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「上級国民」という言葉にみる日本の分断

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「上級国民」という言葉を聞く機会が増えました。

池袋高齢者暴走事故と呼ばれる2019年4月に東池袋で発生した自動車暴走死傷事故から、上級国民という言葉は一般化したように筆者は感じます。

今回は上級国民という言葉について資産や収入という観点から少し考えてみましょう。

 

上級国民の定義

上級国民の定義は、現時点では曖昧だと思われます。それでもニコニコ大百科の説明をまずは確認します。

上級国民(じょうきゅうこくみん)とは、一般国民と対をなす、日本国民の身分を表す概念のひとつである。

<概要>
上級国民という言葉は、一般国民に対してそれ以外の(特別な)国民がいるかのような発言を受けて、それを皮肉るために生まれた単語(ネットスラング)である。東京オリンピックエンブレム騒動を発端とし、主に2ちゃんねるの嫌儲板を中心として発祥した。

当初は(デザインに精通している)専門家側の上から目線の言葉を皮肉るために用いられたが、その後は上級国民という言葉の連想から、政治家や役人、資産家などのセレブリティ層を批判的な意味合いにて指し示すようにも用いられるようになった。

(出所 ニコニコ大百科https://dic.nicovideo.jp/t/a/%E4%B8%8A%E7%B4%9A%E5%9B%BD%E6%B0%91

上記のように言葉が使われるようになっていた中で、さらに池袋高齢者暴走事故での加害者が現行犯逮捕されず、報道で「容疑者」ではなく「さん」「元院長」などの呼称が使われたのが元官僚という「上級国民」だからだ、という憶測が広がりました。

 

資産の面における「上級国民」

野村総合研究所は、預貯金、株式、債券、投資信託、一時払い生命保険や年金保険など、世帯として保有する金融資産の合計額から負債を差し引いた「純金融資産保有額」を基に、総世帯を5つの階層に分類しています。

<純金融資産保有額の階層別にみた保有資産規模と世帯数>

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<純金融資産保有額の階層別にみた保有資産規模と世帯数の推移
(2000年~2017年の推計結果)>

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(出所 野村総合研究所ニュースリリース/日本の富裕層は127万世帯、純金融資産総額は299兆円と推計 https://www.nri.com/jp/news/newsrelease/lst/2018/cc/1218_1

純金融資産保有額が1億円以上5億円未満の「富裕層」、および同5億円以上の「超富裕層」を合わせると126.7万世帯で、内訳は、富裕層が118.3万世帯、超富裕層が8.4万世帯となっており、この2つの「階層」、すなわち全世帯の2.4%程度が資産面での「上級国民」と言えるかもしれません。

なお、保有資産規模と世帯数の推移を見ると以下がポイントとなるでしょう。

  • 超富裕層は2000年から2017年までに世帯数は+27%増加し、純金融資産は+95%増加。
  • 富裕層は2000年から2017年までに世帯数は+54%増加し、純金融資産は+68%増加。
  • マス層は2000年から2017年までに世帯数は+12%増加し、純金融資産は+34%増加。

すなわち、超富裕層は世帯数の増加以上に純金融資産を増加させており、これは少なくともマス層の増加率よりは大きいということが言えます。そして富裕層の世帯数が大幅に増加しています。

この要因は様々に考えられますが、アベノミクスがスタートして以降の株価の上昇、不動産価格の上昇等から、超富裕層は恩恵を受け、また準富裕層から富裕層への移行が進んだものと想定されます。

一方で、マス層は株価の上昇や不動産価格の上昇の恩恵はあまり受けていない可能性が高いと思われます。

資産という切り口では、日本の世帯はマス層(一般国民)とそれ以外(上級国民)に差がついてきていると言えるのではないでしょうか。

 

収入の面における「上級国民」

次に収入面での世帯別の割合についても確認しておきましょう。

厚生労働省の「平成29年 国民生活基礎調査の概況」によると、年間の世帯平均所得金額は560万2千円で、平均以下の世帯数は61.5%です。そして、データの「真ん中」を示す中央値(「一般人の感覚に近い」と言えます)は442万円です。
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(出所 厚生労働省「平成29年 国民生活基礎調査の概況」)

平均以下の世帯数が61.5%存在し、中央値が平均値よりも低いということは、単純に言えば、低所得世帯数が多い、高所得層によって平均所得がかさ上げされているということを示しています。

世帯年収が1,000万円以上の世帯は全体の12.6%あり、印象よりは多いかもしれませんが、共働き世帯の増加が要因と思われます。

尚、世帯年収が1,600万円以上の世帯は全体の2.6%です。資産における超富裕層、富裕層の合計は2.4%でしたので、同じような目線でみれば世帯収入が1,600万円以上の世帯が「上級国民」と言えるのかもしれません。

 

私見

以上、世帯の資産と収入を確認してきました。

筆者は「上級国民」という言葉を聞いた時に「日本国民の分断」を感じ、その要因が「世帯資産・収入の二極化」もしくは「生活が苦しい世帯の増加」にあるものと考えました。

今回は、単純化して「国民の分断」を見たかったため、世帯資産と収入という2つの要素しか確認していません。

しかし、健康保険料や年金保険料の上昇等によって、会社の従業員の手取りが減少し、そして家賃や教育費等の生活コストが高くなってきたこと等から、実態上として生活に余裕がなくなってきた世帯が増加しているものと思われます。

また、正社員と契約社員に代表されるように会社の従業員の間では収入の格差があることがスポットライトを浴びてきました。就職氷河期世代の就職支援も(今更ながら)実施されることになりました。

そして、日本では年金の受給額等の世代格差がニュースになるように、少子高齢化により世代間格差もしくは世代間分断も発生しつつあります。

2019年の台風19号で浸水が発生した武蔵小杉のタワーマンションの居住者に対してネットで様々な言説が上がったことも記憶に新しいところでしょう。

日本では国民の間で分断が進行しているのではないでしょうか。

「上級国民」という言葉には、この分断を肌感覚で感じ取ってきた様々な人々の思いが込められているように筆者は感じます。

上級国民という言葉が、いつの間にか忘れられていることを、分断が進行しないことを強く、強く願います。