銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

配属ガチャについて考える

「配属ガチャ」という言葉をご存じでしょうか。ネットで話題になっているようです。

配属ガチャは、新入社員が希望する勤務地や職種に配属されるか分からないことを、おもちゃ売り場やソーシャルゲームの「ガチャ」になぞらえた俗語です。

入社後の自分の運命が「ガチャ」のように偶然によって決まってしまうこと、運次第で変わってしまうことへの不安が学生に多いのでしょう。

配属ガチャは個人にとって非常に重要な事項です。配属ガチャ次第では、せっかく入った企業をすぐに辞める個人も存在します。今回は、そんな配属ガチャについて少し考察してみたいと思います。

 

配属ガチャの法的根拠

配属ガチャがあまりにも不安であったり嫌なら、そもそも配属ガチャを回避する方法が無いだろうかと考える人もいるかもしれません。配属ガチャのような理不尽な制度なら「法律で禁止されていないかな」と思う人もいるでしょう。

筆者は銀行員です。配属ガチャも経験しましたし、転居を伴う転勤も何度も経験しています。筆者は転居を伴う転勤をあまりにも理不尽だと考えていたことがあります(今もそう思います)。

そもそも、なぜ転勤という制度があるのでしょうか。

転勤という制度は、企業の拠点(工場、事務所、店舗等)が分散しており、その場所で業務を行う必要があったからであり、そして日本においては解雇が難しいため、従業員に雇用を用意するために配置転換が必要だったからです。そして、その必要性から、転勤(配転)命令権が企業には認められてきました。

転勤命令権とは、企業は「個別的同意なしに」「業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定」し、「これに転勤を命じて労務の提供を求める権限」があるので転勤を命ずることができる、というものです。

転勤命令権の行使が「正当な人事権の行使」であるためには、労働契約上、会社の転勤命令権が認められていなければなりません。そのため、多くの会社が就業規則で「業務上必要がある場合に、労働者に対して就業する場所および従事する業務の変更を命ずること」があり、「労働者は正当な理由なくこれを拒むことはできない」と定めています。同じように雇用契約や労働協約で定めている場合もあるでしょう。労働基準法には転勤命令およびその有効・無効についての直接的な条項はありませんので労働契約が重要になります。そして、これは配属(配置転換)という点についても同様です。

入社時の配属については、労働基準法施行規則5条において求められている労働条件通知書にて企業が個人に対して明示する必要があります。その中で絶対的に明示しなければならない事項は以下とされています。

労働基準法施行規則5条より抜粋

一 労働契約の期間に関する事項
一の二 期間の定めのある労働契約を更新する場合の基準に関する事項
一の三 就業の場所及び従事すべき業務に関する事項
二 始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて就業させる場合における就業時転換に関する事項
三 賃金(退職手当及び第五号に規定する賃金を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
四 退職に関する事項(解雇の事由を含む。)

尚、厚生労働省のWebサイトには、労働条件通知書の書式が掲載されています。その書式には、『「就業の場所」及び「従事すべき業務の内容」の欄については、雇入れ直後のものを記載することで足りるが、将来の就業場所や従事させる業務を併せ網羅的に明示することは差し支えないこと。』との注記がなされています。

労働条件通知書は捺印が必要なものではなく、双方調印ではなく、企業が個人に交付するものです。企業が就業の場所や従事すべき業務についてきちんと記載していれば法的に問題がないということになります。

そもそも、必要があって企業は個人を雇い入れる訳です。最初の配属を企業の好きに出来るのは当然と言えば当然でしょう。

それでも上記の労働条件通知書と実際の配属や業務があまりにも違っていたら、企業に労働者として主張することは可能です。

但し、配属ガチャを回避するのは法的には非常に難しいことが分かったのではないでしょうか。

 

過去の判例

では、最初の配属はともかくとして、せめて転居を伴う転勤については企業に歯止めを掛けられないでしょうか。(法的に条項が無いのは上述の通りです)

