銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

金融庁長官が多くの地銀の上場を無意味だと考えている現実と真の問題

f:id:naoto0211:20190604211854j:plain

地方銀行(地銀)の経営難が様々な機関や報道から指摘されて久しい状況にあります。

直近では金融庁の遠藤長官が地銀について厳しい認識を示しました。

今回は、この金融庁長官の発言について簡単に考えてみたいと思います。

 

報道内容

まずは直近の金融庁長官の発言を確認しましょう。以下、日経新聞の記事を引用します。 

地銀改革「経営者は一歩を」 遠藤金融庁長官が講演
2019/06/03 日経新聞

 金融庁の遠藤俊英長官は日本経済新聞社主催のイベントで、厳しい状況が続く地方銀行について「統合は解決策ではなく時間稼ぎだ。持続可能なビジネスを追求しないといけない」と語った。支店の統廃合によるスリム化など「動き出すことで次の一手が見える。経営者がリーダーシップを発揮し一歩を踏み出してほしい」と呼びかけた。
 5月29日に都内で開かれたニュース解説イベント「日経緊急解説Live!」に登壇し、金融行政の現状と今後について説明した。
 辛うじて得た利益を配当に回す地銀に対して、遠藤長官が「本末転倒ではないか。次のビジネスや地域、顧客に還元する方が優先順位が高いのではないか」と問うたやり取りを紹介。「経営の判断に尽きる」としつつも「地銀の頭取と議論していて上場しているメリットは感じられない」という考えを示した。

(以下略)

かなり遠藤長官の発言は厳しいものです。

金融庁や次に述べる日本銀行(日銀)といった金融当局は、地銀の上場について「思うところがある」ということが如実に表れていると言えるでしょう。

 

日銀の金融システムリポート

金融庁の長官は上記の通り、地銀の上場もしくは資本政策について厳しい見方をしています。加えて、日銀も地銀の資本政策について厳しい見方をしています。

以下、2019年4月に発表された日銀の金融システムリポートから日銀の考え方が表れている部分を抜粋します。 

⾦融機関の収益⼒に関する株式市場の評価(1)

  • ⽇本の地域銀⾏のPBR(株価純資産倍率)をみると、1990年代に⼤幅に低下した後、振れを伴いつつも2000年代後半から再び緩やかに低下しており、近年は1倍を⼤きく割り込む0.5倍程度の⽔準で低迷している。
  • 近年の地域銀⾏では、ROEが時系列的にみて相応に⾼い⽔準を続けているにもかかわらず、PBRは低下を続けており、これには、資⾦利益の⻑期的な減少トレンドや有借⾦企業数の継続的な減少、低⾦利の⻑期化が押し下げ要因として⼤きく働いている。

(参考3)適切な資本政策の実施:⾃⼰資本⽐率と収益配分

  • 地域⾦融機関における⾃⼰資本⽐率の低下には、リスクアセットの拡⼤に⾒合った収益を計上しにくくなっていることに加え、収益が配当や⾃⼰株式取得を通じて社外へ流出していることも影響。
  • 近年、上場株式会社である地域銀⾏を中⼼に、株主還元に対する意識の⾼まりから、収益⼒の低下にもかかわらず安定配当を重視する結果として、配当性向が切り上がる先もみられる。
  • ⾦融機関が安全資産と認識される預⾦を主たる原資として信⽤仲介を⾏っていること、資⾦決済機能の提供も含めて幅広い経済活動を⽀えていることを踏まえると、⾦融機関の資本政策の決定に際しては、資本の効率性と同時に、資本の⼗分性にも適切に注意を払う必要がある。

(出所:⾦融システムレポート 概要/⽇本銀⾏ 2019年4⽉)

日銀の金融システムリポートは、収益力の低下にもかかわらず安定配当を重視する上場地銀の資本・配当政策について疑義を呈しています。要は、安定性もしっかりと注意すべきということです。

この金融システムリポートについての日経新聞の記事(2019/5/23)には「株式を上場している意味を含めて問い直して欲しい」という日銀幹部のコメントが掲載されています。

金融庁も日銀も地銀の資本政策、上場の意味について疑問を持っているということなのです。

 

所見

金融庁や日銀の問題意識のように地銀が資本政策を考える必要があるのは間違いないでしょう。PBRが0.5倍程度と株価が低迷しているということは、現時点で銀行を解散して株主に残余財産を配分した方が株主にとってはリターンが良いことを意味します。 

これは、地銀に限らず、PBRが低迷している経営者は常に突き付けられている問題です。

そういう意味では上場しているという事実を地銀の経営者は考えなければなりません。PBRが1倍を割れているということは、基本的には経営者として失格との烙印を押されているとも言えるかもしれないのです。

ただし、金融庁長官が、地銀の配当政策について「本末転倒ではないか。次のビジネスや地域、顧客に還元する方が優先順位が高いのではないか」と述べたことについては、筆者としては若干引っかかるものがあります。

まず、中長期で見た際の存続可能性が低くとも配当利回りが高いために地銀に投資している、すなわち配当で元本を回収できれば良いと考える投資家も存在するかもしれません。地銀の存続の安定性より、配当利回りを求めている投資家も存在するということであり、地銀の配当政策・資本政策が「本末転倒か」には様々な見方があるのです。株式市場には様々な投資スタイルの投資家が存在して初めて多様性が生まれ、流動性が生まれ、マーケットしての価値が高まるのです。

そして、文脈として理解が正しいかは分かりませんが、地銀が株主への配当を優先し、次のビジネスや地域・顧客に収益を回すことを劣後させている理由が「上場」ということにあると金融庁長官が考えている(「地銀の頭取と議論していて上場しているメリットは感じられない」)のであれば、この点については問題ではないかと思います。

上場をしていようと、非上場であろうと株主のために企業価値を最大にするように経営していくのが経営者です。上場だと株主のプレッシャーが強く配当を行わざるを得ず、非上場になると配当に資金を回さなくても良いと金融庁長官がイメージしているように感じさせてしまうことは、誤解を生むことになりかねません。上場だろうと、経営者がストーリーを語ることが出来れば、配当よりも投資等を優先することを株主は認めます。問題なのは地銀の経営者に将来に向けたストーリーが無いことなのです。

また、地銀の場合には、新たな業務領域・収益領域(例:アパートローン、不動産業への融資、カードローン、外国債への投資等)へ資金を振り向けようにも、金融庁・日銀が疑問を呈してきました。バブル崩壊以降の不良債権処理への行政裁量・指導の影響もあり、地銀はどこも同じような経営を志向してきました。そして収益が上がらず、株価は低迷しています。すなわち、金融庁や日銀の指導したように経営しても地銀は上手くいかないと株式市場は評価しているということなのです。

地銀の経営は岐路を迎えています。上場政策・配当政策・資本政策も含め、金融当局の指導により他行と「同調」していくのではなく、各行に合った経営戦略を立て、自行を差異化した銀行のみが、今後は生き残っていく可能性は高いのではないでしょうか。地銀の経営者にはかなりの覚悟が必要となっているのです。