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日銀の中央銀⾏デジタル通貨に関する技術的課題認識

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日本銀行が「中銀デジタル通貨が現金同等の機能を持つための技術的課題」というレポートを発表しています。

このレポートでは、中央銀⾏デジタル通貨(CBDC: Central Bank Digital Currency)の技術的な課題について焦点を当てています。具体的には「誰もがいつでも何処でも、安全確実に決済に利⽤できる」という現⾦の特性をCBDCが備えるための技術的な課題について整理しています。

今回はこのレポートの内容がCBDC(中央銀行デジタル通貨)について非常に分かりやすくまとめられているため、このレポートの内容を確認していきたいと思います。

 

CBDC普及の要件

CBDCを普及させるためには、端的に言えば、今の「現金」(紙幣や硬貨)と同じ機能が求められることになります。この要件について日本銀行は以下のようにまとめています。

CBDC が現⾦同等の機能を持つためには、「誰もがいつでも何処でも、安全確実に利⽤できる決済⼿段」であることが求められる。すなわち、CBDC は、「ユニバーサル・アクセス(Universal access)」と「強靭性(Resilience)」を備えることが望ましい。

ユニバーサル・アクセスに関しては、CBDC の利⽤対象者を制限することがないよう、設計⾯で⼯夫が必要と考えられる。例えば、特定の端末に利⽤を限定するケースでは、当該機器を購⼊できない⼈々の利⽤が阻害されるほか、操作性や携帯性に課題があれば、多くのユーザーから受け⼊れられない可能性もある。⼦供から⾼齢層まで幅広い世代が利⽤できることが望ましいし、さらには訪⽇外国⼈観光客も利⽤できればなお望ましい。
また、決済機能を個⼈から法⼈への送⾦(例︓店舗での決済)に限定するのではなく、現⾦と同様に、個⼈間も含めた双⽅向の送⾦(Peer-to-peer、P2P)でも利⽤できるよう設計されなければならない。

強靭性の⾯では、インターネット等のコンピュータ・ネットワークを利⽤したオンライン型サービスの脆弱性の克服が課題となる。伝統的なクレジットカードやデビットカードに加え、近年利⽤が進んでいるスマートフォンを⽤いた新たな決済⼿段の多くは、通常、送⾦や⽀払を⾏う際に何らかのネットワークにオンライン接続している必要があり、システム・通信障害時に利⽤が制約される。また、オンライン決済は継続的な電⼒供給が必要である。例えば、店舗等に設置される読取⽤の決済端末の多くは、常時オンラインを前提としており、停電時の利⽤には⾃家発電機等の設備が必要となる。⾃然災害の多い⽇本では、強靭性を備えた決済⼿段へのニーズは⾼いと考えられる。

以上を踏まえると、ユニバーサル・アクセスと強靭性という特性を CBDC が備えるには、通信・電源の途絶への耐性も備えたオフライン P2P 決済機能を多くの⼈々が利⽤可能な端末に対して実現することが望ましい。

(出所 日本銀行「中銀デジタル通貨が現金同等の機能を持つための技術的課題」)

このようにCBDCを流通させていくためには、オフラインの決済機能を持ち、多くの人が利用可能な端末を実現しなければならないことが分かります。

 

現状の決済機能

では、現在の決済機能はなぜネットワークにオンライン接続されているのでしょうか。

⺠間の決済事業者は、預⾦⼝座やクレジットカードからのチャージや残⾼・決済履歴の確認が常時可能なオンラインサービスを重視しており、決済機能もオンラインを前提とする先がほとんどである。このため、オフライン P2P 決済に必要なハードウェアやソフトウェアの本格的な実装は進んでいない。また、オフライン P2P 決済を許容すると、決済事業者がリアルタイムで把握できない取引が発⽣し、常時監視下にはない端末に様々な攻撃が⾏われやすくなるため、セキュリティリスクが⾼まることも指摘されている。さらに、決済事業者にとっては、オフライン P2P で実施された決済情報の機動的な収集・活⽤が難しい⾯もある。⺠間の決済事業者はこうした点を考慮し、オフライン P2P 決済の実⽤化に慎重姿勢をとっていると考えられる。 