会社は全くの制限なしに従業員を転勤させることができるのでしょうか。従業員は転勤命令を拒否した場合は、必ず負けるのでしょうか。

東亜ペイント事件(最判昭和61.7.14)という有名な裁判例があります。

事案の概要は以下となります。

(1) 頻繁に転勤を伴うY社の営業担当者に新規大卒で採用され、約8年間、大阪近辺で勤務していたXが、神戸営業所から広島営業所への転勤の内示を家庭の事情を理由に拒否し、続いて名古屋営業所への転勤の内示にも応じなかったことから、Y社は就業規則所定の懲戒事由に該当するとしてXを懲戒解雇したところ、Xは転勤命令と懲戒解雇の無効を主張して提訴したもの。

(2) 最高裁は、転勤命令は権利の濫用であり、Y社が行った転勤命令と、それに従わなかったことによる懲戒解雇は無効であるとした大阪地裁・高裁の判決を破棄し、差し戻した。

(出所:厚生労働省HP)

この東亜ペイント事件では転勤命令権の行使が濫用と判断される基準が示されています。

  • 業務上の必要性が存在しない場合
  • 他の不当な動機、目的をもってなされた場合
  • 労働者に対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる場合

但し、この基準は簡単には認められません。会社に明らかに対象の従業員を退職に追い込む悪意がある等の事情が認められなければ、濫用とされるのは難しいでしょう。

例えば、業務上の必要というのも「その異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することなく、企業の合理的運営に寄与する点が認められる場合を含む。」と判断されています。通常の会社運営の範囲内ならば権利の濫用とは判断されないのです。

そして他の裁判例もみていくと、家族との別居を余儀なくされる一般的な単身赴任による場合等は、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益とはいえないとされています。

但し、2002年施行の改正育児介護休業法で、企業は「就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない」と規定されました。具体的な配慮の内容としては、企業は、家族の状況を把握し、本人の意向もヒアリングすること、それでも転勤をさせる場合は子育てや介護のための代替手段があるか確認を行うことが必要でしょう。この点は少し歯止めになるかもしれません。

以下は転勤命令権の濫用に当たらないと判断された判例です。

【帝国臓器製薬事件(最判平11.9.17)】

製薬会社に勤務するXが、東京営業所から名古屋営業所に転勤を命じられ、妻及び三人の子供と別居せざるを得なくなったことを違法であるとして、転勤命令の無効確認と、単身赴任を強いられたことによる損害賠償を求めたケースで、右転勤命令は業務上の必要性に基づくものであり、それによる不利益は社会通念上甘受すべき程度を著しく超えるとはいえず、権利の濫用に当たらないとして棄却した原審判断が正当として維持された事件。

【ケンウッド事件(最判平12.1.28 )】

長男を保育園に預けている女性従業員に対する目黒区所在の事業場から八王子市所在の事業場への異動命令が権利の濫用に当たらないとされた事件。

 

いずれの判例を見ても、転勤を拒否することは非常に難しいことが分かります。

 

まとめ

配属ガチャを心配し、希望が叶わなければ退職を検討する若者が増えてきているのでしょう。その背景は様々なメディアでも取り上げられていますが、筆者が現場で見てきている感覚では、少子化(家族との距離感がより近い)、損をしたくないという若者の感覚が高まってきていること(成長が見込めないので一度損すると取り返せないという感覚)、売り手市場である労働環境(すぐに転職可能)、就社よりも手に職をキャリア観の変化、そして夫婦共働きが当たり前となった結婚観があるように思います。

今は、転勤(特に単身赴任)制度を廃止する企業が徐々に出てきました。これは非常に画期的なことであり、従業員を大事にしている表れです。今後の企業の競争力は人が左右するのです。そして、人口減、少子高齢化もあります。企業は人を大事にしなければ、人を雇えない時代に入ろうとしているのです。配属ガチャの問題は、今後は徐々に減少していく可能性があります。新卒一括採用の商習慣が無くなったり、ジョブ型雇用が根付くなら、配属ガチャや転居を伴う転勤は時代遅れになるかもしれません。

その時代の到来を筆者としては早く見たいところです。