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新卒一括採用を縮小していくことは、企業の終身雇用放棄の裏返し

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日本企業にとって当たり前だった新卒一括採用の慣行が見直される方向となってきました。

経済界(経団連)と大学が採用と教育について継続的に議論する初の枠組みとして設置した「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」にて今後のアクションも含めて様々な議論がなされています。

今回は、新卒一括採用という日本独特の慣行について、今後の動向を確認していきましょう。

 

報道内容

まずは、経団連と大学における議論の概要を確認しましょう。以下新聞記事を引用します。

経団連と大学、専門人材中心に通年採用を拡大へ 新卒一括偏重を見直し
2019/4/22 産経新聞

 採用と教育の在り方を検討してきた経団連と大学による産学協議会は22日、春の新卒一括採用に偏りすぎている慣行を見直し、専門人材を中心に通年採用の拡大など多様な採用形態を進める方針で一致した。今後、作業部会を設置して、学業への影響を点検するとともに、留学の奨励なども検討する。

 協議会が同日発表した中間報告では、新卒一括採用から、能力重視の通年採用など「多様な雇用形態に秩序をもって移行すべきだ」と明記した。

 企業が、ITを活用した金融サービス「フィンテック」への参入など高度な技術・知識が必要な人材を採用する必要に迫られていることに対応した。学生も留学などで卒業時期が多様化する中、学業を優先しやすくなる利点がある。

 経団連の中西宏明会長は「多様性に向け、いろいろな働き方の仕組みを検討したい」と述べ、終身雇用や中途採用を含め、日本の雇用体系全体の働き方の見直しにつなげたいとの認識を示した。

 大学側の就職問題懇談会の山口宏樹座長(埼玉大学学長)は「ルールなしではなく、多様なルールになる」と話した。

 協議会は、経済界と大学が採用と教育について継続的に議論する初の枠組みとして今年1月に設置。経団連が昨秋、令和2(2020)年春入社を最後に就活ルールの廃止を決定した際、採用の在り方や大学教育見直しの必要性も含め、検討することになった。

この産学協議会の合意が日本全体にどこまで浸透していくかは未知数ですが、方向性として新卒一括採用から能力重視の通年採用に切り替わっていく可能性は高いでしょう。また、終身雇用の終了等、働き方の見直しにつなげていくことも経団連側は示しています。

それでは、以下でもう少し詳しく見ていくことにしましょう。

 

新卒一括採用とは

新卒一括採用とは、新卒者を対象として原則的には決められた期間にのみ求人を行い、採用試験・面接を新卒者の在学中に実施した上で内定を出し、新卒者の卒業後すぐに入社させるという日本独自の雇用慣行をいいます。

この制度全体の説明は今回省きますが、人手不足を補うために企業が在学中から採用を始めたことにより新卒一括採用が定着しています。

すなわち、新卒一括採用は人手不足・人材不足が背景にあったのです。

新卒一括採用は「終身雇用」「年功序列」という日本的雇用制度の一環といえます。新卒一括採用を行う企業は、長期的な教育を行い(従業員に長期的な成長を求め)、それを支えるための前提条件として「終身雇用」を約束し、そして長期的教育・成長の報酬として「年功序列」を約束してきました。

<企業のメリット>

  • 就活解禁日に一斉に採用活動を始まるため、決まった時期に採用活動が可能となり効率が良い(説明会、試験、面接等)
  • 入社日が一律であることによる新入社員研修の一斉実施(効率化)・教育効果の横比較容易化
  • 採用年次毎に人事評価・制度を構築できるため、人事評価の横串し、初任給・福利厚生制度変更が容易
  • 同期社員間の競争による成長への期待
  • 他社を経験していないことによる組織への(無批判な)忠誠心の醸成、企業文化の受け入れ、組織への同化

このように新卒一括採用は、人手不足の時代に成立し、大量の採用を行う企業にとっては有利な採用形態と言えます。従業員個々人に合わせた採用(その後の教育)ではなく、大量に人手を確保するという企業の事情に合わせた採用なのです。

では、なぜ企業は新卒一括採用をやめたいと考えているのでしょうか。 

 

新卒一括採用の問題点

一般的に言われている新卒一括採用のデメリットは以下となります。

  • 就職活動の早期化による学生の大学での勉強が疎かになってしまう弊害
  • 景気による採用の変動により採用数が大幅に変動し、年功序列を前提とすると実際の人事制度との整合性が取れなくなること、年次による従業員数の偏りが出てしまうこと
  • 海外留学をしている学生や病気で就職活動が出来なかった学生等の潜在的優秀な層に対して企業が採用活動でアプローチできないこと
  • 機会平等の原則に反すること(新卒で入社出来ないと特に大企業への入社が厳しくなり、例えば就職氷河期の新卒者は長期的な教育の機会が得られない等)※あくまで学生・従業員側からの目線
  • 新卒での就職活動が失敗した場合には「人生が失敗した」と学生が感じてしまう可能性があること(挽回できない社会)
  • 転職市場が発達しないこと(これは終身雇用・年功序列制度と同様の問題)

では、このような新卒一括採用のメリット・デメリットを考慮し、今後の企業における採用はどのような方向に向かうのでしょうか。

 

今後の動向

前述の「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」にて新卒一括採用および日本の大学教育についての問題意識が議論されています。まずはこの議論内容を確認してみましょう。 

<第1回産学協議会(1/31)における主な発言>
  • 問題意識は、採用スケジュールだけでなく、今後の日本を支えて国際社会で活躍できる人材育成のための大学教育や中長期的な採用のあり方。
  • Society 5.0時代には、専門知識のほかに、文理の枠を超えた幅広い教養と数学や情報科学等の基礎的素養を、全ての大学生が身につけることが期待される。
  • 一方、企業も、これまで学生に求める具体的な能力やキャリア形成に対する考え方を大学や社会に明確に発信してこなかった点は反省すべき。
  • 従来の新卒一括採用・終身雇用制度の限界が顕在化し、 求める人材が多様化するなか、採用のあり方を再検討する必要がある。学生にも「就社」ではなく「就職」の意識が必要。

