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もう、健康保険組合は解散して協会けんぽに移りますか

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日本政府は、年収200万円以上の後期高齢者が支払う医療費の窓口負担を1割から2割に引き上げる医療制度改革関連法案を閣議決定しました。

この施策は、後期高齢者への支援金を拠出している現役世代の健康保険料の増加を抑制する効果があります。但し、軽減効果は2025年度で一人あたり年800円に留まるとされています。

企業が設立する健康保険組合の財政は厳しいとお聞きになったことがある方は多いでしょう。健康保険組合の状況が厳しい理由は、後期高齢者への支援金にあるのでしょうか。

今回は、多くの労働者が加入する健康保険組合の状況を確認し、今後の方向性について考察してみたいと思います。

 

高齢者医療費の2割負担

2021年2月5日に閣議決定されたのは、医療制度改革関連法案です。

内容は、単身なら年収200万円以上、複数人世帯なら75歳以上の後期高齢者の年収合計が320万円以上の場合、医療費の負担割合が現行の1割から2割に増加するというものです。対象となる後期高齢者は約370万人とされています。

この後期高齢者負担増が実現したとしても、現役世代の負担軽減効果は上述の通り年間800円程度とされています。

では、日本の健康保険組合の状況、そして現役世代の負担はどのようになっているのでしょうか。

 

健康保険組合の状況

では、まず健康保険組合の状況について確認していきましょう。

以下は健康保険組合の連合組織である健康保険組合連合会(健保連)の調査によるものです。

健保連は全国の1,389(2020年4月1日現在)の健康保険組合で構成され、被保険者とその家族を合わせると、全国民のおよそ4分の1に当たる約3000万人が加入しています。尚、健康保険組合は、一定規模以上の社員(被保険者)のいる企業が設立してきた組合組織です。

以下は2019年度の健康保険組合全体の経常収支の状況です。

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(出所 健保連「令和元年度 健康保険組合の決算見込について【概要報告】」)

2019年度の健康保険組合全体では収支は黒字を維持しています。

しかし、34.9%の組合が赤字に陥っています。赤字の健康保険組合は、その赤字額も数も増加しているのです。

次の図表は健康保険組合の収支の内訳です。

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(出所 健保連「令和元年度 健康保険組合の決算見込について【概要報告】」)

簡単に言えば、健康保険組合の支出は半分が被保険者向けの保険給付費として拠出されています。しかし、46%は、高齢者への支援金・納付金として召し上げられています。

これを被保険者一人当たりに分解したのが以下の図表です。

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(出所 健保連「令和元年度 健康保険組合の決算見込について【概要報告】」)

保険料は、会社と個人で負担しています(約半々)。

会社と個人で被保険者一人当たり50万円を年間で支払っていますが、一人当たりで使う保険給付費は25万円です。残りのほとんどは高齢者医療のための拠出しています。一人当たり約20万円が高齢者のために拠出されているのです

 

高齢者向け拠出金の動向

この高齢者向けの拠出金は大幅に増加してきました。以下がその推移です。

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(出所 全世代型社会保障検討会議ヒアリング(2020年11月24日)説明資料)

健康保険組合から高齢者医療への拠出金は2007年度から2019年度までに約4割増加しました。

一方で、健康保険組合は、支出増を保険料収入で補うしかない構造です。2007年度から2019年度の12年間の総報酬額の伸び率は1.9%と伸び悩む中で、保険料率引き上げ等、現役世代の実質負担増で対応してきています。

この一連の流れによって給付と負担のアンバランスが拡大しています。

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(出所 全世代型社会保障検討会議ヒアリング(2020年11月24日)説明資料)

上図表は、2007年度から2019年度にかけての医療費、保険料、自己負担額の変化をグラフ化したものです。これで見ると、高齢者の増加する医療費を賄うために、現役世代の保険料負担が大幅に増加したことが分かります。

高齢者世代の支払保険料の変化額は、医療費の変化額に対して小さく、現役世代と高齢者との負担に不均衡が拡大していると言えます。

そして、この不均衡は更に拡大する道筋しか見えません。

後期高齢者の急増と現役世代の減少が到来するからです。

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(出所 健保連記者会見資料1/2020年11月5日)

