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健康保険組合の2020年度決算動向と今後の悲観的な見通し

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健康保険組合の連合組織である健康保険組合連合会(健保連)が、1,388組合の2020年度の決算集計を発表し、全体の33%にあたる458組合の決算が赤字となったことが判明しました。

新型コロナウィルス感染症の影響が大きかった宿泊・飲食業、生活関連サービス・娯楽業等で赤字が出ています。

企業が設立している健康保険組合の財政が厳しいとお聞きになったことがある方は多いでしょう。我々の毎月の給料から差し引かれる健康保険料は、上昇の一途をたどってきました。それでも赤字の健康保険組合は多いのです。

今回は、多くの労働者が加入する健康保険組合の現状を確認し、今後の方向性について考察していきたいと思います。

 

健康保険組合の決算概要

まずは、健康保険組合全体の2020年度決算状況を確認しましょう。

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(出所 健保連「令和2年度健康保険組合 決算見込状況について」)

2020年度(令和2年度)決算見込(1,388組合)の経常収支は、経常収入が8兆2,956億円(対前年度比▲0.8%)、経常支出が8兆4億円(同▲1.4%)で、収支差引額は2,952億円の黒字(前年度よりも黒字額増加)となりました。建国保険組合の財政が厳しいとされながらも黒字を確保したことになります。

黒字額増加の主な要因は、保険給付費2,113億円(対前年度比▲5.1%)の大幅な減少です。これは、感染拡大下での受診控えによる医療給付費の減少が大きく影響したと分析されています。加えて、新型コロナ感染拡大の影響を受け、保健事業費も181億円(同▲5.0%)減少しています。

一方で、保険給付費と並ぶ支出項目である拠出金は1,113億円(同+3.2%)増加しました。その主な内訳は、前期高齢者納付金が+840億円、後期高齢者支援金が+287億円となっています。

保険料収入については、前年度に比べて596億円(対前年度比▲0.7%)減少して8兆1,841億円となりました。

結果として、収入は減少し、高齢者医療費への納付・支援も増加しましたが、保険給付金の減少額の方が多く黒字額が増加したということになります。

尚、保険料収入については273億円が新型コロナ特例猶予等未収額(対象96組合)となっています。

 

業態別の決算状況

では、次に業態別の健康保険組合の決算(収支)状況を確認してみましょう。

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(出所 健保連「令和2年度健康保険組合 決算見込状況について」)

このように、決算状況を見ると、新型コロナの影響がに如実に出ていることが分かります。

業態別に経常収支差引額をみると、差引額が赤字となっているのは「繊維製品製造業」・「飲食用品小売業」・「宿泊業、飲食サービス業」・「生活関連サービス業、娯楽業」の4業態で、①宿泊業、飲食サービス業:▲41億円が最も高く、次いで、②生活関連サービス業、娯楽業:▲20億円、③飲食料品小売業:▲7億円、④繊維製品製造業:▲4億円となっています。

この業態によって収支差額に偏りが出る要因は、健康保険料が「給料に保険料率を乗算」して徴収されているからです。

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(出所 健保連「令和2年度健康保険組合 決算見込状況について」)

コロナ禍において、上記の通り「繊維製品製造業」・「運輸業」・「宿泊業、飲食サービス業」・「生活関連サービス業、娯楽業」の給料(≒標準報酬月額・標準賞与額)は大きな影響を受けました。

これが健康保険組合の決算に大きな影響を与えているのです。

(飲食用品小売業は給料に大きな変動はありませんが、もともとの健康保険組合財政が厳しく、すでに平均保険料が10.0%となっています)

 

2021年度の健康保険組合決算見込み

2020年度の健康保険組合の決算状況は、感染拡大下での受診控えによる医療給付費の減少により好転していました。

では2021年度はどのような予想になっているのでしょうか。

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(出所 健保連「令和2年度健康保険組合 決算見込状況について」)

上記のように、2021年度は一転して大幅な赤字に転落することが予想されています。

経常収入は8兆1,181億円(対前年度比▲2.7%)、経常支出は8兆6,279億円(同0.6%)で、収支差引額は、▲5,098億円の大幅な赤字となる見通しです。

赤字の主な要因は、保険料収入2,167億円、対前年度比▲2.6%の減少に加え、拠出金1,289億円、対前年度比3.6%の増加となったことによります。特に、前期高齢者納付金の伸びが著しく、対前年度比6.5%の1,007億円の増加となっています。

