異動命令が権利の濫用に当たらないとされた事件。
これからの動向
NTTグループの動きは画期的なものです。転勤・単身赴任が廃止されるのであれば、従業員個人にとっては大きなメリットがあります。
例えば以下のようなものです。
- 地元の友人付き合いを継続できる
- 夫婦片方だけでの子育てに追い込まれない
- 若くからマイホームを購入することができる
- 親の介護等、面倒を見ることができる
そもそも、転勤・単身赴任が必要なのは、その場で物理的に業務を行う必要があるからのはずです。
もちろん、製造・修繕・点検のような業務は、その場でなければできないことは多いでしょう。もちろん、リアルの店舗でモノを売るというのも、その場にいなければできません。
しかし、紙とハンコを廃止するだけで、例えば事務仕事はテレワークが行うことが可能なのではないでしょうか。リアルなコミュニケーションは人間関係の円滑化には有用でしょうが、絶対に必要ではありません。例えば、海外や遠隔地の事務所の同僚とは、よくやり取りをするが実際に会ったことはない(顔も知らない)ということはあるでしょう。
そして、ジョブ型雇用は、メンバーシップ型雇用よりは、雇用を守る必要がなくなると想定されます。雇用を守るために転勤・単身赴任を会社は命令する必要がなくなるのでしょう。
上記の判例は、企業が(幻想とはいえ)終身雇用を守り解雇が簡単にはできないこと、そして、従業員がその場にいないと仕事ができないこと、を前提にした中で出された判決です。
テレワーク環境の整備や、雇用のあり方の変化は、この前提を覆す可能性があります。いつまでも裁判所が転勤命令権を認め続けるかについては不透明なのではないでしょうか。
そして、転勤・単身赴任がある企業は、共働きが前提となる時代には、従業員から忌避される可能性があります。転勤・単身赴任があるならば、その企業では働きたくないと考える従業員は今よりも多くなるはずです。
企業は、NTTの動きを、単に業態が違うからできることだと考えてはいけないのではないでしょうか。この動きは他山の石ではありません。まさに、自社にとって影響を与える社会の変化の流れなのです。