新型コロナウィルス感染拡大の影響で企業の業績が悪化し、この春、就職予定だった高校生や大学生が内定を取り消されるケースが全国で報告されています。
そして、厚生労働省は3月19日、新型コロナウイルス感染症の影響を理由に、新卒者の採用内定を取り消す事例が、3月18日時点で13件21人となったと発表しました。
そもそも、会社業績が悪化したからといって、内定を取り消すことに問題はないのでしょうか。学生の人生に大きな影響を及ぼす内定取り消しについて、今回は確認してみましょう。
内定の法的性格
内定とは、一般的に企業から採用可として雇用契約の締結を約束されたことを言います。
採用内定の法的性格は事案により異なりますが、採用内定通知のほかには労働契約締結のため特段意思表示をすることが予定されていない場合には、採用内定により始期付解約権留保付労働契約が成立したと認められるとされています。
始期付解約権留保付労働契約とは、「始期付」とは、大学卒業後など労働契約が始まる期日が決まっていることを意味します。「解約権留保付」とは、入社するまでの間に、採用内定通知書や誓約書に定めた採用内定取消事由が生じた場合や学校を卒業できなかった場合には、労働契約を解約することができる旨の合意を含んでいます。しかし、あくまで労働契約としては成立しているのです。
そのため、採用内定取消は解雇に当たり、労契法16条の解雇権の濫用についての規定が適用され、「客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められない場合」には、権利を濫用したものとして解雇(採用内定取消)は無効となります。
解雇としての合理的な理由
採用内定の取消が有効とされるのはどのような場合でしょうか。
以下は厚生労働省のウェブサイトからの引用です。
採用内定取消が有効とされるのは、原則的には
①採用内定の取消事由が、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であること、
②この事実を理由として採用内定を取消すことが、解約権留保の趣旨、目的に照らして、解雇として客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができる場合(労契法16)
に限られると考えられます。上記①の事由について、具体的には、ⅰ契約の前提となる条件や資格の要件を満たさないとき、ⅱ健康状態の悪化、ⅲ重要な経歴詐称、ⅳ重要な必要書類を提出しないこと、ⅴその他の不適格事由などが考えられます。
さらに、経営状況の悪化による採用内定取消も考えられます。この場合については、基本的に整理解雇の場合に準じ、いわゆる整理解雇の4要素、すなわち①人員整理の必要性、②解雇回避の努力義務、③解雇対象者の選定の合理性、④手続の妥当性、を踏まえて、その有効性が判断されることになると考えられます。
(出所 厚生労働省ウェブサイト https://www.check-roudou.mhlw.go.jp/sp/qa/zigyonushi/koyou/q7.html)
整理解雇の4要素
経営状況の悪化による内定取消であったとしても、上記の通り整理解雇の4要素を踏まえて、有効性が判断されます。
この整理解雇の4要素とは以下の通りです。
- 経営上の必要性があり、人員削減が必要な状況であること
- 整理解雇を回避する方向で経営努力を行っていること
- 解雇する人選が客観的に見て合理的であること
- 労働組合や社員との協議を経て行うものであること
整理解雇の4要素は相当厳しい条件ではあります。
しかし、通常の従業員を解雇するよりは学生の内定取消は若干緩く認められるものと思われます。
すでに在職している従業員の雇用を守るために内定者の雇用を取り消すことは、採用内定者が未就労である以上、格別不合理ではないとされているためです。
よって、新型コロナウィルスの影響により、どうしても経営上必要あれば、内定取消が認められることはありえるかもしれません。
(ご参考)裁判例
内定取消についての有名な裁判例としては、大日本印刷事件(昭和54年7月20日最高裁判所第二小法廷)があります。
以下、ご参考までに要旨を記載しておきます。
裁判要旨
一 大学卒業予定者が、企業の求人募集に応募し、その入社試験に合格して採用内定の通知を受け、企業からの求めに応じて、大学卒業のうえは間違いなく入社する旨及び一定の取消事由があるときは採用内定を取り消されても異存がない旨を記載した誓約書を提出し、その後、企業から会社の近況報告その他のパンフレツトの送付を受けたり、企業からの指示により近況報告書を送付したなどのことがあり、他方、企業において、採用内定通知のほかには労働契約締結のための特段の意思表示をすることを予定していなかつたなど、判示の事実関係のもとにおいては、企業の求人募集に対する大学卒業予定者の応募は労働契約の申込であり、これに対する企業の採用内定通知は右申込に対する承諾であつて、誓約書の提出とあいまつて、これにより、大学卒業予定者と企業との間に、就労の始期を大学卒業の直後とし、それまでの間誓約書記載の採用内定取消事由に基づく解約権を留保した労働契約が成立したものと認めるのが相当である。
二 企業の留保解約権に基づく大学卒業予定者の採用内定の取消事由は、採用内定当時知ることができず、また、知ることが期待できないような事実であつて、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができるものに限られる。
(以下略)
(出所 最高裁判所判例集https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=52138)
所見
内定は企業の単なる口約束ではありません。
内定取り消しは、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められない場合は無効であるという認識は、企業も学生も持って欲しいと思います。
日本はまだまだ新卒一括採用という慣行が残っており、一度、就活に失敗すると厳しい国であることは間違いありません。1990年代半ばから2000年代前半に社会に出た就職氷河期世代が未だに問題とされていることは、その証左でしょう。
これからの社会を背負う若者には、内定取消という厳しい社会人スタートをきって欲しくはないものです。
感染が拡大する前に、人手不足を背景に人材確保に苦労した企業等が、内定が取り消された学生を採用しようという動きが全国で広がり始めているとも報道されています。筆者としては、期待したいと思います。