銀行員のための教科書

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銀行の融資残高500兆円台の回復は「個人・不動産」向けに偏重

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銀行の融資残高が20年ぶりに500兆円台を回復したと日銀が貸出金統計にて発表しました。

しかし、融資残高の内容は「ゾンビ」企業への貸出も含んでおり健全ではないと報道されています。

今回は、この銀行の融資残高の内容について簡単に見ていくことにしましょう。

 

報道内容

まず融資残高500兆円についての日経新聞の記事を確認しましょう。 

銀行融資、危うい復調 20年ぶり500兆円台
2019/02/09 日経新聞

 日銀が8日まとめた貸出金統計によると、邦銀による2018年末の国内貸出残高は504兆3974億円と、1997年末以来となる21年ぶりの高水準になった。景気回復と低金利を追い風に中小企業への融資が伸びた。だが現場では、返済能力が乏しく延命するだけの「ゾンビ企業」にすら低利で貸す競争が過熱している。長期の金融緩和とカネ余りは経済の新陳代謝を遅らせ、効率の悪い資金の循環を温存している。
 西日本の地方銀行で融資を担当する男性は苦しそうに語った。「本当に限界が近づいている」
 多数の地銀があり「激戦」とされる地域では融資の競争が激しく、経費を考えると赤字になるほど金利が下がっている。東京商工リサーチのデータから算出すると国内行の18年3月期の貸出金利ざやは0.25%。5年前より0.28ポイント低い。98年末以来、20年ぶりとなる500兆円台の融資があっても、収益は1兆4千億円ほど少なくなる計算だ。
 「貸すのは良い。だがリターンが伴っていない」。日銀幹部の表情はさえない。融資の伸びは、経済を活発にしてデフレ脱却を目指す日銀にとって望ましいはずだ。ところが日銀の分析によると地銀105行のうち過去3年間に貸出量を増やした銀行は、増やさなかった銀行よりも収益力が落ちていた。貸出残高を増やした銀行ほど、貸出利回りの低下が大きかったためだ。
 地銀は貸し出しなどのリスク性資産を増やす一方、利益の伸びが小さくなっている。地銀の自己資本比率は規制で必要な4%は大きく上回るものの、12年の12%前後から足元では10%前後まで下がった。日銀には「無理なリスクテークを続けているうちに、自己資本を食いつぶしていくことになりかねない」と警戒する声も出始めている。
 問題は銀行収益が圧迫されることだけではない。西日本の別の地銀の幹部は「金利を得るために、返済に懸念がある企業にまで貸さざるを得ない」と打ち明ける。地銀を中心に融資の姿勢が緩み、財務状況に不安がある企業でも借りやすくなっている。
 「社長の個人貸し付け分も丸ごと融資しますよ」。関東のある地方銀行は、中小企業の社長にこう持ちかけた。この会社は他行から信用保証協会の保証付き融資を借り入れ、社長も自社に貸し付けていた。これらを銀行が貸し倒れリスクを負う通常の融資で借り換えてもらうという提案だ。借りる企業は信用保証料の負担がなくなるため、低利の融資ならこうした取引が成り立つ。
 関東の別の地銀は、信用金庫への返済が3カ月滞っていた中小企業に借り換えで融資した。一般的には「要管理先」として不良債権になるはずだが、借り換えは正常債権として扱う。
 融資に占める大手行の比率は1997年末の64%から、18年末に46%まで下がった。メガバンクは収益を求めて海外展開を急ぐ。成長力が乏しい国内に残る地銀が、金融緩和であふれたマネーを不動産と中小企業に流し込む。
 融資の緩みは日本だけの問題ではない。国際決済銀行(BIS)は昨年9月、「ゾンビ企業の台頭」と題した報告書を公表した。日本を含む14カ国では、上場企業のうち12%が過去3年以上にわたり債務の利払いを利益でまかなえていない。こうした「ゾンビ企業」の比率は1980年代後半には約2%にすぎなかったという。
 ゾンビ企業が台頭した理由としてBISがあげるのが、金融緩和によるカネ余りを背景とする低金利だ。銀行が少しでも利回りを得ようとして、リスクの高い企業への融資に積極的になることなどが背景にある。結果として収益力の低い企業に資金がまわる。ゾンビ企業のシェアが1%上がると健全な企業の設備投資は17%、雇用の伸び率は8%下がり、経済全体の生産性の伸びを0.3ポイント押し下げると推計した。

(以下略)

以上が記事内容です。

金融緩和で溢れた銀行の資金が財務内容等に劣る企業に流れており「ゾンビ企業」が台頭しているとの論調です。

この指摘について、もう少し確認していくことにしましょう。 

 