2022年危機と言われますが、団塊世代がいよいよ後期高齢者になってくるのが2022年です。後期高齢者が次々と増加していくのです。

それに伴い、現役世代の負担は増加します。

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(出所 全世代型社会保障検討会議ヒアリング(2020年11月24日)説明資料)

上記図表にあるように、「毎年」現役世代の負担は3,000~4,000億円増加します。これは現役世代一人当たり年0.3~0.4万円とされています。労使折半だと、我々個人一人当たりでは1,500~2,000円というところですが、これは5年も経てば年間1万円程度の負担増になるということです。

このように、少しでも現役世代の負担増を抑えるため、後期高齢者の窓口負担の割合を引き上げる方向で動いているのです。

 

所見

以上の動向によって、健康保険組合の保険料は増加せざるを得ません。

2022年度に保険料率が10%以上へ増加すると想定される組合の数は601組合(全体の43%)、2025年度には909組合(65%)です。(出所 健保連「今、必要な医療保険の重点施策- 2022年危機に向けた健保連の提案-」2019年9月9日)

そして、健保連は、2020年度には健康保険組合の平均保険料率は9.7%であったものが、2021年度には10.2%、2022年度には10.5%まで増加すると想定しています(出所 健保連記者会見資料1/2020年11月5日)。

一方で、協会けんぽ(正式名称=全国健康保険協会、旧政府管掌健康保険であり、自社の健康保険組合を持たない企業の従業員が加入する公的法人)の2022年度の保険料率は10.3%、2025年度は10.9%と健保連は想定しており、健康保険組合と協会けんぽの保険料率がほぼ並びます。

健康保険組合を企業が自前で設立する主なメリットは、健康保険料を独自で決められることです。組合財政が問題なければ、そして健康な加入者が多ければ、政府が実質的に運営する協会けんぽよりも割安の保険料で運営を出来ましたので、企業にとっても従業員にとってもメリットがありました。

ところが、健康保険組合が高齢者医療への拠出金で財政が悪化してきており、協会けんぽとの保険料率に違いが出なくなってきています。

協会けんぽは民間企業が設立した健康保険組合とは異なり、被保険者の保険給付費に対し国庫補助(現行16.4%)を受けています。この国庫補助の背景は、協会けんぽの加入者の大半は、収入の低い中小・小規模企業の事業主やそこで働く従業員、その家族であり、財政基盤は脆弱であるため、国庫の補助が必要という理屈です。

但し、独自の健康保険組合を解散させた企業も、従業員を協会けんぽへの加入させることは可能です。

健康保険組合独自の保険料率が協会けんぽと同じになれば、はっきり言って独自の健康保険組合を運営している意味はほとんど無くなります。

高齢者の医療費への拠出金が、団塊世代の後期高齢者入りによって更に増加していくことが想定されている中では、健康保険組合は次々に赤字に陥っていくでしょう。その際に、健康保険組合を解散し、協会けんぽへ移行する企業が相次ぐと筆者は想定しています。

筆者は、現時点の仕組みであれば健康保険組合は存続させる意味が低下してきていると考えています。全ての健康保険組合が解散し、協会けんぽに移行すれば、国庫補助が必要になります。この国庫補助は、元は税金ですので、高齢者からも消費税等で徴収されていることになります。結果としては、協会けんぽ加入者と健康保険組合加入者の間の不公平、高齢者と現役世代との不公平、そして世代間の負担のアンバランスが若干なりとも緩和される可能性があるのです

今の国の施策は「小手先の付け替えが多い」と筆者は認識しています。しかし、後期高齢者の急増による医療費増加は、もはや小手先では対応しきれません。現役世代も負担に限界を感じてくるでしょう。

もう、健康保険組合を全て解散して、公的な健康保険である協会けんぽに、みんなが加入することにしても良いのではないでしょうか。少なくとも健康保険組合を維持するメリットを企業は感じ無くなる日がすぐそこに迫っています。

全ての健康保険組合が解散することは、結果として「急増する医療費を誰が負担するのか」という国全体の問題を改めて考え直すきっかけとなります。ほとんどの健康保険組合を解散して協会けんぽに移せば良いという考えが、暴論であることは認識していますが、一考の価値はあるものと思います。