銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

老後2,000万円不足するかは個々の世帯次第~重要なのは自身の将来像~

f:id:naoto0211:20190608224420j:plain

金融庁が発表した報告書が話題となっています。

定年退職後に公的年金に頼った生活をすると毎月約5万円の赤字が出るとの試算がなされ、長寿化により会社員が定年退職後に95歳まで生きると夫婦で2,000万円の資金が必要という報告内容です。

政府が実施した以前の年金制度改革は「100年安心」がうたい文句だったため、今回の報告書は「政府が年金制度の破綻を認めた」とも受け取れることになり、野党が批判を行っています。

では、金融庁の報告書の内容は具体的にはどのようなものなのでしょうか。

 

報道内容 

まず、全体像をつかむために新聞記事を引用します。

人生100年「2000万円不足」
2019/06/03 日経新聞

 金融庁は3日、人生100年時代を見据えた資産形成を促す報告書をまとめた。長寿化によって会社を定年退職した後の人生が延びるため、95歳まで生きるには夫婦で約2千万円の金融資産の取り崩しが必要になるとの試算を示した。公的年金制度に頼った生活設計だけでは資金不足に陥る可能性に触れ、長期・分散型の資産運用の重要性を強調した。
 金融審議会で報告書をまとめ、高齢社会の資産形成や管理、それに対応した金融サービスのあり方などを盛り込んだ。
 平均的な収入・支出の状況から年代ごとの金融資産の変化を推計。男性が65歳以上、女性が60歳以上の夫婦では、年金収入に頼った生活設計だと毎月約5万円の赤字が出るとはじいた。これから20年生きると1300万円、30年だと2千万円が不足するとした。
 長寿化が進む日本では現在60歳の人の25%は95歳まで生きるとの推計もある。報告書では現役時代から長期積立型で国内外の商品に分散投資することを推奨。定年を迎えたら退職金も有効活用して老後の人生に備えるよう求めた。

本件は、いわゆるサラリーマンが定年退職した事例となっており、公的年金だけでは不足するため、自助努力による備え(資産運用)を求めているとの報道となっています。 

 

金融庁の報告内容

金融審議会 市場ワーキング・グループが2019年6月に発表した報告書 「高齢社会における資産形成・管理」が話題となっている報告書です。

当該報告書は、日本における高齢化の現状、金融資産の状況、資産寿命を延ばす重要性と資産運用、認知・判断能力低下への備え等、広範な内容となっています。

その中で、野党やマスコミが取り上げているのが「老後の収入と支出」です。

以下で報告書の原文を確認しましょう。(図表については重要部分だけ抜粋します)

<報告書「高齢社会における資産形成・管理」>

(2)収入・支出の状況
ア.平均的収入・支出
わが国では、バブル崩壊以降、「失われた 20 年」とも呼ばれる景気停滞の中、賃金も長く伸び悩んできた。年齢層別に見ても、時系列で見ても、高齢の世帯を含む各世代の収入は全体的に低下傾向となっている。公的年金の水準については、今後調整されていくことが見込まれているとともに、税・保険料の負担も年々増加しており、少子高齢化を踏まえると、今後もこの傾向は一層強まることが見込まれる。

f:id:naoto0211:20190608224925j:plain

支出もほぼ収入と連動しており、過去と比較して大きく伸びていない。
年齢層別に見ると、30 代半ばから 50 代にかけて、過去と比較して低下が顕著であり、65 歳以上においては、過去と比較してほぼ横ばいの傾向が見られる。
60 代以上の支出を詳しく見てみると、現役期と比べて、2~3割程度減少しており、これは時系列で見ても同様である。

しかし、収入も年金給付に移行するなどで減少しているため、高齢夫婦無職世帯の平均的な姿で見ると、毎月の赤字額は約5万円となっている。この毎月の赤字額は自身が保有する金融資産より補填することとなる。

f:id:naoto0211:20190608224724j:plain(出所:金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」令和元年6月3日 ※図表は厚生労働省資料)

この報告書はあくまで世帯における家計の平均を示したものになります。

ニュースで話題になっているのは毎月5万円の赤字もしくは預金2,000万円が必要というものですが、これは個々の世帯によって事情は変わってくるでしょう。

例えば分かりやすい例だと、自宅が賃借だったら話は変わってくるでしょう。また、戸建かマンション(駐車場代、修繕積立や管理費が発生)でも大きく異なります。

以下で、もう一度支出の項目を記載します。

  • 食料 64,444円
  • 住居 13,656円
  • 光熱・水道 19,267円
  • 家具・家事用品 9,405円
  • 被服・履物 6,497円
  • 保険医療 15,512円
  • 交通・通信 27,576円
  • 教育 15円
  • 教養娯楽 25,077円
  • その他消費支出 54,028円
  • 非消費支出(※税金や社会保険料など原則として世帯の自由にならない支出) 28,240円
  • 合計 263,718円(うち消費支出235,477円)

この支出一覧を見ると、住居費と保険医療費が特に世帯の置かれている状況において変動する可能性があるのかもしれません(教養娯楽は抑制できるため考慮外)。

今回の騒動については、報道に踊らされず、自身の世帯にとっての支出を冷静に確認してみることが良いでしょう。

金融庁の報告書が「おかしなこと」を突然説明した訳ではありません。厚生労働省や総務省が今まで公表してきたことを分かりやすく統合しただけです。

日本においては、支給されている公的年金の平均だけでは現状の平均した家計支出を賄えないという既に当たり前になっている事実を指摘しただけなのです。

 

所見

日本の年金制度が問題を抱えていること自体は間違いありません。年金制度の根本は「世代間扶養」です。

公的年金制度は、いま働いている世代(現役世代)が支払った保険料を仕送りのように高齢者などの年金給付に充てるという「世代と世代の支え合い」という考え方(賦課方式)を基本とした財政方式で運営されています(保険料収入以外にも、年金積立金や税金が年金給付に充てられていますが)。

公的年金制度は、基本的に日本国内に住む20歳から60歳の全ての人が保険料を納め、その保険料を高齢者などへ年金として給付する仕組みとして成り立っているのです。

少子高齢化が進めば、すなわち保険料を納める世代の数が、保険料を受け取る世代の数との比較で割合が小さくなれば、年金制度の財政が厳しくなるのは当たり前です。

筆者は、この点について政府に期待しすぎることも、頼りすぎることも意味は無いと考えています。

もちろん少子化は問題です。高齢者の医療費は上昇が止まりませんので国家財政は厳しくなってきています。出生率の向上や海外からの移民受け入れ、医療費の抑制等が、これからも政策として出されていくでしょう。しかし、根本的な問題は簡単には解決しません。かなり前から少子高齢化の問題は指摘されていたのにです。

したがって、本件の問題は個々人が自身の世帯を守り、運営していくために、どのようにすべきかということを考えるきっかけとすれば良いのです。資産の運用も重要ですし、支出の見直しも重要です。そして何より大事なのは、働く期間を少しでも伸ばすことでしょう。将来、インフレが起きたとしてもその時点で働いていれば、収入はインフレに対応できます。

この騒動を見て「政治家はけしからん」「マスコミは何も分かっていない」と考える前に、自身の家計や将来像を確認することが最も生産的かもしれません。