中央銀行デジタル通貨(CBDC)についての動きが各国で出てきています。
そのCBDCをめぐる動きでは、非常に重要な方針が、日銀総裁の発言および日銀のWebサイトで発表されました。
この方針次第では、民間の銀行の存続すら脅かされる可能性があったため、発表された方向性を「当然とは思いながらも胸をなでおろした」銀行関係者も存在したのではないでしょうか。
今回は、CBDC(中央銀行デジタル通貨)をめぐる日銀の方針について確認しておきたいと思います。
日銀総裁発言
まずは、日銀総裁の発言を確認しておきます。以下は日経新聞からの引用です。
中銀デジタル通貨「民間と共存」 日銀総裁
2020/10/12 日経新聞日銀の黒田東彦総裁は12日、国際金融協会(IIF)がオンラインで開いた年次総会に参加した。中央銀行のデジタル通貨(CBDC)発行の可能性に言及し、「民間の決済サービス事業者を置き換えたり排除したりするものではない」との考えを示した。中銀が民間金融機関に通貨を供給し、民間が企業や消費者に決済サービスを提供する「2層構造を維持すべきだ」と述べた。
黒田総裁は「CBDCと民間セクター(の発行するデジタル通貨など)は共存すべきだ」と指摘した。
ただ、裏付け資産を持ち、通貨価値を安定させるステーブルコインは普及時に金融システムの安定を揺るがしたり、マネーロンダリング(資金洗浄)に利用されたりする恐れがある。黒田総裁は「注意深く監視し、適切に規制されなければならない」と語った。
黒田総裁は「現時点でCBDCを発行する計画はない」と改めて強調しつつ、社会のニーズが高まる可能性や技術革新の速さを踏まえ、発行をにらんだ準備を進める方針を示した。「2021年春に実証実験を始める」と説明し、必要に応じて企業や利用者も参加するパイロット実験にも取り組む計画を示した。
この日銀総裁の発言におけるポイントは「CBDCは民間の事業者を排除するものではなく、通貨供給も民間金融機関との二層構造を保っていくべきであること」「現時点でCBDCを発行する計画はないが実証実験は始める」ということでしょう。
日銀の取組方針
2020年10月に日銀は「中央銀行デジタル通貨に関する日本銀行の取り組み方針」を公表しました。
情報通信技術の急速な進歩を背景に、内外の様々な領域でデジタル化が進んでいる。技術革新のスピードの速さなどを踏まえると、今後、「中央銀行デジタル通貨」(Central Bank Digital Currency:以下「CBDC」)に対する社会のニーズが急激に高まる可能性もある。日本銀行では、現時点でCBDCを発行する計画はないが、決済システム全体の安定性と効率性を確保する観点から、今後の様々な環境変化に的確に対応できるよう、しっかり準備しておくことが重要であると考えている。こうした認識のもと、今般、個人や企業を含む幅広い主体の利用を想定した「一般利用型CBDC」について、日本銀行の取り組み方針を示すこととした。
(出所 日銀「中央銀行デジタル通貨に関する日本銀行の取り組み方針」)
以上のように日銀は説明し、取組方針を公表しています。
その中で、最もポイントとなるのは以下の点です。
(出所 日銀「中央銀行デジタル通貨に関する日本銀行の取り組み方針」)
上表にある二層構造、間接型の発行形態とすることを日銀が出したことは、特に既存の民間金融機関にとっては非常に大事なことでした。以下でその理由を確認します。
二層構造とは
個人や企業を含む幅広い主体が利用し、現在の現金通貨と機能的に変わらない「一般利用型CBDC」を発行する場合、中央銀行と民間金融機関等による決済システムの二層構造を維持することが適当であると日銀は方針を示しています。
二層構造は上述の「間接型」の発行形態とも言えます。
決済システム全体の安定性と効率性を確保するためには、中央銀行と民間事業者による適切な役割分担が必要であるというのが日銀の考え方であり、現在の世界のスタンダードです。
