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日銀が中央銀行デジタル通貨の発行に向けて動く理由

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デジタル通貨の検討のため、日本銀行(日銀)がグループを新設したと報道されています。

デジタル通貨を導入するとどのような良いことがあるのでしょうか。

Suicaと何が違うのでしょうか。

そして、なぜ日銀はデジタル通貨を検討するのでしょうか。

今回はデジタル通貨について簡単に考察していくことにしましょう。

 

新聞記事

まず、直近の日銀の動きについて日経新聞の記事を引用します。

デジタル通貨の検討、日銀がグループ新設
2020/07/20 日経新聞

 日銀は20日、決済機構局内に「デジタル通貨グループ」を新設した。中央銀行の発行するデジタル通貨(CBDC)の検討を中心に、デジタル社会における最適な決済システムの構築を探る。10人程度が所属し、グループ長には局長級の奥野聡雄審議役が就いた。
 2月に同局内につくったCBDCの研究チームを改組し、正式な組織に格上げした。欧州中央銀行(ECB)など海外中銀と取り組むCBDCの共同研究も担当する。国内外でデジタル通貨を巡る議論が活発になるなか、日銀も発行をにらんだ準備を加速する。

このように日銀内では正式な組織を作り、中央銀行の発行するデジタル通貨の導入を準備し始めたことが分かります。

 

中央銀行デジタル通貨

デジタル通貨は「デジタルデータに変換された、通貨として利用可能なもの」と定義できます。

現金ではない、電子マネー(例:Suica)や仮想通貨・暗号資産(例:Bitcoin)といったものが、全て「デジタル通貨」にあてはまります。

電子マネーと仮想通貨・暗号資産は、法定通貨を基準としているかどうかに大きな違いがあります。

電子マネーはあくまで法定通貨の代替です。我々は、JRの駅で自動券売機に現金を入れてSuicaをチャージします。Suicaはまさに現金のように使えますが、我々はJR東日本にお金を渡し、その代わりにJRが発行するSuicaの「ポイント」を受け取っているようなものです。

一方、仮想通貨・暗号資産は、特定の国家によって価値を保証されてはいません。仮想通貨はユーザー同士が取引の承認を行うなど、国に依存しないシステムを構築しています。いわゆる非中央集権型の通貨を目指していることが多いのも特徴です。

中央銀行発行のデジタル通貨は、この仮想通貨・暗号資産の対極にあります。
中央銀行発行のデジタル通貨は“Central Bank Digital Currency”(CBDC)と呼ばれています。一般にCBDCとは、次の3つを満たすものであると言われています。
  • デジタル化されていること
  • 円などの法定通貨建てであること
  • 中央銀行の債務として発行されること

電子マネーとの違いは、CBDCは完全に現金と同じであることです。Suicaのような電子マネーは、民間が発行しています。法定通貨のように使えてはいますが、基本的には何らかの事象が起きた場合には、使えなくなってしまうかもしれません。

一方で、CBDCは中央銀行が流通を保証します。現在流通している紙幣(現金)と同じなのです。

 

CBDC導入のメリット

では、なぜ日銀のような中央銀行は、中央銀行発行のデジタル通貨(CBDC)を検討するのでしょうか。CBDCの導入メリットはどのようなものなのでしょうか。

導入メリットは以下の5点が指摘されることが多いでしょう。国際送金のコストが低減するかは現時点では不透明です。

  • 金融政策の有効性向上
  • 決済手段の乱立の解消
  • 市場の競争環境の維持
  • 現金流通・管理コストの削減
  • マネーロンダリングの防止、反社会的組織・テロ資金供与の防止

以下で、現金流通・管理コスト削減、マネーロンダリングの防止等以外の観点について簡単に触れます。(現金流通・管理コスト削減、マネーロンダリングの防止は分かりやすいので特段触れる必要な無いでしょう)

<金融政策の有効性向上>

CBDCの導入メリットの第一は、金融政策の有効性が向上するとされています。

例えば、マイナス金利の付与が分かりやすいでしょう。デジタル通貨であるCBDCは管理・把握が容易であり、金利付与(マイナスも含む)を一律で行うことが可能となるでしょう。これは特にマイナス金利の更なる深堀を考える中央銀行にとっては政策の実効性を向上させるための有効な手段といえるかもしれません。

