厚生労働省が派遣社員に勤務年数や能力に応じた賃金を支払うように企業に義務付けるとの報道がなされています。
同一労働同一賃金の流れもあり、正社員と非正規社員との処遇格差のみならず、派遣社員の処遇も見直しを目指すとしています。
今回の義務付けは、想定通りの効果を上げるのでしょうか。簡単に考察してみましょう。
報道内容
まずは報道内容を確認しましょう。日経新聞の記事から引用します。
派遣社員、3年勤務なら時給3割上げ 厚労省が指針
2019/07/17 日経新聞
厚生労働省は派遣社員に勤務年数や能力に応じた賃金を支払うよう企業に義務づける。同じ業務で3年の経験を積めば初年度より賃金を3割上げるなど、具体的な水準を示す指針をまとめた。2020年4月に「同一労働同一賃金」の制度が始まるのに合わせ、正社員との賃金差の縮小を促す。
2018年に成立した働き方改革関連法では、同一労働同一賃金で正社員と非正規社員の不合理な待遇差を禁じる。ただ企業にとって派遣社員の賃金水準をどう変えるかの具体的な基準はない。
厚労省は社員の経験や能力が働き続ける年数に応じて向上するとみなし、勤続年数に応じた適正な賃金水準について指針をまとめた。1年目は働き始めたときに比べて16.0%増、3年目は31.9%増、5年目に38.8%増を基準とする。
(中略)
厚労省はこのほど全国各地の労働局に通達を出した。改正労働者派遣法が施行される20年4月から適用する。同一労働同一賃金の違反に罰則はないが行政指導が入る。企業は法令順守などの観点から対応が必要になる。
現在、派遣社員は同じ職場で3年までしか働けない。派遣先が変わった際には賃金が下がるケースがあり、勤務先によらず経験に応じた賃金を受け取れるようにする。
(以下略)
以上が報道内容です。
なお、派遣労働者は、同じ組織(例えば課)では3年までしか勤務出来ないため、報道にある5年というのは同じ業務に従事して(派遣先が変わって)通算5年ということではないかと思われます。
労働者派遣法の現状
まず、現状の労働派遣法について確認しておきましょう。
【平成27年(2015年)労働者派遣法改正の主なポイント】
派遣労働という働き方、 およびその利用は、 「臨時的・一時的なもの」であることを原則とするという考え方のもと、常用代替を防止するとともに、派遣労働者のより一層の雇用の安定、キャリアアップを図るため、 平成27年(2015年)労働者派遣法が改正されています。
<雇用安定措置の実施>
- ① 派遣先への直接雇用の依頼
- ② 新たな派遣先の提供(合理的なものに限る)
- ③ 派遣元での(派遣労働者以外としての)無期雇用
- ④ その他安定した雇用の継続を図るための措置(雇用を維持したままの教育訓練、紹介予定派遣等、省令で定めるもの)
現在の労働者派遣法では、上記日経新聞の記事にもある通り、同じ組織単位では派遣社員は3年が勤務の限度となっています。
- 不合理な待遇差をなくすための規定の整備
- 派遣労働者の待遇に関する説明義務の強化
- 裁判外紛争解決手続(行政ADR)の規定の整備
- 派遣先均等・均衡方式:派遣先の通常の労働者との均等・均衡待遇
- 労使協定方式:一定の要件を満たす労使協定による待遇
- 基本給が、労働者の能力又は経験に応じて支払うもの、業績又は成果に応じて支払うもの、勤続年数(派遣就業期間)に応じて支払うものなど、それぞれの趣旨・性格に照らして、派遣先の通常の労働者と実態が同一であれば同一の、違いがあれば違いに応じた支給を行わなければならない。
- 昇給であって、労働者の勤続(派遣就業の継続)による能力の向上に応じて行うものについては、派遣先の通常の労働者と勤続による能力の向上が同一であれば同一の、違いがあれば違いに応じた昇給を行わなければならない。
(出所 平成30年労働者派遣法改正の概要<同一労働同一賃金>/厚生労働省)
所見
- 同一労働同一賃金を実現するためには「職務」を中心とした給与体系に移行すべきであるが、本件は年功序列賃金の考え方(現行踏襲)をベースとしている
- 派遣労働という働き方、 およびその利用は、 「臨時的・一時的なもの」だったはずだが、本当に正社員と遜色ない処遇が派遣労働者に実現するのであれば、同一の事業所・組織で働くことが出来る期間を3年に区切る必要は無くなるのではないか
- 派遣社員についてはスキルの高い専門的な職種以外では企業が派遣を受けるメリットが減少し、企業は派遣労働者ではなくRPA等で派遣労働者を代替しようとする可能性が高い
- 派遣労働者と正社員等との待遇を基本的に同一でスタートするとした場合、派遣労働者の昇給率が高すぎる(正社員は3年間で3割も昇給しない)
- 勤務先によらず経験に応じた賃金を派遣労働者が受け取ることが出来るようにする(日経新聞)とされているが、日本においては企業が労働者の職務遂行スキルを評価する能力に乏しく、企業が派遣労働者の経験に応じた賃金を支払うかは不透明(むしろ経験年数の少ない派遣労働者を企業が選択する可能性もあり、その場合、高年齢者に不利となる可能性も)