日本銀行の雨宮副総裁が現時点ではデジタル通貨の発行計画がないことを衆議院の予算委員会で述べたと報道されています。
なぜ、日本銀行はデジタル通貨を発行しないのでしょうか。日本政府がキャッシュレス化を進めている中で、デジタル通貨を中央銀行が発行すれば有効な方策となるのではないでしょうか。
今回はデジタル通貨について考察しましょう。
報道内容
まずは雨宮副総裁がどのような発言をしたのか、報道記事を確認します。以下でロイターの記事を引用します。
現段階で中銀によるデジタル通貨発行計画はない=雨宮日銀副総裁 Reuters 2019/02/27
[東京 27日 ロイター] - 日銀の雨宮正佳副総裁は27日の衆院予算委員会分科会に出席し「現段階でデジタル通貨を発行する計画は持っていない」と述べた。中谷一馬委員(立憲)の質問に答えた。
雨宮副総裁は、取引の効率化や安全な支払い手段の提供というメリットがある一方で、利用する技術が十分成熟しているか、安全性、信頼性、民間銀行の活動にどのような影響を与えるかなど検討課題も多く「慎重に検討していく必要がある」と指摘。そのうえで「海外におけるデジタル通貨を巡る検討の状況などを含め、新しい情報技術を活用した決済金融サービスの動向など、そうした技術の中央銀行業務や通貨への応用についても引き続きしっかりと検討していきたい」と述べた。
デジタル通貨によるメリットを試算することについては「現金は社会全体の幅広い主体によって使われている。コストを正確に把握することは難しい」とし、試算については幅を持ってみていくべきだと述べた。
なお、ここで議論されているデジタル通貨は仮想通貨(近時は暗号資産と金融庁等は名称を変えようとしています)のことではありません。
あくまで、日本の中央銀行である日本銀行が発行する法定通貨を差します。
では、日本銀行がデジタル通貨について何を考え、どのようなことに懸念点等を持っているのか、より詳しく見ていきましょう。
日本銀行の考え
日本銀行のデジタル通貨に対する考えはしばらく変わっていないと思われます。
以下の講演録が参考となります。
日本銀行を含め多くの中央銀行は、歴史的には、支払決済手段の濫立やこれに伴う混乱に対処するために誕生しました。すなわち、銀行券および中央銀行預金というファイナリティのある「中央銀行マネー」を一元的に供給する役割を与えられました。これにより成立した近代的な通貨制度は、中央銀行と民間銀行との「二層構造」を特徴としています。
現在、中央銀行は、銀行券と中央銀行預金の供給に特化する一方で、民間銀行はこれを核とする信用創造活動を通じて、広義マネーとしての預金通貨を供給しています。これにより、民間銀行は一般の人々に支払決済サービスを提供しながら、経済への資金配分の役割も担っている訳です。
このことを情報処理の観点からみると、中央銀行の登場により、それまでの、「数多くの支払決済手段の信頼性をいちいち調べなければいけない状況」から脱却することができました。支払決済システムにおける情報処理コストは大きく低減しました。同時に、民間銀行は自らの情報処理機能を通じて、資金の効率的配分に貢献してきました。このように、中央銀行と民間銀行による二層構造は、通貨制度の安定性と効率性を両立させる、歴史的知恵であったと言えます。
これに対して、中央銀行がデジタル通貨を自ら発行するとなると、単純化していえば、一般の家計や企業が中央銀行に直接口座を持つことになります。そうなると、只今申し述べた通貨制度の二層構造や、民間銀行を通じた資金仲介などに、大きな影響を及ぼす可能性があります。
情報の観点からみると、現在、中央銀行は、自らの口座へのアクセスを銀行等に限定することにより、「誰が何を買ったのか」といった取引情報の活用は民間に委ねています。一方で、支払決済システム全体の安定に必要な情報については、大口決済システムを通じて把握することができます。中央銀行デジタル通貨の発行は、こうした情報利用の構造にも影響し得るものです。
このように、情報技術の進歩に伴い、通貨制度や中央銀行インフラのあるべき姿、経済活動に付随する情報の活用のあり方といった根源的な問題が正面から問われることとなるでしょう。
(中略)
日本銀行は現時点で、自ら中央銀行デジタル通貨を発行する計画は持っていません。
(出所 日本銀行ホームページ 2018年4月16日【挨拶】デジタル時代と中央銀行IMF・金融庁・日本銀行共催 FinTechコンファレンスにおける挨拶の邦訳
http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2018/ko180416a.htm/)
法定通貨としてのデジタル通貨を中央銀行が発行する場合、最もシンプルなのは、中央銀行にそれぞれの通貨保有者が口座を持ち、中央銀行の口座間で資金の異動を行うことです。
このやり方は非常にシンプルですが、上記の日本銀行の講演録にあるように民間銀行の信用創造機能(貸出と預金の受入)はかなり縮小する可能性があります。
民間銀行には貸出の原資となる預金が集まらなくなるかもしれません。預金金利を引き上げなければ中央銀行から預金を移すインセンティブが預金者にはないでしょう。
そうなれば民間銀行は貸出の規模を維持できません。資金を回収することになっていくでしょう。これは借入人にとって、ひいては経済にとって非常に重要な問題を引き起こす可能性があります。
また、民間銀行の大きな収益となっている為替についても、中央銀行の口座異動で決済が行われるのであれば民間銀行の出番はごく限られたものとなるでしょう。
だからこそ、日本銀行は慎重な姿勢を示しているのです。
所見
銀行券の代わりに中央銀行(=日本銀行)が自らデジタル通貨を発行すべきとの意見はこれからも拡大していく可能性があります。
そのメリットとして、名目金利のゼロ制約を解消できること(現金がなくなれば全ての通貨を中央銀行が把握可能となり、現金という逃げ道が無くなるため、マイナス金利付与も可能となります)や、現金流通コストの削減を指摘する声があります。
しかし、広く利用されている現金を無くすことは決済インフラをむしろ不便にすると現時点で日本銀行は考えています(他の講演録より)。加えて、直近の北海道地震の際の事例のように「現金は電力に依存しない」ことも日本銀行は指摘しています。
そのため、紙幣・硬貨という現金を無くし、中央銀行が発行するデジタル通貨への移行を行うことは現時点ではないとしているのです。
筆者もこの考えに賛成です。現金という便利な決済手段は、その利便性と長らく使用されてきた歴史から様々な経済主体に利用されており、経済に深く組み込まれています。それを破壊するような施策は日本銀行も政府もすぐには選択出来ないでしょう。
これがデジタル通貨の現状です。