老後資金2,000万円必要とした金融庁の審議会の報告書が大きな話題になりました。改めて年金制度とは何かについて報道されるようになってきました。
年金制度については話題になってきているのですが、社会保障という観点では健康保険(医療保険)制度にも注目する必要があります。
日本は国民皆保険制度を採用しています。
もちろん、少子高齢化の影響からは逃れられません。
今回は、健康保険(医療保険)制度について確認してみましょう。日本の問題の一端が見えてくるでしょう。
医療保険制度とは
相互扶助の精神に基づき、病気やけがに備えてあらかじめお金(保険料)を出し合い、実際に医療を受けたときに、医療費の支払いに充てる仕組みです。患者はかかった医療費の原則1~3割を支払えば済み、残りは自分が加入する医療保険から支払われます(保険給付)。
そして、日本は国民皆保険制度となっており、全ての国民が公的な医療保険制度への加入を義務づけられています。
医療保険は、①主に民間企業のサラリーマンが加入する被用者保険(職域保険、健康保険組合もしくは協会けんぽ)、②公務員が加入する被用者保険(職域保険、共済組合)、③自営業者・サラリーマンOBなどが加入する国民健康保険(地域保険)、④75歳以上の人が加入する後期高齢者医療制度に分けられます。
(出所 健康保険組合連合会Webサイト)
日本における社会保障制度の現状
まずは、日本全体の社会保障給付費の見通しを確認しましょう。
日本の社会保障給付は総額121.3兆円(2018年度)でありその内、年金が56.7兆円、医療が39.2兆円、介護10.7兆円、子供・子育て7.9兆円となっています。
日本は子供・子育てにお金が回っていないと言われますが、(負担と給付の議論を除いて考えれば)それ自体は間違いありません。
社会保障給付の将来給付見通しで注目すべきは、年金だけではなく、医療です。
GDP対比で年金は割合が維持されるのに対して、医療(と介護)は対GDP比率が大幅に上昇します。
(出所 令和元年6月12日 第118回社会保障審議会医療保険部会「2040年を展望した社会保障・働き方改革本部のとりまとめ」について/厚生労働省保険局)
この図表だけ見れば分かる通り、日本の問題は社会保障給付の急増であり、その中心には年金のみならず、医療費があることが分かります。
そして、その中でも医療費の問題が更に顕在化してくるのは2025年以降です。団塊の世代が全て75歳以上になってくるためです。75歳以上は後期高齢者となり、一人あたりの医療費が急激に上昇します。75歳以上の医療保険制度は後期高齢者医療制度として分かれていますが、現役世代が支援しているため、現役世代の負担が重くなります。
<2040年までの人口構造の変化>
- 2000年:15歳~64歳=8,638万人、65歳~74歳=1,303万人、75歳以上=901万人
- 2025年:15歳~64歳=7,170万人、65歳~74歳=1,497万人、75歳以上=2,180万人
- 2040年:15歳~64歳=5,978万人、65歳~74歳=1,682万人、75歳以上=2,239万人
医療保険の負担推移見込
我々個々人にとっても、医療費の膨張は、すなわち医療保険・健康保険料の負担増という形で影響をします。
(出所 平成30年4月19日第111回社会保障審議会医療保険部会「医療保険制度をめぐる状況」/ 厚生労働省保険局)
上記図表のように日本の医療保険制度全体で見ると、後期高齢者が最も医療費の使用が多いことが分かります。人数がほぼ同じ前期高齢者と比べても大きな違いがあることが分かります。
(出所 平成30年4月19日第111回社会保障審議会医療保険部会「医療保険制度をめぐる状況」/ 厚生労働省保険局)
上記図表を見れば分かる通り、75歳以上の後期高齢者は一人あたり約95万円の医療費を使用しており、これは現役世代(健康保険組合、共済組合)の6倍となります。
そして、現役世代はこの後期高齢者のために支援金を負担しています。
(出所 平成30年4月19日第111回社会保障審議会医療保険部会「医療保険制度をめぐる状況」/ 厚生労働省保険局)
以上3つの図表が示していることは、健康保険組合の例ですが、①保険料収入のうち4割を後期高齢者の支援金で取られていること、②健康保険組合は全体で見ると赤字となっていること、③健康保険組合の保険料率が上昇してきていること、です。
後期高齢者が増加していくにつれて(そして現役世代=健康保険組合の加入者が減少していくにつれて)、健康保険組合は現状の保険料では負担増加に耐えられなくなります。
すなわち、これからも医療(健康)保険料への現役世代の支払いは増加していくのです。
(出所 令和元年6月12日 第118回社会保障審議会医療保険部会「2040年を展望した社会保障・働き方改革本部のとりまとめ」について/厚生労働省保険局)
上図表は厚労省の社会保障審議会にて議論されている医療(健康)保険料、介護保険料の見通しです。経済の状況にもよりますが、2040年にかけて医療保険で1.5~2.0%程度、介護保険料で1%程度上昇すると想定されています。
これは月収(額面)が40万円の人の場合、1~1.4万円が追加で負担することになる水準です。
介護保険は40歳以上の国民が負担しますので、若い世代には暫くは縁がないとしても、少なくとも医療(健康)保険料の上昇は想定されます。しかも、厚生労働省が作成しているぐらいですから、経済が相応に成長することを前提に作られているのです。
医療保険が1.5~2.0%増加するということは、消費税の増税と現役世代の家計に与えるインパクトは違いがありません(消費税は消費を減らせば負担回避となりますが、医療保険料は収入から控除されますのでコントロールはききません)。
現在の後期高齢者(75歳以上)が1,750万人だとして、上記の想定のように2040年に2,180万人になると想定すると後期高齢者の人数増加率は+25%程度となります。
一方で現役世代(15~65歳)の人数が7,000万人だとすると、上記想定通り2040年に5,978万人となるとすれば、現役世代の人数は▲14%となります。
現在の医療保険が10%(協会けんぽ)だとして、+2.0%の保険料上昇は「20%」の保険料値上げです。しかし20%保険料を上昇させても後期高齢者の人数増加率+25%には追いつきません。そして、現役世代は14%減少します。
すなわち、この程度の保険料上昇では、今の制度を維持するのであれば足りないということになるのです。
まとめ
年金問題の裏に隠れて、あまり言及されない医療(健康)保険問題ですが、年金制度同様に問題を抱えています。
そして、年金制度以上に医療(健康)保険は現役世代の負担増が見込まれるのです。
医療(健康)保険料の増加は、現役世代から見ると増税と実質的には違いがありません。
この問題の解決策は、医療費を抑えるか、高齢者の自己負担率を相当に上げるしかありません。医療切捨て等と言われるかもしれませんが、結果としては医療費を抑制するしかないと思われます。
後は、医療費を抑制するタイミングだけの問題です。
現役世代の負担を少しでも抑制するように、今のタイミングから医療費を抑制し、高齢者の自己負担率を上げるか、先の世代(=現役世代)の時に抑制するのか、というタイミングの問題なのです。今の現役世代の負担率での持続は出来ないでしょう(医療において凄まじいイノベーションが起きて医療費がほとんど必要なくなる未来もあるかもしれませんが)。
これが現実であり、そろそろ日本としても国民の医療費について年金と同じように議論すべき時が来ているのです(もっと以前から議論すべきでしたが)。