統計データ

まず、20年ぶりに銀行の融資残高が高い水準に達しているということですが、その内訳はどのようになっているのでしょうか。

以下は日銀の統計データをグラフにしたものです。

このデータを見れば明らかなように過去20年で見ると、中小企業向けの貸出が最も増加しています。それに大企業が続いています。

中堅企業向けの貸出については大きな伸びは示していません。

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(出所 日本銀行時系列統計データ検索サイト)

  • 青=中小企業向け貸出残高
  • 黄緑=大企業向け貸出残高
  • 橙=中堅企業向け貸出残高
 
このグラフだけを見れば、日経新聞の指摘通りと言えそうです。
しかし、ここでもう一つのグラフを見てください。
上記グラフは規模別貸出残高でした。以下のグラフは業種別貸出残高です。
右肩上がりにずっと増加してきたのは個人向けローン(緑)です。そして、不動産業向けローン(橙)も増加してきています。
一方で製造業、卸売業、建設業等は貸出残高が著しい伸びを示してはいないと言えるでしょう。
また、地方公共団体向けの貸出が大きく伸びてきたことも分かります。 

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  • 緑=個人
  • 橙=不動産業
  • 青=製造業
  • 黄緑=卸売業
  • 赤=地方公共団体
  • 黒=建設業

これが数字面から見た銀行の融資残高の推移です。

 

所見

以上から何が言えるでしょうか。

日経新聞は、「現場では、返済能力が乏しく延命するだけのゾンビ企業にすら低利で貸す競争が過熱している」と指摘しています。この状況は、日銀や金融庁が「ミドルリスク企業・先」向け貸出の増加について指摘(金融システムレポート等)していることと符合します。

「ゾンビ企業」「ミドルリスク企業・先」は、借入金の返済能力が乏しい債務者とされています。

では、この「ゾンビ企業」「ミドルリスク企業・先」はどのような業種なのでしょうか。上記業種別貸出残高にあるように、不動産業である可能性は高いと思われます。また、個人向けの貸出である可能性も高いでしょう。個人が資金を必要する場合の資金使途はほとんどが不動産購入資金・建物建築資金(住宅ローン含む)ですので、「ゾンビ企業」「ミドルリスク企業・先」は実質的に不動産関連企業もしくは不動産に関連する借入の可能性が高いと思われます。

不動産業・不動産関連融資で返済(もしくは返済能力)に懸念があるほどの債務者ということは、例えば以下の状況にあることが想定されます。

  • 不動産賃貸業で低い利回り(=高値)で物件を購入しており、不動産収益では借入元本返済が進まない(借入を完済するためには物件価格の上昇によって高値での売却が必要)
  • マンション販売価格の高騰を前提に、高値で開発素地を取得したが、建築費が高騰していること等から、塩漬けとなっている土地を保有しており、返済の目途が立たない
  • 立地が悪い、もしくは賃料が高く、テナントが埋まらない

すなわち、転売を前提とした物件取得、今以上の高い賃料・分譲価格を前提とした不動産開発案件、そして立地もしくは賃料が高すぎる賃貸物件等が不動産貸出では一般的に問題になります。

このような問題を解決するには、不動産価格が上昇するか、少なくとも下落しない(との期待が醸成される)ことが重要です。しかし、残念ながら現時点では賃料水準はあまり上昇していませんし、給与所得も上昇していませんので、更に不動産価格が上昇する要因はあまり見当たりません(海外からの投資ぐらいでしょうか)。

銀行の融資残高が500兆円台を回復したといっても、それは不動産にかかる融資が牽引している程度です(なお、地方公共団体向け貸出も大幅に増加していますが、運用の一環として貸出を行っているだけであり、地場産業に貢献するものではありません)。

銀行の融資残高500兆円超は、不動産市況にかなり依拠しています。不動産マーケットが下落に転じた際には、ミドルリスク貸出のリスクだけではなく、現時点で問題ないと判断している正常先の融資についても問題が発生する可能性は否定できません。個人向け含めて貸出債権に分散が効いているとしていても、結局は不動産マーケット動向によって影響を受ける可能性はあるのです。

この問題をカバーするためには、過熱している融資競争において、適正な利鞘(スプレッド)が確保できるようにしなければなりません。そして空き家が増加していく日本おける将来の人口動態を勘案した不動産マーケット分析をする能力を銀行は持たなければならないでしょう。これが銀行の融資残高が500兆円台となったことに対しての必要な視点です。