2021年度も給料は増えない(減少する)ので、保険料収入は減少します。一方で、高齢化は止まらず、国から求められている高齢者医療費への納付・支援金が高齢者の増加に伴い増加します。これによって、赤字額が増加するのです。

元々、この流れは不可避であり、2020年度は「感染拡大下でたまたま」医療機関への受診控えが起き、健康保険組合の財政が一時的に改善したにすぎません。

 

今後の動向

健康保険組合の決算・財政が改善する見通しは、今後も全くありません。

団塊の世代が75歳以上になる2022年度からは高齢者拠出金が急増し、赤字が拡大する見通しです。

健康保険組合は、加入者が使う医療費への支出は約半分しかありません。もう半分は、高齢者のための拠出金であり、現役世代が高齢者を支援している構図は、公的年金と同様で健康保険組合でも変わらないのです。

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(出所 健保連「令和2年度健康保険組合 決算見込状況について」)

では、健康保険組合の財政を改善するためにはどのような選択肢があるのでしょうか。

一つは、加入者の医療費を更に削減させていくことです。高齢者の医療費を支えるために、現役世代である加入者の医療費を削減させていくというのは、少しおかしなことに感じるかもしれませんが、ほとんどの健康保険組合が自助努力という形で、加入者の健康を増進させ、保険給付費(支出)を抑制しようとしています。

次の選択肢は、簡単には取れない選択肢であり、健康保険組合の範疇を超え企業経営そのものへの影響がありますが、加入者の給料を増やすことです。健康保険組合の健康保険料は、「給料×保険料率」です。給料が増加すれば健康保険組合の財政は改善します。但し、この給料増加という選択肢は、簡単には取り得ないでしょう(だから政治家が選挙で叫んでいるのです)。

そこで出てくる選択肢は、保険料の引き上げです。但し、この保険料の引き上げという選択肢は限界に近くなってきています。

以下は業態別平均保険料率のグラフです。

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(出所 健保連「令和2年度健康保険組合 決算見込状況について」)

このように、平均保険料率(実際に徴収されている保険料)は9.2%となっており、業態によっては10%以上となっている健康保険組合もあります。

この保険料が10%を超えたことは非常に大きなインパクトがあります。

協会けんぽ(正式名称=全国健康保険協会、旧政府管掌健康保険であり、自社の健康保険組合を持たない企業の従業員が加入する公的法人)の平均保険料率は10.0%です。

健康保険組合を企業が自前で設立する主なメリットは、健康保険料を独自で決められることです。組合財政が問題なければ、そして健康な加入者が多ければ、政府が実質的に運営する協会けんぽよりも割安の保険料で運営を出来ましたので、企業にとっても従業員にとってもメリットがありました。

ところが、健康保険組合は、今まで述べてきたように高齢者医療への拠出金で財政が悪化してきており、協会けんぽとの保険料率に違いがほとんど出なくなってきています。

協会けんぽは民間企業が設立した健康保険組合とは異なり、被保険者の保険給付費に対し国庫補助(現行16.4%)を受けています。この国庫補助の背景は、協会けんぽの加入者の大半は、収入の低い中小・小規模企業の事業主やそこで働く従業員、その家族であり、財政基盤は脆弱であるため、国庫の補助が必要という理屈です。

但し、独自の健康保険組合を解散させた企業も、従業員を協会けんぽへの加入させることは可能です。

健康保険組合独自の保険料率が協会けんぽと同じになれば、はっきり言って独自の健康保険組合を運営している意味はほとんど無くなります。そのため、保険料率を10%超にするぐらいなら、健康保険組合を解散した方がマシとなります。

健康保険組合の財政を改善する道筋は本当に見えないのです。

よって、筆者は、健康保険組合を解散し、協会けんぽへ移行する企業が相次ぐと想定しています。現時点の仕組みであれば健康保険組合は存続させる意味が低下してきているのです。全ての健康保険組合が解散し、協会けんぽに移行すれば、国庫補助が必要になります。この国庫補助は、元は税金ですので、高齢者からも消費税等で徴収されていることになります。結果としては、協会けんぽ加入者と健康保険組合加入者の間の不公平、高齢者と現役世代との不公平、そして世代間の負担のアンバランスが若干なりとも緩和される可能性があるのです。

日本は、少子高齢化に伴う様々な問題をとにかく先送りしてきたように思います。健康保険組合から徴収する拠出金という仕組みもその一つであり「取れるところから取る」ことになっています。

しかし、それにも限界が来ており、企業は自衛策のために健康保険組合の解散を真剣に検討しているはずです。

健康保険組合の動きは、これから数年間、非常に注目です。