(出所 日本銀行「中銀デジタル通貨が現金同等の機能を持つための技術的課題」)

このような理由で、オフラインP2P(個人含めた双方向)決済に必要な端末やソフトウェアの開発が進んでいないことが分かります。

 

オフラインP2P決済の課題

前述のようにオフラインP2P決済が日本において普及していないとしても、スマホがあれば問題ないのではないでしょうか。これに対して日本銀行は以下のように述べています。

スマートフォンを⽤いたオフライン P2P 決済は、ユーザーに利便性の⾼い決済⽅法を提供可能である⼀⽅、課題もある。まず、わが国では、スマートフォンの普及率が 2018年時点で 65%であり、ユニバーサル・アクセスの確保という点では必ずしも⼗分とはいえないと考えられる。また、⾦銭的価値の保蔵に関しては、既存のセキュア・エレメントを利⽤する場合は、ライセンス料等が発⽣する可能性があるほか、これらを新規開発する場合は、追加的な費⽤負担や端末メーカーとの搭載交渉等が課題になる。
スマートフォンの保有は、フィーチャーフォンに⽐べて費⽤がかかるため、コストの⾯でユニバーサル・アクセスの確保が難しいということも考えられる。さらに、決済指⽰におけるリーダ/ライタモードの活⽤のように、実⽤化に向けて⼗分なフィージビリティ・チェックが必要な分野もあり、機能の安定性や処理性能の確保など、技術の成熟度の⾯で検証すべき点は少なくないと思われる。

(出所 日本銀行「中銀デジタル通貨が現金同等の機能を持つための技術的課題」)

確かに現金は誰でも保有・利用可能ですが、スマートフォンにCBDCの利用を限ると、少なくとも日本においては「不公平」「不平等」等々と言われそうです。

また、費用面での問題と、追加の技術検証が必要となりそうです。

 

新たな端末のイメージと課題

日本銀行ではスマートフォンだけではなくCBDCについてカード型の端末が有効と考えているようです。イメージはSuicaでしょう。

カード等の新たな端末の価格を、スマートフォンに⽐べて安価に抑えることができれば、ユニバーサル・アクセスの確保に資するとみられる⼀⽅、必要な機能の開発に当たっては⼀定の期間とコストが必要と考えられる。特に、ユーザー間の情報伝達や決済指⽰に必要になるリーダ/ライタ機能の⼩型化が必要と考えられる。さらに、決済⾦額の⼊⼒・表⽰に利⽤する⼩型テンキー・モニターに加え、⼗分な寿命や充電機能を備えた⼩型電池の開発が重要である。

(出所 日本銀行「中銀デジタル通貨が現金同等の機能を持つための技術的課題」)

まだ普及に至るまでには技術的な課題があるということです。

 

所見

日銀はこのレポートを「CBDCの技術的側⾯に関する予備調査という位置づけ」とわざわざ説明しています。

そして、現時点でも「日銀がCBDCを発行する計画はない」との基本姿勢は変えていません。

しかし、コロナは現金からキャッシュレス決済への移行を後押ししています。

そして、Facebookが主導しているデジタル通貨「リブラ」の構想も、各国の中央銀行・政府の通貨主権を脅かす存在になる可能性があります。

日銀がCBDCを真剣に検討するようになっていると考える方が正解でしょう。

但し、CBDCは今回のレポートにあるような技術的課題だけではなく、中央銀行として金融政策にどのように影響があるのか、銀行を中心とした金融システムに何をもたらすのか等々と検討すべき事項は多々あります。

今後は、中央銀行としての根幹にかかわる観点での議論も日銀から出されていくのかに、筆者としては注目しています。