⇒ Society5.0時代の人材育成に向け、「多様性」をキーワードに産学の連携強化を図ることで一致。 分科会で具体的なアクションプランを検討。

(出典:中間とりまとめと共同提言 -概 要-2019年4月22日/採用と大学教育の未来に関する産学協議会)

この議論でなされていることは、終身雇用制度の限界が顕在化しており、企業が求める多様な人材は企業内では育成できないということ、そして(終身雇用が出来ないために)学生には就社ではなく就職を求めるようになるということです。(もちろん企業側としては大学に対して文系・理系という枠を超えた人材育成を求めてもいます。)

なお、Society5.0とは以下のことをいいます。

<Society 5.0とは>
サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)。

狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く、新たな社会を指すもので、第5期科学技術基本計画において我が国が目指すべき未来社会の姿として初めて提唱されました。

これまでの情報社会(Society 4.0)では知識や情報が共有されず、分野横断的な連携が不十分であるという問題がありました。人が行う能力に限界があるため、あふれる情報から必要な情報を見つけて分析する作業が負担であったり、年齢や障害などによる労働や行動範囲に制約がありました。また、少子高齢化や地方の過疎化などの課題に対して様々な制約があり、十分に対応することが困難でした。

Society 5.0で実現する社会は、IoT(Internet of Things)で全ての人とモノがつながり、様々な知識や情報が共有され、今までにない新たな価値を生み出すことで、これらの課題や困難を克服します。また、人工知能(AI)により、必要な情報が必要な時に提供されるようになり、ロボットや自動走行車などの技術で、少子高齢化、地方の過疎化、貧富の格差などの課題が克服されます。社会の変革(イノベーション)を通じて、これまでの閉塞感を打破し、希望の持てる社会、世代を超えて互いに尊重し合あえる社会、一人一人が快適で活躍できる社会となります。

(出典:内閣府ホームページ)

企業が新卒一括採用時に採用者(新入社員)に期待しているのは、基本的にはポテンシャルです。すなわち、自社で長く勤める間に成長してくれることを前提としています。

しかし、上記で見たように、企業には長期的に人材を育成する余裕は無くなってきたと経営者が認識するようになってきました。そして、企業が求めている能力は今、この時点で欲しいものなのです。(IoTやAIの開発・活用等の能力)

そのため、企業は終身雇用をやめ、転職が一般的となり企業が必要な時に必要な人材を採用できるような「社会システム」を目指すようになってきたのです。企業内で人材を教育出来ない以上、大学や学生に求めるものは増加します。このような考え方を端的に表したものが以下の文書と言えるでしょう。

今後は、日本の長期にわたる雇用慣行となってきた新卒一括採用(メンバーシップ型採用) に加え、ジョブ型雇用を念頭に置いた採用(以下、ジョブ型採用)も含め、学生個人の意志に応じた、複線的で多様な採用形態に、秩序をもって移行すべきである。
採用・選考活動の早期化や長期化は、学生が密度の濃い学修や海外留学も含む多様な体験活動を行う際の阻害要因となる。学生の学修経験時間の確保を前提に、学生の主体的な選択や学修意欲の向上に資する就職・採用方法と、時代の要請に合致した質の高い大学教育を、企業と大学の共通理解によって実現していく必要がある。
 (出典:中間とりまとめと共同提言 2019年4月22日/採用と大学教育の未来に関する産学協議会)

新卒一括採用制度は、これからもある程度は残るかもしれません。しかし、学生が企業から求められるものは、より高い経験・学習成果・能力となる可能性が高くなります。インターン経験のみならず海外留学経験をも求められる可能性が高くなるのです。

そして、 企業は新卒一括採用と同時に終身雇用制度・年功序列制度を実質的に放棄・廃止していくでしょう。

筆者は、この流れ自体は止められないのではないかと考えています。そして基本的には止めなくて良いのではないかと考えています。誰もが挽回が出来る社会こそが活力ある社会となるポイントだと考えるからです。

デジタル時代、IoT時代、AI時代、様々な呼び方はあるかもしれませんが、現代においては企業が対応すべきビジネスのスピードは格段に上がりました。日本の大企業と言えども10年後に存続しているかは本当に分かりません。世界のマーケットが一体化していく中で、企業は過酷な競争にさらされています。「就社」した企業が倒産した場合は、個人にとっても非常に厳しいことになるのは歴史が証明しています。

新卒一括採用は上述の通り学生のポテンシャルを期待するものですが、 このような環境においては学生は自分の能力を高めて企業に売り込まなければなりません。大学は学生のニーズ(そして企業のニーズ)に合うように学生に学習の機会を用意しなければなりません。

但し、この新卒一括採用の縮小(もしくは経団連が言うように廃止)がなされた場合には、社会全体としての制度をしっかりと構築しておくことが必要です。

転職市場の整備、企業に大きく依存する社会厚生制度の再構築(年金、健康保険等)、社会人の教育機会の整備、解雇制度の再整備等がセットとなられなければ、大学を出た新卒者が大量に就職難民となってしまい、かつ企業の従業員が能力に見合わないというだけで大量に解雇される時代が到来するかもしれません。その場合には、社会不安につながります。

筆者にとっての心配事は、何らの上記手当がなされないまま、新卒一括採用や終身雇用だけが先行して廃止されていくことです。

この点については、経団連だろうと政府だろうとしっかりと将来の影響を考えて検討を行って欲しいと考えています。