但し、CBDCにマイナス金利を付与しても、ゼロ金利の「現金(紙幣や硬貨)」が残る限り、現金への資金シフトが起こるため、名目金利のゼロ制約を乗り越えるには、現金を完全に無くす必要があります。

<決済手段の乱立の解消>

中央銀行がCBDCを発行し、多くの消費者がこれを使うようになれば、キャッシュレス手段・規格・事業者が乱立した現状の解消につながる可能性があります。

<市場の競争環境の維持>

CBDCの発行が、リテール決済市場の競争環境の維持に寄与する可能性があります。中央銀行がキャッシュレス決済のプラットフォームを構築することによって、民間の決済事業者に対する競争圧力を維持するという考えです。

ある特定の事業者がリテール決済サービス市場で強い支配力を持つようになれば、価格体系の歪みやイノベーションの誘因低下を招く等、何か問題が生じた場合のシステミック・リスクが大きくなるなどの問題がでてくるかもしれないとされています。CBDCはそのリスクを低下させることになります。

 

CBDCのデメリット・課題

CBDCにも当然ながらデメリット・課題があります。

  • 取付騒ぎの加速(デメリット)
  • 銀行の信用創造力の低下(デメリット)
  • 中央銀行が扱うべき情報(個人情報含む)の範囲(課題)
  • 中央銀行が口座を提供する主体の範囲(課題)

<取付騒ぎの加速>
デジタル社会では、伝統的な銀行取り付けよりも急激な形で(インターネットやスマートフォンの操作一つで)、銀行預金から CBDC へ資金シフトが起こり、金融危機が加速するのではないかという懸念があります。資金移動が従前より更に簡単になるからです。

<銀行の信用創造力の低下>

CBDCの場合は、中央銀行に個人や企業が直接口座を持つことが想定されます。その場合、銀行は信用創造が難しくなるかもしれません。銀行は預金を受け入れ、その一部を残して貸出に回します。その貸出金の一部が滞留して銀行に預金で預けられ、それをまた貸出しています。これを繰り返すことが信用創造です。単純に言えば、銀行は元手以上にお金を貸しているのです。当然ながら信用創造が出来なくなれば、銀行は現在の貸出額を維持できなくなるでしょう。 

<中央銀行が扱うべき情報(個人情報含む)の範囲(課題)>

中央銀行が全ての取引にかかる情報を把握し得るような形でデジタル通貨を発行する場合、中央銀行はこれらの情報をどのように取り扱うべきかといった問題が発生します(個人情報の保護、匿名性の維持、国家の監視忌避等)。

但し、この裏返しとしてマネロン対策等のメリットがあることになります。

<中央銀行が口座を提供する主体の範囲(課題)>

中央銀行が広く一般向けに、銀行券を代替し得るような形でデジタル通貨を供給する場合、これは中央銀行口座を広く一般に開放することと近くなります。このことは「中央銀行はいかなる主体に口座を提供すべきか」という論点を提起することになります。例えば外国人はどうするのか、反社会的勢力、テロ資金支援団体と疑われる先はどうすべきなのかという課題が出てきます。

 

CBDCの実現に向けて

CBDCの普及において、最も大きな問題は「現在流通している現金を廃止出来るか」です。

CBDCのメリットのほとんどは、紙幣・硬貨という現金を廃止出来なければ実現しません。これを政治的に決断できる国は少ないのではないかと筆者は考えています。

労働力不足に陥ることが確実であろう日本、そして現金流通額が異常に高い(タンス預金が多く想定される=相続税等の課税回避が行われている可能性もある)日本、マイナス金利に陥っている日本こそCBDCの導入は有効だと考えますが、新たなものを拒む「シルバー民主主義」である日本では、CBDCの導入は難しいのかもしれません。

しかし、コロナ後には、今までは無理だと考えられていたような政策が可能になる可能性もあるでしょう。

CBDCについて、日銀の動きに今後も注目していきたいと思います。