銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

年金はなぜ世代間の扶養なのか?~自分の支払った分ぐらいは確保したい人に~

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金融庁の金融審議会が発表した「高齢社会における資産形成・管理」の報告書の内容に、政治家やマスコミ等の非難の声が殺到しています。

この報告書によれば、年金だけでは老後の資金を賄うことができないため、95歳まで生きると夫婦で2,000万円の蓄えが必要になるとされており、これが非難の矛先となっています。また、野党からは「年金100年安心とは何だったのか」との疑問が呈されおり、国民の関心も高まりつつあるのではないでしょうか。

そこで一つの素朴な疑問がわきます。

なぜ、年金制度はここまで注目を浴びているのでしょうか。国民は多額の年金保険料を納めているのに、将来もらえる年金額が少なく、払い損となると言われているからでしょうか。それとも、年金だけでは老後を暮らしていけないと漠然と感じているからでしょうか。日本における高齢者の割合が高くなりすぎ、現役世代が老人を支えきれなくなると考えているからでしょうか。

そもそも、個人が支払った年金の保険料を個人毎に積み立てしておけば、払った人だけが払った分だけは確実に年金をもらえることになり、当然ながら年金制度の持続可能性は高くなるのではないでしょうか。

今回は、日本における年金制度について簡単に見ていくことにしましょう。

 

賦課方式と積立方式

賦課方式と積立方式という言葉を聞いたことがあるでしょうか。少しなじみの無い用語かもしれません。

これは年金財政の運営方式です。

現在の日本の公的年金は、基本的に「賦課方式」で運営されており、現役世代が納めた保険料は、そのときの年金受給者への支払いにあてられています。

すなわち、読者の皆さんが現在払っている年金保険料は自分の世代のためではなく、現在の年金受給者(≒高齢者)のために支払っているのです。現在の年金制度は、社会全体で高齢者を扶養をする仕組みということなのです。ある意味では、仕送りと同じです。

これを聞くと、読者によっては、どことなく不公平を感じるのではないでしょうか。

今の年金受給世代は良いとして、少子高齢化となる自分達の世代はどのようになるのだろうかと不安を感じるかもしれません。

なぜ、このような賦課方式が採用されているのでしょうか。まずは賦課方式と積立方式について確認しておきましょう。以下は厚生労働省「平成26年財政検証結果レポート」における説明です。

 

<賦課方式>
賦課方式とは、年金給付に必要な費用を、その都度、被保険者(加入者)からの保険料で賄っていく財政方式である。保険料(率)は受給者と被保険者(加入者)の人数比に依存するので、将来に向けて、受給者数や被保険者(加入者)数が変化していけば、その影響をそのまま受けることとなる。したがって、我が国のように少子高齢化が進行すれば、人口構成の変化に伴い、保険料(率)は上昇することとなる。
一方、賃金や物価の上昇に対応して年金額を改定した場合には、保険料収入も賃金の上昇に従って大きくなるという意味で、保険料(率)はあまり影響を受けないこととなる。また、積立金を保有していないことから、金利変動があったとしても保険料(率)は影響を受けない。
賦課方式の場合、制度発足当初は、一般的に、受給者数の被保険者(加入者)数に対する比率が小さいことから低い保険料(率)ですむものの、時間の経過とともに年金給付費は増加し、保険料(率)もそれにあわせて引き上げていくこととなる。さらに、実際には、制度発足当初において高い年齢で制度に加入した者については少額の保険料負担で一定水準の年金給付を支給することが多いことから、生涯を通じた平均的な給付額と保険料負担額の比率については、世代によって差が生じることとなる。

 

<積立方式>
積立方式とは、将来の年金給付に必要な原資をあらかじめ保険料で積み立てていく財政方式である。積立方式の場合、将来、受給者・被保険者(加入者)の年齢構成や利回り等が見通しどおりに推移する限り、人口の高齢化が進んでも保険料(率)を変更する必要は生じない。
最終的には、年金給付を保険料と積立金からの運用収入により賄う仕組みであり、保険料(率)は実質的な利回り(利回りと年金改定率の差)に依存する。このことから、将来に向けて、予想していた以上に賃金や物価が上昇し、それに伴い年金額が改定された場合でも、その上昇に見合った利回りの上昇があれば、保険料(率)はあまり影響を受けないこととなる。もっとも、利回りの上昇が賃金や物価の上昇に及ばない場合には、その差から積立不足が生じ、この不足分については、例えばそれ以降の被保険者(加入者)が保険料により負担することとなる。
年金給付費は、一般的に、制度発足後、時間の経過とともに増加するが、積立方式の場合、制度発足当初から将来の給付に見合った水準の保険料(率)としていることから、当初の保険料(率)は賦課方式の場合よりも高いが、見通し通り推移すれば保険料(率)を引き上げていく必要はなく、最終的には、積立金からの運用収入の分だけ保険料(率)は賦課方式の場合よりも低くなることとなる。

また、生涯を通じた平均的な給付額と保険料負担額の比率が、世代により大きく異なることはない。

(出所 厚生労働省「平成26年財政検証結果レポート」)

 

以上を見ると少子高齢化が進む我が国では、積立方式こそ採用すべきだったのではないかと考える方もいるのではないでしょうか。

 

賦課方式が採用された理由

日本の年金制度は本来は積立方式でした。

積立方式は年金財政を安定化させることはできます。しかし、積立方式はインフレによる積立金の実質価値の減価という問題を抱えています。実質的に積立金の価値が下がってしまえば、年金受給者の老後は厳しいものになります。

高度経済成長期には、インフレにより積立金の価値が目減りしていくこと、そして人口増加があり、賦課方式にすれば現役世代の年金保険料も低く抑えられ、年金受給者への給付も高いという、双方にとってメリットがありました。

1950年代は現役世代10人に対し年金受給世代は1人だったので、賦課方式への移行は政治的にも正解だったのです。

 

これからの年金制度

以上見てきたように賦課方式はインフレかつ人口増加の右肩上がりの時代にフィットしている制度です。

現代は賦課方式の問題点に焦点が当たる時代と言えます。

では、年金制度を積立方式に移行出来ないのでしょうか。

ここで出てくるのが『二重の負担』問題です。すなわち年金制度を賦課方式から積立方式に切り替える場合、切り替え時の現役世代が自らの将来の年金の積立てに加えて、その時の年金受給世代の年金分も負担する必要が出てきます。

この年金受給世代の年金は国が借金をして対応することも可能でしょうが、国の借金となれば結局は将来の世代がこの借金を返すことになります。このため、積立方式への移行は簡単ではないのです。

現在の年金制度は、純粋な賦課方式ではありません。一定の「年金積立金」を保有し、それを活用することで、少子高齢化の影響を軽減するようにしています。積立方式も合わせた修正賦課方式と言えるでしょう。政府も何とか対応しようとはしているのです。

現在の年金制度が100年安心かは筆者には確証が持てません(但し、財政検証では前提通りならば持続可能となっています)。

しかし、政治的には賦課方式は年金保険料の納付者から納得感を得ることは更に難しくなってくるでしょう。

財政の安定性と納付者の納得性から、年金制度は、積立方式の要素を更に取り入れていくしかないのではないでしょうか。

しかし、国にお金が無い以上、「老後の安心」をこれからの世代が感じることは難しいでしょう。年金の受給者も納付者も皆が痛みを分け合わなければならないのです。やはり、自助の準備は必要だと筆者は考えます。