現在のところ、日銀は、銀行等に対して日銀当座預金を決済手段として提供し、銀行は、企業や個人に対し、銀行預金を通じて決済サービスを提供しています。また、日銀は、日銀当座預金と引き替えに、銀行に対して現金を供給し、銀行は、銀行預金と引き替えに、企業や個人に対して現金を供給しています。
日銀に当座預金という口座を直接持つことができる主体は銀行等に限定されています。そして、企業や個人は日銀と取引をしている銀行等と取引を行うことで、決済サービスや現金供給を受けているということなのです。
これが中央銀行と民間金融機関(銀行等)の二層構造と言われる仕組みであり、上記一般利用型CBDCの間接型発行形態と同様です。
日本銀行が、通貨(CBDCを含む)を発行し全体的な枠組みを管理するとともに、銀行等の仲介機関が、その知見やイノベーションを通じて利用者とのインターフェース部分の改善に取り組むことが、決済システム全体の安定性・効率性の向上に繋がると考えられています。
この二層構造・間接型であれば、例えば既存で流通している電子マネー(Suica等)も存在を脅かされることはないでしょう。
イメージとしては、現在の紙幣や硬貨がデジタルマネーに置き換わるだけというのが近いからです。
もし二層構造・間接型ではなく、企業や個人が日銀に直接的に口座を持つCBDCが導入されたら全く異なる意味になります。
中央銀行に企業や個人が直接口座を持った場合、銀行は信用創造が難しくなるかもしれないからです。
銀行は預金を受け入れ、その一部を残して貸出に回します。その貸出金の一部が滞留して銀行に預金で預けられ、それをまた貸出しています。これを繰り返すことが信用創造です。単純に言えば、銀行は元手以上にお金を貸しているのです。
しかし、CBDCの預入先が中央銀行である日銀であることがスタンダードになったら、企業や個人は、わざわざ銀行にCBDCを預け替えなければならないでしょう。もちろん銀行は預金に金利を付与して預金者を勧誘します。しかし、給料が銀行預金口座に直接振り込まれる(これもある意味で二層構造です)ならともかく、中央銀行の個人口座に振り込まれたならば、そこから銀行に預け替えるのは「面倒」でしょう。
銀行にはそんな簡単に預金が集まらなくなることは間違いありません。
そして、いざ何らかの問題が起きた時には、預金者は、倒産する可能性のある銀行から、倒産することが想定されない中央銀行たる日銀の口座へすぐにCBDCを預け替えるでしょう。
今は、危ない銀行があったら(送金で他行に送ることを除けば)銀行の窓口やATMに並んで現金を引き出さなければなりませんでした。資金を引き出すのは面倒で手間がかかっていたのです。
しかし、CBDCは動かしやすいので、銀行の取り付け騒ぎは、今よりは簡単に起きることになるでしょう。
所見
筆者は、日銀のCBDCに関する取組方針と日銀総裁の発言記事を読んだ時に、一応のところ「既存の民間銀行の枠組みは残った」と思いました。少し安心したというのが正しいかもしれません。
CBDC、中央銀行デジタル通貨の導入を日銀が踏み切るのかは分かりません。しかし、中国の動きやFacebookのLibra等を見ると、いつかは導入に至るのでしょう。それが早いか遅いかだけの違いです。
完ぺきに現金通貨(紙幣・硬貨)が無くなった場合には、中央銀行は今まで以上に金融政策を実効性を持って遂行できます。
一番分かりやすいのは、マイナス金利政策でしょう。
中央銀行が、マイナス金利を導入して、世の中の企業や消費者の行動を変えようとしても、現金通貨が残っていると、預金者は現金通貨を銀行等に預けることなくタンス預金してしまいます。そうすると、マイナス金利を導入する意味が無くなってしまうのです。
しかし、CBDCであればタンス預金という逃げ道を無くすことができます。マイナス金利政策は末端まで効果を発揮し、マイナス金利を嫌った預金者は投資や消費をすることになるでしょう。
今後もCBDCの動きには注視していきたいと思います。